第17話 美味しい肴と意外な一面
「いただきます」
手を合わせた後、目の前で美味しそうに湯気をあげている出し巻きを一切れつまんで、口に入れた。
「んー、うん、うん、やっぱり美味しー」
噛む度に口の中で広がるダシの味と、柔らかくほぐれていく卵の感触をモグモグと堪能しながら食べた。
ちゃんと伝えてなかったのに、注文リストに加えてくれたレイカさんの気持ちが嬉しい。
今日の出し巻きは、いつもの2倍増しに美味しい味がする。
満喫したあと、もう一切れ、いこうかと箸を伸ばしかけ、視線を感じて前を見た。
「どうしたの? 食べないの、風くん」
驚いたようにマジマジと私を見ているから、思わず、食べこぼしをしたのかと自身を見てしまった。
「いや、食べるよ。にしても、上手そうに食べるよな」
「だって、ここの出し巻き、すっごい美味しいのよ。ダシの味もイイし、それに、見て、このふわふわ、ふるふる感、スゴクない!」
ダシが滴る出し巻きを、1つつまんで見せ、そのまま口に入れた。
「うーん、サイコー」
私に釣られるように、風くんも出し巻きを口に入れた。
ホクホクしながら食べている彼に、
「どう?イケるでしょ」
熱いので言葉は出せないみたいだけど、グッと親指を立てたので、思わず、こっちもグッジョブした。
「美味しいモノっていいよねー。食べると、楽しくなってくるもん」
前にハルちゃんと一緒に食べたのを思い出しだ。
『そう、ハルちゃんと一緒なら、もっとイイんだけどなぁ』
と思っていると、
「なんの悩みもなさそうだ」
ボソッと聞こえてきた。
「ちょっとー、あるわよ、悩みぐらい。今まさに、風くんのお陰でね」
折角いい気分で食べていたのに、彼がハルちゃんと仲がイイって、ホント、信じらんない。
『一言、多いのよね』
気分を直して、目の前の海鮮ピザを食べようと小皿を取った。
いつもなら小皿は、ハルちゃんが何も言わずに私の前に置いてくれる。
このピザだって、きっと取り分けて、私の食べやすいように置いてくれるんだろうって思うと、ホント、スゴイ出来た人が自分の彼氏になったもんだと、しみじみ思った。
『早く帰って、電話しよ』
耳に蘇るバリトンボイス。
ついつい口元が緩んで、ニンマリしてしまう。
自分の思いにイイ感じで浸っていたら、食べようと思っていた最後の出し巻きを、風くんがパクッと食べてしまった。
『あぁー、私の、最後の一切れがっ』
ガックシ、きた。
「よく喋るんだな。えらく、語りも熱いし」
こっちの気も知らないで、風くんが話してきた。
「・・・熱かった? そんなつもり、なかったけど」
とはいえ、私の出し巻き、ではないので文句も言えない。
「会社にいる時とはぜんぜん違って、驚いた」
風くんが、大きめの唐揚げをガブリと一口で食べた。
ハルちゃんとは、ぜんぜん違うなー、と思って眺めた。
『なんていうか、ハルちゃんはキレイに食べるのよね。いや、ハルちゃんもかぶりつくこと、あるか。なんだろ上品っていうのかな、なんか、いいのよ、うん』
「ナニ、ニヤついてんの」
「・・・・」
「陽のことでも考えてんだろ」
「うっ」
図星を指され、言葉に詰まった。
『そんなに顔に出てた?』
そう思うと、笑ったハルちゃんの顔が浮かんで、ぼわっと顔が熱くなった。
「こっち見ないで」
「・・・あ、ごめん」
視線を感じて言うと素直に謝られ、なんだかバツが悪くなってしまった。
「会社では、目立たないようにしてるの。そのほうが、仕事もやりやすいしね。風くんだって、社内でいる時とぜんぜん違うじゃない」
「ま、俺も同じかな。仕事を円滑に進めるために、イイ人ぶってるだけ」
社内での風くんは、爽やかで、人当たりがすごくいい。
