第15話 風くんとの距離の取り方

「あのー、風くん? こういうのは、ちょっとマズい気が、」

「ナニが?」

「いやー、だから、みんなの前で呼び出すとかさ」

「隠れてコソコソする方が、マズいだろ」

「えー、いや、でもー、今回に限っては、そっちの方が良かったように思うんだけど、」

「どーでもいいよ。で、結局のところ、陽と付き合ったのかよっ」


 バンと壁に手をついて、見下ろされた。

これは、まさに、噂に聞く、壁ドンって奴だ。

でも、胸キュンどころか、ものすっごい危機感を感じる。


「・・・う、うん」


 へっぴり腰になりながら、上目遣いに風くんを見る。

見下ろす彼の目が、ギラギラしていて、怖い・・・


「なんで」

「な、なんでって?」

「お前・・・・、木村さんは、陽のこと、好きでもなんでもなかっただろ」

「・・・・」


 好きでもなんでもなかったのか、と聞かれると、そうでもないので、返答に困る。

でも、こないだ風くんに聞かれた時は、デートではないと言ったし、お店の常連さん的な知り合いと言ったから、確かに好きというニュアンスは含んでなかった。

どう言えば、いいのかしら。

 でも、私とハルちゃんが付き合うのに、風くんは関係なくない?


