第16話 イケメンの苦労

「はい、そうです。すみません、今日は直帰ってことで・・・・はい、よろしくお願いします・・・・はい・・・・はい、お疲れ様です」


 風くんが、会社に連絡を入れているのを聞きながら、生ビールをゴクゴクと飲んだ。

 走ったのもあって、程よく冷えた生ビールがミョーに美味しい。

 電車に乗っている間も、知っている人がいないかとビクビクしながら、もちろん、風くんとは離れて乗って、結局、一番安心する小料理屋『梅野』に逃げ込んだのが、つい先ほどのこと。

 またまた、アキさんとレイカさんには、驚きと困惑の顔をされながらも、

「すみません、すみません」

と何度も頭を下げながら、奥の座敷に陣取らせてもらった。


「はぁ~、シミわたる~」

「1人でイイ感じで飲んでんなよ。乾杯はどーしたんだよ、乾杯は」

「ハイ、カンパイ」


 半分に減った生ビールジョッキ片手に乾杯のポーズをとった。

風くんはあきらかに、ハ?、的な顔になってたけど、気にせず、またまた生ビールを飲んだ。


「んで、ナニがあって、あーなったワケ?」


 風くんも、私に刺激されてか、グイグイと生ビールを飲んだ後、聞いてきた。

なかなかに、いい飲みっぷりだ。


「今朝、風くんが私を呼びだしてくれたお陰で、総務・・・、社内の女子全員に目を付けられてしまったわ」

「マジで」

「だから言ったじゃん。マズいんじゃないのって」

「思わないだろ、普通。ちょっと呼び出したくらいで」

「いやいやいやいや。もっと、自分のこと、自覚してよ」


 安直な返答に、ドンッとジョッキを置いて、声をあげてしまった。


「自覚って、ナニを自覚すんだよ」

「だから、自分がイケメンってことを、よ」

「はぁ~?」


 ものすっごい呆れた顔をされて、イラっとしてしまった。


「私、今日、更衣室で、阿部さんと近藤さん、岡田さん、あと2名、名前は知らないけど、5人に取り囲まれて、尋問されたのよ」

「へぇー」

「へぇ、じゃないっ。風くんが私に、良好な関係を求めるなら、私は良好な距離を求めたいわ」

「距離ったって、仕事仲間なんだから話くらいするだろ」

「それは、そうだけど。あんな、大っぴらに呼びだすとか、ヤメテ」

「わかったよ」


 風くんは、私の剣幕に押されて、しぶしぶといった感じで返事をした。


「はーい、お待たせー」

「あ、レイカさん。お座敷、すみません、無理言って。あと、この間はすみませんでした。無事に、その、ハルちゃんと・・・お付き合いを、する事になりました」


 料理を持ってきたレイカさんに、お客の増えるこの時期に無理言って座敷を使ってしまったことと、先日の陽との一件に深々と頭をさげつつ、結果報告をした。

でも、改めて自分で言葉にすると、照れがスゴクて、顔が熱くなってきた。


「まぁ、まぁ、そうなのねー。あぁ、良かった。私、いらないこと言っちゃったかと思って、ヒヤヒヤしてたのよー」

「そんなことは・・・、すみません」

「いやだぁ、サクラちゃんったら。カーワイ!」


 ポンっと、レイカさんに肩を叩かれ、ますます顔が熱くなった。


「にしても、今日はまた、予想外の組み合わせねー」


 レイカさんが、珍しそうに風くんの顔をマジマジと見た。


「あ、あの、風くんとは同じ会社で、同期なんです」

「その節は、ご迷惑をおかけしました」


 現実に戻された思いで答えると、風くんがキチンと居住まいを正して、ペコリと頭を下げた。

その様は、どこぞの貴公子か、と思うぐらいの気品を感じさせるものがあった。


「まぁ~、そうだったのねー。サクラちゃんに手を出してるのかと思ったけど、違ったのね」

「え?」


 急に真顔になって、語尾が小声になったので聞き返したけど、


「いいの、いいのー」


 と、ニコニコ顔で返された。


「見れば見るほど、イケメンねー、彼。ハルちゃんとお友達なんでしょう」

「はい、風 大智 といいます」

「そう、ダイちゃんねー」


 ニッコリ顔のレイカさん。

『でも、なんか、怒って、ううん、威圧感?、てこともないか。笑ってるんだし』

 そう思っていると、


「あ、喋ってて、遅くなっちゃったわ。はい、お刺身盛。マグロとコウイカね。マグロ、いいのが入ったのよー。中トロ、アブラがのってて、美味しいわよ。あら、やだ、サクラちゃん。ビールないじゃない、持ってくるわね。ダイちゃんもビールでいい?」


