第14話 通じ合った思い

「ハルちゃん、ハルちゃん、ハルちゃん!なんで、どーして、そんなに、フッツーなのー」

「普通って・・・、クッ、アハハハハ」

「ナニ、急に。なんで、そんなに笑ってるの?」

「いやいや、だって。クククッ、桜子、フッ、ハハハ、すごい顔してる」


 そう言って、またアハハと笑い出した。


「ちょっと、ナニよー」

「ごめん、ごめん」

「私、1人で、バカみたいじゃない」

「そんな、ムクれるなって。あー、オモシロ。いいもん見れた」

「面白くナイッ」

「今日一日で、いろんな顔を見れた」

「話、逸らしたー」

「逸らしてないよ」

「じゃ、なんで、そんなに普通なのよ」

「別に、焦るとこじゃないだろ」

「エーッ、ヤダー、恥ずかしいじゃん」

「そんなことない。こんなの普通、どこにでもあることだよ」


『うわ、認識の違いだわ。これが普通。2人きりならともかく、他に人がいるのに。しかも、レイカさんに見られたー、恥ずかしすぎるじゃん』

 さっきの情景がスローモーションのようにゆっくりと頭の中で繰り返され、またまた恥ずかし思いが蘇ってきて、両手で頬を抑えた。


「大丈夫。気にすることないよ」

「いや、私、ムリ」

「じゃぁ、普通じゃないこと、する?」

「ナニーッ!普通じゃないことって!!」

「アハハハハ、可愛いなぁ、桜子は」

「いやだー。だから、そういうの、ヤメテ!」


 私を見て、また陽はアハハと笑い出した。

『もう、なんなのよ、いったい。分けわかんない』


「はーい、お待たせ。ビールに漬物盛合わせね。焼きおにぎりも、もうすぐ出来上がるから」

「すいません・・・」


 持ってきてくれたレイカさんに、いろんな思いを込めて頭を下げた。

けど、恥ずかしくて目を合わせられない。


「よかったわー、2人、上手くいったのねー」

「「 エッ! 」」


 レイカさんの言葉に、陽と声がハモった。


「あら?違った?私、てっきり・・・・・、焼きおにぎり、持ってくるわね」


 そう言って、焼きおにぎり持ってきてくれたけど、またすぐに下がっていった。

 その間、沈黙が流れ・・・

『エーーーーーーー』

が、ずっと頭の中で木霊していた。

『今の、ハルちゃんの、エッ!、はナニ? どういう、エッ!、なの?

 やっぱり、付き合い初めって告白からがセオリーで、言われてないのは・・・、付き合ってナイ、ってこと? 私、勘違いしちゃった? 失敗しちゃった?