「俺と陽は、親戚みたいなもんだから、知っとく必要があるんだよ」


 私の疑問に気が付いたのか、そう言ってきた。


「風くんは、ハルちゃんのこと、すっごい気にかけてるんだねぇ」

「だったら、ナニ」

「その気持ちは分からなくもナイけど、もういい大人なんだし、」

「ハァ?」


 ものすごい、威圧。

 イケメンの怒った顔って、迫力あり過ぎで、かなり怖い。


「だって、ハルちゃんも言ってたよ。女性関係だって、風くんが気にしてる程、気にしてないって」

「お前に、ナニが分かるんだよ」

「・・・うん、・・・確かに、ね。でもさ、」

「とりあえず、陽と付き合うってことは、俺とも良好な関係でいなきゃいけないってことなんだよ。わかったかっ」

「・・・う、うん」


 強い威圧で頭上から指をさされ、迫力に負けて頷いてしまった。

 私の返事に納得したのか、はたまた、私に宣戦布告したことに満足したのか(分からないけど)、風くんは立ち去り、鉄の扉がガチャンッと閉まる音が聞こえた。


「はぁ~」


 強い威圧から解放されて、へなへなとしゃがみ込んだ。

 ここは非常階段の踊り場。

 吹きすさぶ風が冷たくて、ブルッと震えた。

 あと2週間もすれば、年末になる。

 それまでに、し終えなければならない仕事を思うといつまでもグズグズしていられない。

 それに、年末までにクリスマスという、一大イベントが待ち構えているんだ。


「クリスマスは、一緒に過ごそう」


 ハルちゃんが、そう言ってくれた。

 しかも、その日は私の誕生日で、嬉しさ2倍、自然と顔がニヤけてくる。

なのに、さっきの風くんの怒った顔がかぶってきて、素に戻ってしまった。


「はぁ~」


 また、溜息が零れた。

パンパンとスカートを払って立ち上がり、ドアを開けると、


「ちょっと、ちょっとー、どうなってんのー」


 唯ちゃんが飛びついてきた。


「いきなり、木村さん、話があるからちょっと来て、ってナニー。風くんとどういうのー」


 さっきの風くんをマネて、声を上げる唯ちゃん。


「いやいやいやいや、何もないから。だから、ちょっと声のトーン下げて、落ち着いて」

「こんな面白い話。落ち着いてなんかいられないよー」

「ホント、面白くないから。ぜんぜん」

「えー、そうなの?」

「うん、風くんとは、なんの関係もナイから」

「えー、えー、じゃなんで呼び出されるのよ」

「ほら、前に服を買いに付き合って貰ったじゃん」

「インスタ男子ね」

「うん。ハルちゃんと風くんが友達だったから、その、ハルちゃんの話をね、してたの」

「えっ、じゃ、サクラちゃん。2人の男性の間で揺れ動いてるワケね」

「えっ・・・、ぜんぜん、違うから」


 脳内お花畑になってる唯ちゃんに、唖然としてしまった。

てゆーか、絶対、面白がってるな、唯ちゃん。


「そういうんじゃなくて。ハルちゃんと風くんって親友らしくって、で、風くんは、私とハルちゃんが付き合ったのを聞きに来ただけで、」

「キャーッ、やったー!よかったじゃーん。付き合うことになったのねー。やっぱり、思った通りだったわ。絶対、気があると思ってたのよー」

「・・・あー、うん、ありがと。無事に、付き合えることになったよ」

「香織さんにも、教えてあげなくっちゃ。ねぇねぇ、どういう流れで付き合うことになったのー。そこ大事ー、詳しく教えて」


 意図してなかったけど、結果的に話が逸れたのでホッとした。

唯ちゃんは、可愛くてすごくいい子なんだけど、少し過剰反応といか、オーバーに捉えるところがあるから気を付けなくちゃ。

『にしても、風くんの言うところの、良好な関係って、どういうんだろ』

 彼の言った言葉を思い出し、でも、いまいち分からなくて首をひねりながら、席に戻った。



「サクラちゃん。さっき、総務の人に聞かれたわよ」

「また?今度は、誰」


 香織さんが、コソッと教えてくれた。

 朝の出来事があってから、今日はずっとこんな感じだ。

どこでどう話が巡っていったのかは知らないけれど、お昼に、食堂へ行った時なんかは、総務の近藤さん、岡田さんがやってきて、


「木村さん? 風くんと付き合ってるって、本当?」


 と、すごい剣幕で聞かれた。

 思いっきり否定したけど、何気に周りを気にして見ると、誰もが私を見てコソコソと噂しているといった雰囲気があって、這う這うの体で営業部に戻った。

『だから、こうなるのがイヤだったのにーっ!』

 風くんに対する不満がいっぱいだけど、当の本人は、外出していて、取り付く島がない。

『あぁ、今日、無事に会社、出れるかしら』

 時計を見ると、そろそろ定時になるところ。

制服から私服に着替えるためには、どうあっても更衣室にいかなければならない。

でも、更衣室は、部署関係なく女子達の共通の場所だ。

 嫌な予感しかなくて、大きな溜息が出た。


「本当に、違うのね。風くんとは、付き合ってナイのね」

「そうだって、言ってるじゃん」


 もういい加減、解放して欲しい。

 何度目かの問いに、ウンザリしながら答えた。