 慌ててレイカさんが下がっていった。

何気に、イケメンって頼まなくても、声をかけてもらえるんだなぁ、って思っていると、


「陽と、なんかあった?」


 風くんが聞いてきた。

 私的に、風くんとハルちゃんは何でも言い合う仲良し大親友だ、と思っていたから、風くんが知らないことに驚いた。


「なんかっていうか、ちょっと揉めたの。ハルちゃんが、そのー、私のこと好きじゃないってカン違いしちゃって、でも最後は、うん、上手くいったのよ、ホント」


 話をしていると、風くんの顔がどんどん険しくなっていくから焦った。


「上手くいったって、なんだよ。陽を試したのか?」

「えーっ、違うよ」

「見てたら分かるだろ、陽の気持ちなんて。メチャクチャ分かりやすいじゃないか」

「う、うん、そだね。私もそう思ったんだけど、」

「疑ったのかよ」

「・・・結果的には、そう、かな。でもね、ハルちゃんが急に謝ってくるから、てっきり断られるのかと思っちゃって」


 刺す様な視線に怖気づきそうになりながらも、なんとか対抗した。


「アイツのことだから、ヘンに気をまわし過ぎたんだろ」


 流石は大親友、よく分かってらっしゃる。


「うん、そう。それが私への気遣いだったっていうからさ。ちょっと嬉しくて、感動しちゃった」


 あのバリトンボイスが、またまた頭の中で木霊する。

 胸が切ないくらいにギュッとなった。


「だろ。アイツを疑うなんて、ありえねー。お前の方こそ、もっとちゃんとしろよな」


 何気に得意げに話す、風くん。

 かなり素の状態なんだと感じた。

 けど、私をお前呼ばわりとは、何様って感じ。


「私は、お前ではありません、木村です。それに、ちゃんとって、ナニ。風くんだって、ちゃんとしたらどうですか」

「俺が、なんだよ」

「阿部さんが、大智くん、大智くん、って言ってたわよ」


 阿部さんふうに、ぶりっ子で言ってやった。


「後輩に、名前呼びさせるって、どういう関係なんでしょうね。阿部さんいわく、付き合ってナイらしいけど、風くんこそ、もっとちゃんとした方がいいんじゃない」

「っんだと」


 ドンッと生ビールのジョッキが置かれたので、2人してバッと睨むように見てしまった。


「わぉ、びっくりした」

「 「 あ、すみません 」 」


 風くんと言葉がハモった。


「あのね、ここ、あと1時間半くらいしたら空けて欲しいの、予約がはいってるのよー」

「わかりました」


 クスッと笑いながら話すレイカさんに返事を返しながら、ここに来た目的を思い出した。

『そうだ、一番肝心なこと忘れてた。わざわざ危険を冒してまで、この場に風くんを連れてきたんだもの。会社での、彼との接触注意事項を決めとかなくちゃ。これからの安全安心な会社ライフのために』


