第18話 四つ巴の対当

「ハ、ル、ちゃん」


 これまで見たことのない顔。

 すごく真剣で、でも辛そうで、見てるこっちまで胸が痛くなる思いがした。

 どう考えても、今のこの状況を誤解してるんだ。


「仕事の相談をしてただけさ。そんな怒る事じゃ、」

「相談するのに、店に来る必要がどこにある。会社ですればいいだろ」


 私が誤解を解こうと思っていたら、先に風くんが口を開いた。

でも、陽は風くんの言葉を最後まで聞かずに言い返してきた。


「会社で話せないこともあるだろ」

「そう、そうなのよ、ハルちゃん。ごめんね、私が、風くんに言いたいことがあって、それで、」


 疑いの目でしか見ていない陽の誤解を解こうと説明しかけたけど、風くんの言葉に加勢するような感じになってしまった。


「言いたいことって、何」

「えっと、それは」


 陽が眉間に皺をよせた。

 突き刺さるような強い眼差しと抑揚のない淡々とした声音に、一瞬、怖気づいて言葉が詰まってしまった。


「言えないこと?」


 ゆっくりと私の前まで来ると、グイッと腕を掴まれた。

思いのほか、強い力で引っ張られ、よろめいてしまった。


「やめろよ、陽」

「俺と彼女の問題だ。お前には関係ない」


 睨みあう2人。

 一触即発な状態の中、


「あれ、サーコ?」


 気の抜けた、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

見ると、悠斗が立っていて、私と目が合うと、足早に近寄って来た。


「何してんの? こんなとこで」


 この状態を分かっているのかいないのか、ハーフコートのポケットに両手を突っ込んだまま、ニッコリと笑った。


「誰?」


 気がそがれたようにハルちゃんが聞くと、悠斗は私と陽、そして風くんを見て言った。


「誰って、サーコの彼氏だよ」

「は?」


 そこにいた3人全員が、悠斗を見た。

 陽も風くんも驚いていたけど、一番びっくりしたのは私だった。

『よりにもよって、なんで今、そんな冗談言うのよ。余計にややこしくなっちゃうじゃない』


「彼氏?」


 悠斗の言葉に反応したのは陽だった。

 驚きの顔から一転、眉間の皺がますます深くなった。


「俺は、恋人だけど」


 予想していなかった言葉に、唖然と陽を見上げた私を引き寄せ、悠斗の顔をジッと見た。

 2人はジリジリと、にじり寄るように睨みあった。

『ど、どうしよう』


「ちょっと2人とも、ヤメて」

「木村さん。彼氏って、どういうことだよ。陽と二股、かけてたのか?」


 2人がややこしいことになっているのに、風くんが火に油を注ぐようなことを言ってきた。


「そんなワケないじゃない」

「じゃぁ、どういうことだよ。さっきまで顔を赤くしてたのは、あれは嘘だったのか?」

「ナニ、言ってんの。今、そんなこと、」


「サーコと俺は、子供の頃からの付き合いだからね」


 とまた、悠斗が余計な口を挟んできた。


「もう、いいかげんにして、悠斗」

「悠斗・・・って、呼んでるんだ」


 私の言葉を奪い取る様に、陽がポツリと言った。

見ると、先程とは違う、思い詰めたような真剣な目で私を見ていた。

『今度はナニー。何、言われんの?』


「・・・前に、俺の名前、呼んでくれるって言ったよね」

「えっ・・・あー、うん」

「なんで、未だに ハルちゃん なんだ?」

「なっ」


んで今、それを聞く?