 よくマンガやドラマの中で、こういうシチュエーションがあるけれど、この年になって自分が同じ目に合うとは思わなかった。

 定時になって更衣室まで行くと、嫌な予感は的中で、総務の女子5人が待ち構えていた。

 総務の花と呼び声高い阿部さんに、お昼間、私に聞きに来ていた近藤さんと岡田さん、後の2人は見たことはあるけど、名前はしらない子達。


「ほらぁ、やっぱり、何もないんだって」

「でも、大智くんが女の子を呼び出すなんてないもん」

「同じ部署なんだから、そういう時もあるよー」


 ぐずぐず言う阿部さんに、近藤さんと岡田さんが宥めているといった感じで、後の2人はうんうん、と頷くばっかりで、いわゆる取り巻きっぽい感じだった。


「あのー、私、そろそろ、」


 出て行こうかと腰を浮かした。


「大智くん、私のこと、何か言ってなかった?」


 恥じらうように俯き、もじもじとする阿部さん。

 色白で、目もパッチリしていて、ふんわりカールの髪が、洋風人形を連想させる可愛さがある。

 彼女は、今年入ったフッレシャーで、工事部でも、やたら可愛い子が入社したって話題になっていたけど、ホント、これだけ可愛ければ噂になっても不思議はないな、と思う。

でも、その反面、入って間もないのに、取り巻きを作って自分をガードするってスゴイな、とも感心してしまった。


「何も聞いてないわよ。仕事の話しかしてないんだから」


 この人達に、本当の話をする義理もないし、あらぬ疑いを持たれても困るから、風くんとは、あくまで仕事の話をしていた、ということで押し切った。


「本当に?・・・・・私、勇気を振り絞って大智くんに・・・告白したの。でも・・・ダメで・・・」


 阿部さんがうるうるした瞳で私を見て、いきなり話し出したので、驚いて引いてしまった。


「風のヤツ、詩織のこと、よく知らないから」

「そうそう、これから知ってもらうように頑張ろって、こないだ話したばっかじゃん」

「そうなんだけどー」


 目の前の2人が、また阿部さんをフォローし出して、

『アホらし』

そう思ってしまった。

『これじゃぁ、あの風くんがオッケーするとは、到底思えないわ。なんだかんだ言って、真っ直ぐで真面目な奴だからなぁ。あ、そういうところは、ハルちゃんと似てるかも』

 違う方へ頭がシフトしかけて、ハッとした。

 阿部さんが、じっと私を妬むような目で見ていた。

でも、私と目が合うと、そんな目は一瞬で消え失せ、


「私、大智くんが好きなの。木村さん、お願い、協力してくれない」


 とまた、うるうるの瞳で、お願いしてきた。


「木村さん、お願い。詩織、真剣なのよ」

「同じグループなんだし、もっと詩織のこと、ススメてやって」


 近藤さんと岡田さんも一緒になって、詰め寄って来た。


「私はアシスタントに過ぎないし、話も殆どしないから、無理よ。ごめん」


 話があらぬ方向へ飛び火しそうになって、慌てて断った。

なのに、


「大智くんのこと、やっぱり好きなんでしょ」

「どうして、そうなるのっ」


 嚙み合わない話に、げんなりしてしまった。

『この子の頭の中、どーなってんの?』


「だって、大智くんが女の子を呼び出すなんて、」

「だーかーらー、何度も言わせないで。私は、只のアシスタント。阿部さんも、本気で風くんと付き合いたいなら、自分1人で相手にぶつかっていかなきゃ。告白も、近藤さん達に手伝って貰ったんでしょ」

「なんで、知ってるの?」


『図星なんかーい』

 叫びたくなるのを、我慢した。


「話は、これで終わり。じゃ、私、帰るから。お疲れさま」


 言うが早いか、言い終わらないうちにガバッと立ち上がり、素早い動きで部屋を出た。

 いいタイミングでエレベーターが来て、急いで飛び乗り、外へ出ることが出来た。

 頬に感じる冷たい風がイヤに心地よくて、大きく深呼吸した。


「お疲れー。今、帰るとこ?」


 聞き覚えのある声に、ギョッとして見ると、風くんが歩いて近づいて来るのが見えた。

 彼とすれ違う人が、彼をチラチラと見ているのが分かって、

『イケメンって、スゴイな』

と、改めて思わずにはいられない光景だった。

 薄暗い往来の中でも、目立つ人は目立つ。

 ということは、


「離れてっ」

「は?」

「離れてって」

「なんだよ、いったい」

「話しかけないで」


 風くんから距離を取ろうとしていたら、ビルから出てくる人影が見えた。

『ヤバいっ』

 相手が誰かなのか、確かめるのももどかしく、急いでその場から離れた。


「どうしたんだよ、急に」


 あろうことか、風くんが私を追いかけてきた。

 こういうシチュエーションも、マンガやドラマでホント、よくあるけど、なんで今、現実にそうなるのかと、間の悪さに舌打ちが出た。


「もう、もう、とにかく、会社から遠ざかりたいの。いいから、ちょっと、ついて来てっ」

「はぁ?」


 走る私の後を、意味が分からん、といった風情で風くんは、走ってついてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る