第3話 美味しいビールと2人の猛攻


「木村さん、これ、入力お願いします」

「はい」


 営業の風くんから伝票を受け取り、言葉少なに応対した。

普段から接点が殆どナイので、私にとっての塩対応も、アイツには全く気付かれることがなかった。

それはそれで悲しい気もするけど、

『全くもって、関係ない人』

そう位置づけて、パソコンに目を向け、入力を始めた。


 あれから2週間、小料理屋『梅野』には行ってない。

気分がノラないっていうのが一番の理由。

 あの店には、ラフな格好で好きな肴とビールを楽しみに行ってたのに、『ナイわー』っていうアイツの言葉が頭の中でこだまして、行こうって気になれない。

アイツ=風くん、最近では名前も呼びたくない。

 あの魔の金曜日から休みがあけて月曜日。

流石に気が付いているかもって、朝、顔を合わせた時、緊張したけど、全くそんな気配はなかった。

気にしているのは私ばかりで、イケメンの頭の片隅にも引っかかっていないようだった。

 気が付いても困るけど、全く気付かないのも、釈然としないというか、なんというか。

 そんな感じで、アイツの顔を見るたび、ケッ、と思ってしまう自分がいて、かなり病んでる。

こういう時は、飲みだ飲み、って思うけど、『梅野』以外で、1人で行くのはハードルが高くて無理。

 唯ちゃんや香織さんを誘って、とも思ったけど、アイツの話題になったら黙っていられない気がして、誘うに誘えない。

アイツの評判なんてどーでもいいけど、課長や部長にウケがいいし、総務の女子からも人気だし、ヘタしたらこっちが悪者になってしまうかもしれない。

 なので、仕方なく、ここんとこずーっと家飲み三昧だ。


「はぁぁぁぁぁ~、生ビール、飲みたいっ」

 ベランダで缶ビールを飲みながら、切実な思いを吐き出した。

腹立ちまぎれに、タバコを強く吸い込んだら、頭が少しクラクラして、丸椅子に座りこんだ。

 もともとタバコは好きじゃない。吸うのだって、家のベランダでしか吸わない。

でも、イライラした時、気分が落ち込んだ時なんかに吸うと気分が紛れるから、やめられない。

 だけど今日は、


「あー、イライラするー。もうダメ、禁断症状だーっ」


 時計を見ると、10時前。


「もう、いいや。行こう」


 缶をゴミ箱に投げ入れ、鏡の前に立った。

今日は、月末処理があって帰って来るのが遅かった。

だから、お風呂はまだだし、化粧もそれなりにバッチリしている。なので、眉を整えて化粧直しすれば大丈夫。

そう思って、また、ケッ、という思いが沸き上がってきた。

『アイツの言葉に、まんまとのせられてるじゃん、私』

 こんな自分にイライラして、結局いつもの普段着のまま、キャップ帽を目深にかぶり上着を羽織って、家を出た。


「いらっしゃい」

「こんにちはー」


 暖簾をくぐると、久しぶりに見るアキさんとレイカさんの顔にホッとした。


「久しぶりだねー。仕事、忙しかったの?」


 レイカさんが声をかけてくれながら、ジョッキを見せてきたので頷いた。

 特等席から店内を確認。

 敵はいないみたいだ。

 そう何度もバッティングするはずもないけど、どうしても構えている自分がいて、いないのが分かってホッとした。


「今日はあらかた出ちゃったよ。アカヤガラの刺身があるけど、どうかな? 鯛っぽくて、甘みのある魚だよ」

「へー、めずらしいですね。じゃ、それ、お願いします」


 アキさんの変わらぬ対応に胸が温かくなった。

『1人で意固地になっちゃってたみたい。お店とアイツは関係ないんだから、気にせず来れば良かった』


「はーい、ビール」

「ありがとうございます」


 レイカさんがビールを持ってきてくれた。


「どうしてたの?長いこと来ないから心配してたのよー」

「すみません、ちょっと、仕事が忙しくて」


 気遣いが嬉しい。

でも、本当のことは言えないので誤魔化すように笑っておいた。


「そうそう、あのね。お客さんでハルちゃんっているんだけど、わかる? 前に来た時、そっちの席に座ってた人なんだけど」


 いきなりの名前に、ドキッとした。


「あー・・・、ハイ」

「あの子がね、謝りたいって言ってたのよ。一緒にいた子が何か言ったでしょ、サクラちゃんに」

「まぁ・・・」


 何を今更、そう思った。


「でね、ハルちゃんがサクラちゃんに謝りたいって、ここんとこ毎日のようにウチに通ってきてたのよ」

「は?」


 思わず声が出た。


「毎日って、今日も?」

「ううん、今日はまだ。来れない日は、連絡があるんだけど、」


 そう言って、レイカさんは少しアッという顔をした。

『口留めされてる?』 

そう思うと、ふつふつと怒りが込み上げてきて、ビールをグイッと流し込んだ。

『姑息っ! なんで、会わなきゃなんないの? 断固、お断りだわ!』


「ホイ、アカヤガラの刺身。おいおい、どうした」


 アキさんが刺身を出してくれたけど、私はそれどころじゃなくて、席を立った。

手を合わせて合唱したのち、アカヤガラの刺身に直接、醬油を落とし、数枚をガッツリ頬張った。

なかなかに弾力のある白身で、噛んでいると甘みが口の中に広がって美味しい~。


「あの、(モグモグ)私、(モグモグ)もう、帰るんで、(モグモグ)おあいそ、お願い(モグモグ)します」


 味わって食べれないのが、ものすごーく残念だけど、もぐもぐと食べながら、アキさんとレイカさんに言った。


「えっ、帰るの? 今、来たとこなのに?」

「ちょっと待って、ちょっと待って。少しでいいから会ってあげて、ハルちゃんに。もう来るかもしれないし」


 2人して引き留められた。

皿の上に鎮座するアカヤガラ。

『高級魚と言われているのに、こんな雑な食べ方してごめんなさい。今度会うことがあったら、その時はじっくり味わうからね』

そう心で語りかけながら、ツバもろとも口に頬張り、キレイに完食した。


「出し巻きも作るし、そうそう、鱧もあるよ。急がなくても。ほら、座って、座って」

「ハルちゃんの言い分も聞いてやって。もう、ビシバシ、言ってやっていいからー」


 2人の猛攻に、もの凄く申し訳ないけど、ぺこりと頭を下げた。


「せっかくですけど、すみません、また、来ます。今日は帰りますね」


 残りのビールを一気に飲み干した。


「えー、そう言わないで。ホント、ハルちゃん、何回も来てて気の毒なのよ。ちょっとでもダメー?」


 食い下がるレイカさんの気持ちも分からなくもない。

ほぼ毎日のように、彼は謝る為にここに来ているらしいから、そんな彼を見て、気の毒に思っても不思議はない。

 でも、


「私、謝って欲しいわけじゃないし、そもそも、会いたくないので」


 と、ガラッと戸が開いた。


「遅くなりましたー」


 顔を覗かせたのは、噂のハルちゃん。


「あの、私、これで」


 失礼しますとばかりに、急いで出て行こうとする私の目の前で、彼は直角に頭を下げた。


「すみませんでしたっ!」


『あ、つむじ』

 まったく関係ないところに目が付いた。

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