いや、うん、ここは、ハッキリしとこう』

 居住まいを正して、陽に向き合った。


「ごめん。ホンット、ごめん」


 と、急に陽が座卓に頭がつきそうなくらい深く頭を下げた。

『は?ごめん?ナニが?』

 突然の言葉に混乱する頭の中で、心臓の鼓動がいやに大きく聞こえた。

『・・・分かりたくない。でも、本当は分かっている、その意味を』

 下げられた陽の頭を見て、心臓が鷲掴みされたようにギュゥッと痛くなった。

『ダメッ、溢れないでっ』

 滲む涙を、歯を食いしばって食い止めた。


「・・・私、帰るね」


 直視していられなくて席を立ったけど、こういう時、座敷にブーツって、ホント、間が悪い。

すぐにでも出て行きたい衝動を我慢して、ブーツを履く。


「待って、桜子。俺の話を聞いて、」

「呼ばないで、私の名前。あなたに、呼ばれたくない」


 立ち上がって歩み寄ろうとする陽に、こちらも立ち上がって、一歩退いた。

 振り向いて見た顔が、すごく悲し気に見えたけど、きっとこれも偽善なんだろうと思うと、腹立たしさしか浮かんでこない。

 一瞬、こんな時なのに、おあいそ、どうしようかと考えてしまう自分にフッと笑えたけど、もう全部彼に押し付けてしまおう、そう思った。


「さよなら」


 足早に店を出た。

アキさんやレイカさんには、ものすっごく申し訳ないけど、何も言わずに店を出た。

 2人の顔を見て口を開いたら、我慢していた涙が溢れてしまいそうで、だから、何も言えなかった。

 いつになるか分からないけど、次に会った時、ちゃんと謝ろうと思った。


「ハァ、ハァ、ハァ、」


 角を曲がり、マンションが見えたところで立ち止まった。

 店を出てからここまで全力で走ってきた。

アルコールのせいもあるだろうけど、心臓がドクドクして、息の上りも激しい。

 分からないけど、自意識過剰かもしれないけど、陽は私のマンションを知っているから、もしかしたら、やって来るかもしれない。

 そう思うと、どうしても会いたくなくて、それに、こんな気分で帰るのもイヤで、すぐに部屋には戻らずに、ここらへんを一回りしてから帰ることにした。


「桜子っ」


 驚いて振り向くと、陽が息を切らして、曲がり角のところに立っていた。

予想以上の早い登場に、彼から逃げようと再び走り出したけど、足が重くてうまく走れない。


「逃げるなって」


 すぐに追いつかれ、腕を掴まれた。


「放して、触んないでよっ」

「俺の話を聞けよっ」


 腕を振り払おうとしたけど、強く握られていて振り払えず、逆にグイッと引っ張り寄せられた。

見上げた陽の顔に、焦燥の色が見えた。


「ナニよ、今更」

「誤解してるだろ」

「誤解なんか、してない。ちゃんと分かってる」

「分かってないっ」

「分かってるよ・・・、ハルちゃんが、私のこと・・・好きじゃないって、」


 見上げた瞳から涙が溢れて、もう、それ以上は何も言えなくなった。

『好きじゃない。そう、好きじゃないんだ。嫌いという完璧な拒否じゃなく、只、好きじゃないってだけ。中途半端な、なんて残酷な言葉だろう。

今日の風くん達の登場も、私への牽制だったのかもしれない。それなのに、表面上は気のいい言葉ばかり言って、ずるい人』

 込み上げる嗚咽を我慢して、目を閉じると涙が後から後から溢れ、流れ落ちた。


「好きだ、桜子」


 陽の声が耳元で聞こえたと思ったら、ギュッと抱きしめらた。


「ウソッ、ヤメテよ。嘘つき、放して!」

「嘘じゃない。ホントに好きなんだ」

「イヤ、もう放っておいてっ」


 突き放したいのに、腕ごと抱きしめられているから、手を上に上げれない。

 陽の背中を掴んで、離れようと体をよじったけど、強い力で抱きしめられた。


「なんなのよぉ・・・もう・・・うぅ・・・わけ、分かんない・・・ヒック、うぅ~」


 暫く逃れようともがいていたけれど、強い拘束は解かれることなく、身動きが出来ないまま咽び泣いた。

 私が抵抗をやめると、陽は腕を緩めて、自分の額と私の額をコツンと合わせてきた。


「ごめん、桜子。誤解させて、ごめんな。さっき、謝ったのは、また俺の勝手な見栄で桜子に嫌な気分にさせたと思ったからなんだ。

今日、俺、あの店で言うつもりだったんだ、桜子に。つきあってって。

けど、アイツらが勝手に来て台無しになって、焦ってるとこにレイカさんに言われて、驚いてしまったんだ。

俺、ちょっといいとこ見せたかったんだよ、桜子に。今日がダメでも、告白は明日か明後日か、雰囲気のいい店とか夜景の綺麗な場所とかでカッコよく決めてって考えてたら、桜子の気持ちが置き去りになっているのに、気づけなかった。ホント、ごめん」