でも今、目の前にいる風くんは、同じ芸能人ばりの整った顔でも、スカした感じで、少し取っつきにくい感じがする。
「そっか。でも、そのイケメンぶりを最大限に活用できて、よかったね」
「身も蓋もない、返しだな」
私の返答に、驚いた顔を見せた。
「ごめん、ヘンな意味じゃなくて。言い方、悪かったよね」
「別にいーけど、ビックリだな。こんな人だとは、思わなかった」
「ハハハ」
カラ笑ったけど、心の中では、またヘンな返ししちゃったよー、という思いでいっぱいだ。
『こういうとこがダメなのよね、私。自分のヘンな意見、言わないくていいのに』
自問自答で反省していると、
「飾らなくていいな。こっちも肩肘張らずにすむし」
ふっと薄い笑みを浮かべて、風くんが言った。
その笑みたるや。
なかなかのレアな微笑みに、思わず見入ってしまった。
「ピザ」
「えっ」
「ピザ、落ちそうだけど」
「わっ、あぶな」
指をさされ、手にしていた海鮮ピザを見ると、エビが転げ落ちそうになっているので、慌てて防いだ。
パリッと焼けた生地の上にのったエビにタコ、アスパラとアンチョビ、とろけたチーズを一緒に、少し折って、モグモグと頬張った。
『危なかったー。つい観賞根性が出て、ジッと見てしまったー。なんなの、今の、ビックリするじゃん』
気分を戻そうと、一番の本題、今日言いたかった話を口にした。
「今日ね、ちゃんと決めたいのよ、接触注意事項」
「なんだ、それ」
「社内一、イケメンの風くんと接触する為の、注意事項よ」
「そーじゃなくて。どーして、そんなの決めなきゃ、いけないんだよ」
「あのさ、私、女子全員に目を付けられたって言ったよね」
「ほっとけばいいだろ。どうせ、あーだこーだ言ったところで、勝手に陰で文句言われるんだから」
「だめよー、だめだめ」
クッと、風くんが笑った。
会社で見る爽やかな笑みではなく、自然な屈託のない笑い。
また観賞根性が頭をもたげて、ジッと見てしまいそうになった。
「・・・ナニ」
「・・・ううん、なんでもない」
あっ、ぶなー。
今日はいったいなんなのよー。
「よくイケメン、イケメンって言われるけど。世間でいうとこの、イケメンが本当に存在するわけない」
「ま、まぁーねー」
風くんの言うのも分かる。
でも、夢を見たいじゃないか、観賞女子としてはさ。
「見た目で寄ってくるヤツは、顔しか見てないしな」
「そう、かも、だけど。でも、顔がイイって、イイことじゃん」
痛いところを突かれて、つい力が入ってしまった。
全国の観賞女子の楽しみであるイケメン観賞を(勝手な持論だけど)、イケメンから否定しないで欲しい。
しょんぼり気味に、レイカさんおススメの中トロをパクリと食べた。
「っんまー。トロける感じー」
あまりの上手さに、テンションが一気に上がって声が出た。
「マジ?・・・・うまっ」
触発されるように、風くんも中トロを食べると、驚きの美味しさという感じに、目を見開いた。
食感は、始めサクッなんだけど、口の中でトロリと変化して、旨味が広がる感じ。
「あぁ、美味しー」
「これは、日本酒だな」
「あー、分かるー。でも、ごめん、ちょっと待って。先に決めておかなきゃ」
「なんとか、事項?」
「そうそう、接触注意事項」
「もう、いいだろ」
「だめだよー」
さっき見た笑みを期待したけど、今度は本日2回目の呆れ顔だった。
「私の安全安心な会社ライフを死守しないと」
「オーバーだな」
「風くんは、女子の結託した時の威力が、どんなにすごいか知らないから、そんなこと言えるのよ」
「まぁ、団体で来られると困るけどな」
「でしょ」
「特に、総務の、あの3人。阿部さんは、ちょっと違う感じがする」
私を見ていた、あの目。
結構マジな感じ。
「自分の思いが叶うまで、テコでも動かないって感じだったもんなー」