「それと、そろそろ混んできたから、早めに注文してもらわないと、持ってくるの遅くなるわ」

「すぐ、頼みます」


 レイカさんの言葉に、メニューを机の上に広げた。

まずは、やっぱり出し巻きかな、っと思って口を開きかけたら、


「若鶏唐揚げ、下さい」


 風くんが言った。

 で次に私が言おうとしたら、


「あと、もち豚冷しゃぶサラダに、カキフライもお願いします」


 とまた風くんが言ってきた。


「ちょっと、かぶせてこないでよ」

「かぶしてねーよ。早く頼まなきゃ、なんないんだろ」


 早くしろよ、と言わんばかりの態度にムッとしたけど、レイカさんの手前、黙ってメニューに視線を落とした。


「あ、海鮮ピザ、これもいいな。海鮮ピザもお願いします」


 とまた、かぶせてきた。


「なんなの、さっきから。それに、脂っこいのばっかりじゃん」

「腹減ってんだから、仕方ないだろ」


 私と風くんとのやり取りを見て、レイカさんが、


「あらー、流石は同期。仲がいいのねー」


 と言うから、すかさず


「良くないですっ」 「良くないっ」


 と、完全否定で答えると、またハモった。


「ちょっと」

「なんだよ」


 睨みあう2人を横目に、


「はいはい、じゃ、若鶏唐揚げともち豚冷しゃぶサラダに、カキフライ、海鮮ピザに、あと、出し巻きもつけとくわねー」


 レイカさんはそう言いながら、チャチャッと書きとめると下がっていった。


「言うなら言うって、言ってよね」

「いちいち聞かなきゃいけないのかよ。めんどくせっ。陽に同情するぜ」

「ハルちゃんは、関係ないじゃん。アンタこそ、こんなヤツだって、阿部さんに教えてあげたいわ」


 だんだんとヒートアップしてきて、声も荒げてきた。

 と、風くんが、大きく息を吐いた。


「はぁ~。やめようぜ、それと、俺は アンタ じゃない」

「ごめん」


 自分で違うと言っておきながら、同じようなことを自分も言ってしまった。


「あと、阿部さんのことだけど。別に呼ばせてるワケじゃなくて、相手が勝手に呼んでるだけ」

「えっ、そうなの?えらく親密度マシマシだったけど」

「前に、早めの忘年会あったろ、部署ごとの。

総務の安藤部長がコイコイってしつこく言うから、仕方なく総務の忘年会に参加したんだけど、女子多いからさ、嫌だったんだ、ホントは。

んで、まぁ、気よく周りからは声をかけて貰ったりして飲んでたんだけど、阿部さんと取り巻きが俺の周りを陣取るようになって。

明らかに阿部さんは俺に気がある感じで迫ってきてくれるんだけど、こっちも気があるワケじゃないし、適当にあしらってたんだ。

でも、終わって店を出た後、次の店に行こう行こうってしつこく言ってきてさ。

疲れてるし、早く帰って寝たいのに、取り巻きがまた、ギャーギャー煩く絡んでくるし」


 近藤さんと岡田さんの顔が浮かんだ。

2人して、あーだこーだと阿部さんのフォローに入ってるところを想像すると、クスッと笑えた。


「もう、面倒になって、無視して帰ろうかと思ったら、阿部さんがぐずぐず泣き出しちゃって、しかも、いきなり告ってくるんだぜ。

速攻で断ったけど、後ろに引きつれてる2人がさ、まーた煩く言ってきて。

こんなに好いてるのに、なんで付き合えないの、とか、こんなに可愛い子は他にいないわ、とかって。でもう苦肉の策で、とりあえず友達から始めようってことにしたんだ」


 イケメンは、イケメンで苦労があるんだなぁってしみじみ感じて、相槌を打つように頷いた。


「でもさー、まだぐずぐず言うから、どうしたいんだって聞いたら、名前で呼びたいって言うから、オッケーしたんだよ」

「へー。見た目、清楚な感じなのに、意外に押しが強いのね、阿部さん」

「見た目と内面は、裏腹がジョーシキだろ、女なんて」

「うわっ、キタよ。女なんて発言。根深いねー」

「俺の、ナニを知ってんだよ」

「あー、まぁ、チョコ~ッと聞いた、ハルちゃん情報」


 誤魔化す為に、茶化して笑ってみた。

 納得いかない感じではあったけど、風くんは生ビールをグイッと飲んだ。


「はーい、お待たせー」


 レイカさんが、頼んでいた料理を持ってきた。

座卓の上は、一気にいっぱいになり、お腹の虫も過剰反応だ。

まぁ、まずは腹ごしらえと、お箸を手にとった。

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