 話を聞いている間に、涙がだんだんと止まってきた。

 私が考えていたのと、全く違う方向の話に、当惑して呆然と陽の顔を見上げてしまった。

 そんな私の顔を見て、陽は優しく笑みを浮かべると、指で私の涙を拭ってくれた。


「桜子、俺とつきあって」


 体がブルッと、震えた。

これは寒いからじゃない、嬉しいからだ。

ずっと、聞きたかった言葉。

 もやもやと渦巻いていた苦しかった心が、急にパァッと明るい温かいものに変わった気がした。

 自分がこんなにも、陽と思いを通じ合いたいと渇望していたんだと、改めて感じた。

 だけど、


「本当?」


 気の小さい私はすぐには信じられなくて、確かめてしまう。


「うん、大好きだ」


 真っ直ぐに私を見て、陽が言った。

 揺るぎない眼差しに、コクンと小さく頷くと、陽は嬉しそうに笑った。


「よかった。名前を呼ぶなって言われた時、心臓が止まりそうだった」

「そんな、大げさな」

「いや、マジで」


 目と目が合い、陽が笑みを浮かべるから、私も笑ったけど、泣き笑いのようで恥ずかしくて、少し俯いた。

すると、陽が、私を優しく抱きしめてきた。

 暖かい陽の腕の中、今度は抱きつくように背中に手を回した。

 お互いがお互いを抱きしめ合っているようで、こうしていると、すごく落ち着く。

 と、人の声が聞こえた気がして、顔をそちらに向けると、女性2人がこちらを見て立っているのが目に入った。


「わっ、ハルちゃん。ちょっと、」


 そう言いかけて、


「わぁー、バカップルだー」

「信じらんない。あっちから、行こう」


 と、聞こえてきた。


「ハルちゃん、ハルちゃん、離れて。人、人が、」


 恥ずかしくて、すぐにでも離れたいのに、


「いいから、いいから。ほら、あっちに行ったよ」


 と、安易な対応。


「ヤダー、早く離れてー」

「それは、ちょっと傷つくなぁ」

「そういう意味じゃなくて。人目がイヤなのよー」

「アハハハハ、分かってるって」

「じゃ、離してよ」

「嫌だ」

「えー、なんで?」

「折角、両想いになれたのに。離れたくない」

「・・・そう、だ、けども」


 私も同じ思いだけど、流石にここは外、恥ずかしさもあって困惑気味に答えると、陽は名残惜しそうに離してくれた。

 ホッとする間もなく、指をからめて繋いできた。


「もう、遅いし帰ろう」

「う、うん」


 電車の時とは違い、指と指をからめた恋人繋ぎ。

 ついさっき抱き合っていたよりも、直に肌に触れる感触が生々しくて、一気に心臓が跳ねあがった。

 しかも、

『帰るったって、もうマンションは目の前なんですけど・・・』

 ほんのついさっきまでとは、全く真逆の状況に気持ちがついていけない。

 もしかして、とこの後、起こるかもしれない事態に、別の意味で鼓動が速くなってきた。

『どうなの~。展開、早すぎない?こうゆうのは、もう少しゆっくりとって思うんだけど。大人の普通って、そういうシチュエーションは、スッ飛ばずもんなの?』

 いい歳して、自分のウブな恥じらいに、恥ずかしさを感じるけれど、経験値低めの自分では、最善の立ち回り方が思いつかない。

 エレベーターの中、階が上がる度に心拍数が上がっていくように感じた。


「桜子」

「ハヒィッ」


 ビクッとびくつき過ぎて、ヘンな声が出た。

 恐る恐る見上げると、陽はびっくりしたような驚いた顔で私を見ていた。

 ポーン、とエレベーターが止まり、部屋の階に到着した。


「明日、一緒に出かけない?」

「へ?・・・明日?」

「うん、今日はもう遅いから、ゆっくり休んで。明日、昼からでも夕方になってもいいから、目が覚めたら連絡してよ。2人でどっか行こう」


 部屋の前まで来ると陽が言ってきた。

 構えていただけに、予想外の誘いにホッとしたというか、少し気が抜けた。

 でも、またすぐに会えるということに、嬉しくなって、


「うん」


 と、大きく頷いた。

 そんな私を見て、陽はくしゃりと笑い、


「ほら、鍵、空けて、空けて」


 急かしてドアを開けさせ、私を部屋に押し込んだ。

 一瞬、また鼓動が速くなったけど、そのままドアはバタンと閉まった。


「え、ハルちゃん?」

「鍵、かけて」


 ドア向こうから、言われた。


「でも、」

「ちゃんと、かけて」


 言われるまま、ガチャッとカギを回した。


「明日、起きたら携帯、鳴らして。待ってるから。おやすみ」


 そう言って、コン、と軽くドアを叩くと、靴音が遠ざかって行った。

 靴音が聞こえなくなると、そのままストンッとへたり込んでしまった。

『ワーーーー、ワーワーワーワーーーー』

 声は出せなかったけど(近所迷惑だから)、頭の中で、叫び声あげまくりだ。

 ジェットコースターのような1日だった。

って、昼間は会社で働いてたんだけどね。その後は、デート、うふふふ、デートだったのよ。

 ちょこ~っと邪魔が入ったけど、うん、誤解もあったけど、でも、

「好きだ、桜子」

 耳に残るバリトンボイス。

『キャァーーーーーーーーー』

 またまた、頭の中で、叫び声があがった。

ブーツを脱ぐのももどかしく、バタバタと部屋に上がり、ベッドへダイブした。

 嬉しくて、両手両足をバタバタさせ、次はゴロゴロと転がった。

 やり過ぎて、ベッドから落ちそうになったけど、笑いながら、辛うじて手で支えた。

 電気もつけず暗闇の中で、バタバタ、ゴロゴロしているそんな自分が笑える。

 と、ハッとして、急いで電気をつけて、ベランダに飛び出た。

 街灯に照らされた道に、陽の姿はなく、車が行き過ぎるのが見えただけだった。


「あぁ、ダメじゃん。彼女失格~」


 そう言ってる、自分にニヤけてしまう。

 数時間もすれば、また会えると思うと嬉しくて、


「明日、会ったら聞こう」


 そう思えることに、また嬉しい気持ちになった。

 部屋に入ろうとして、丸椅子の上に置かれたタバコが目についた。

 いつものように一服しようかと1本取り出しかけて、やめた。

 それよりも、明日の服をどうしようかという悩ましい難題があったんだと思いだし、部屋に入った。

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