コウイカを頬張り、頷きながら風くんが言った。
「いやだー、会わないようにしよう」
ヘンに誤解されたままだと、マジでヤバい気がした。
「自分の可愛さをよく熟知してるっぽいし、相手の気持ちをクスグルのが、上手いんだろな」
「クスグル?」
「年上の同性を取り巻きにするなんて、なかなかだと思わないか」
「なるほど」
やり手女子のあしらい方なんて知らない。
『やっぱり、早く分かってもらわないと。私は、風くんとは、なんの関係もないって』
「木村さんも気をつけろよ。あーゆー子は、思い通りにならないとしつこいから」
他人事のように言うから、言い返した。
「それは、風くんもでしょ」
「俺はしつこくない」
食べていた、コウイカが喉に詰まりそうになった。
「・・・違うって。阿部さんから、言い寄られるって意味で」
「・・・あっ、そっちね」
そっちって。
少し照れ気味な風くん。
「じゃ、気をつける意味でも、接触注意事項、決めよ」
「また、それか」
改めて、仕切り直しとばかりに言うと、また呆れられてしまった。
モグモグともち豚冷しゃぶサラダを食べた。
『あー、豚の甘みが美味しー。歯触りもちょうどイイ、キャベツとの相性抜群。もっと、ゆっくり味わっていたーい』
だけど・・・、ゴックンと飲み込んだ
結局、時間も迫ってきて急いで食べて、店を出ることになった。
明日から、しばらく続くであろう社内女子の噂や視線に対して、些細な接触も最小限にするのが一番だろうということで話はまとまった。
細かい打合せは出来なかったけど、私の気持ちは伝えたし、これでいつもの日常が戻って来るのかと思うと、内心本当にホッとした。
「じゃ、明日からよろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
風くんに対し申し訳ないけど、以前のようにまた観賞するだけの日々に戻れれば、心配することもなくなる。
「会社の打合せが終わったみたいなノリだな」
「実際、そんなとこでしょ」
「そうだ、携帯、教えといて」
「なんで?」
「仕事中は極力話さないんだろ、だったら、連絡事項は携帯だろ」
「・・・そっか」
とはいえ、これまで殆ど話してこなかったんだから、必要ない気もするけど。
携帯をカバンから取り出して、驚いた。
ハルちゃんから、着信、LINE、が入っていた。
「あっ、わぁ、大変!」
ずっとバイブのままカバンに入れていたから、気が付かなかった。
連絡としてしか使わない携帯、最近では親か弟の悠斗くらいしかかかってこなかったから、なおざりにしてた。
でも今日からは、改めるからね、と携帯表示のハルちゃんに心の中で誓った。
「ナニ・・・、お、陽からじゃん」
「ちょっと、見ないでよ」
「見えたんだよ。ほら、早く教えろよ」
「なんなの、その上からな言い方」
「フツウだろ」
「もうちょっと、意識改革した方がいいんじゃない」
「桜子」
店を出たところで、風くんと言い合っていたら、バリトンボイスが聞こえた。
振り向くと、ハルちゃんが立っていた。
その姿たるや、後ろから後光が射しているかと思うくらいにキラキラと輝いて見えた。
「ハルちゃんっ!」
「陽」
両手を胸に、2オクターブぐらい高い声が出た。
なのにまた、風くんがかぶせてきた。
「・・・今日は、やたらとかぶせてくるけど、嫌がらせ?」
「なワケないだろ。たまたまだ」
「なんで、2人でいるの?」
いつもの優しいバリトンボイスからは想像も出来ないくらい凍り付くような冷たい声音に驚いた。
見ると、恐ろしいほどに真剣な目でハルちゃんが私を見ていた。
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