 一瞬、フリーズしかけて、出かけた言葉が止まった。

もう訳が分からなくなってきた。


「コイツ、いったい誰だよ。木村さん」


 横から風くんがせっついてくると、


「コイツ、じゃない。彼氏だって言ってんだろ」


 悠斗が、追い打ちをかけるように言い返し、


「だから、俺が恋人だって」


 また陽が、驚きの言葉を口にして、

『もうー、なんなのよーーー』

 あわあわしていると、極めつけとばかりに、


「彼はいったい誰なんだ」 「木村さん!」


 陽と風くん、2人同時に聞いてきた。


「弟です!」


 つい大きな声で叫んでしまった。

その瞬間、梅野の入口の引き戸が開いて、お客が出てきた。

 響き渡った私の一声。

 一瞬の静寂・・・

 店内からざわざわと外を気にする喧騒が聞こえてきて、4人揃って脱兎のごとく、慌ててそこから逃げ出した。

 走り出した時、陽が私の手を握ってくれたので、咄嗟だったとはいえ、それがすごく嬉しくて、手の平から伝わる温かさに胸が熱くなった。


「大丈夫? 桜子」

「うん」


 駅近くまで、戻って来てしまった。

見ると、いつもの優しい陽の顔になっていて、ホッとして涙腺が緩みそうになった。


「アハハハハ、すっげー大声。流石、サーヤ」

「誰のせいだと思ってんのよ」


 離れてしまった手を名残惜しく思いながら、ゲラゲラと笑う悠斗の背をバンッと叩いた。


「あのね、ハルちゃん。弟の悠斗」

「イッテ。馬鹿力で叩くなよ」

「ほら、挨拶して」


 そっぽを向いてのらりと、かわそうとするから、


「悠斗」


 強めに名前を呼ぶと、降参したのか頭を下げた。


「弟の悠斗です。姉がお世話になってます」

「篝です」

「風です」


 悠斗が名乗ると、2人も名乗って、互いに自己紹介となった。


「弟がいたんだ。知らなかった」

「そうなの。言ってなかったよね、ごめん」

「いいんだ。自分が一人だから、そういう考えが浮かばなかった」


 会いたかったいつもの陽が目の前にいる、そう思うだけで胸の高鳴りがスゴい。

ジッと陽を見てしまう。


「篝さんは、サー・・・、姉と付き合っているんですか?」

「うん、付き合ってるよ。さっきは、すまない。ムキになってしまった」


 悠斗の直球な質問に、ハッキリ付き合ってる、と言ってくれた。

『はわわわわ。ヤバイ、顔がニヤける~』

 パッと両手で両頬を押さえ、緩みそうになるのを堪えた。

『さっきも恋人って、恋人っって、言った。

大事なとこだから2回言っちゃう。なんか、彼氏より恋人って響きの方が、ちょっと親密な感じがするんだけど。やだぁー、照れるっ』

 嬉し過ぎて、挙動不審になりそうな自分を、胸に手を置いて押さえた。


「僕も、少し悪戯が過ぎました。すみません」

「いや、いいよ。それより、姉弟なのに名前呼びなんだな」


「悠斗とは年が離れてて。小さい頃は、お姉ちゃんってなかなか言えなくて桜子をサーヤって呼ぶようになって、今もそのままなの」


 陽の疑問に私が答えた。

 ぜんぜん姉っぽくないからサーコで十分、とボソッと横で言うので、また背中を叩いてやった。

イテッ、と言いながら悠斗が風くんを見た。


「風くんとは、同じ会社なの。で、今日は相談を、してて・・・」


 紹介しようと話し出して、大事なことを思い出した。

『そうだった。誤解、解いてないじゃない』

 ウキウキ気分がサーッと、消え失せた。


「これから、大智と飲みに行くから、桜子は弟くんと帰りな」


 陽の思いがけない言葉に、


「「 えっ 」」


 と、風くんとハモってしまった。

 その一瞬、笑みを浮かべてた陽の顔が、強張ったように見えたけど、気のせいかしら。


「な、大智。色々聞かしてくれよな。顔を赤くした話とかさ」

「・・・あ、あぁ」


 明らかに、風くん、引いてる。

 全部を彼に押し付けてるようで申し訳なくって、兎に角、誤解だけは解いておこうと言いかけた。


「あの、ハルちゃん、あ・・・」


『なんで、未だに ハルちゃん なんだ?』

 さっき言われた言葉が蘇った。

 今、急に名前呼びなんて、と思ったけど、ここで、ちゃんと言わないといけない、そう思い直して。


「陽」


ちゃん、と付けたくなるとこを、グッと堪えて呼んだ。

『よしっ、言えた』

 グッと拳を握りたくなるような思いで、陽を見ると、片手で額を押さえていた。

 どうしたのかと、顔を覗くと、顔を横に向けた。

 耳が赤い。

 寒いから、とも思えるけど、コートから覗く首筋も薄っすらと赤かった。


「ごめん、ちょっと・・・」


 私の視線から逃れるように横を向くのが、照れているからと分かって、急にこっちも恥ずかしくなってきた。


「あ・・・うん」


 俯いた自分の顔が熱い。

 きっと私も赤くなっていると思うと、ますます恥ずかしくなってきた。


「ダーーーーーーー。2人で、何してんの。見てるこっちが恥ずかしいって」


 悠斗の叫びに、ハッとなって、2人で顔を見合わせた。

と、また、ぶわっと顔が熱くなって、お互い顔を逸らしてしまった。


「スゲー嬉しい。でも、ヤバいくらいに、心臓にくるわ」

「そ、そう。急に呼んじゃったから。やっぱり、そのままで、」

「えっ、呼んでよ、名前」


 陽の強い言葉に、見ると切望するような顔をしていて、


「・・・陽」


 と、もう一度、小さく呼んでみた。

 今度は顔を逸らすことなく、気恥ずかしそうに、陽はニッコリと笑った。

そのカワイイ笑顔に、私もつられて顔が綻んだ。


「だー、かー、らー、そういうのは、2人の時にやってって」


 また、悠斗の叫びに邪魔されてしまった。


 結局、誤解を解くことなく、別れることになった。

 手を振る陽に、風くんはガッツリ肩を組まれ、何気に連行されているように見えるけど、2人は帰って行った。

 見送った後、悠斗と2人、ゆっくり歩きながらマンションへ向かう。


「サーコ。マジで、さっきの奴と付き合ってんの?」


 悠斗が、ハーフコートのポケットに両手を突っ込んだまま、こちらを見ずに聞いてきた。


「奴って、篝さん。うん、そうだけど、なんで?」

「俺、イケメンの方かと思ってた」

「あははは、ナイってー。風くんは会社の同僚」

「ふーん。でも、顔はめっちゃ、サーコのタイプじゃん」

「まぁ、見る分にはねー。でも、付き合うとなると、違うかな」

「ふーん・・・」


 ポケットに突っ込んだ両手をそのまま前に出して、ポンポンと叩いた。


「なんなの」

「別に・・・。これで、やっと万年フリーから卒業じゃん」


 今度は、私の顔を覗き込むように見て、ニッコリと笑った。


「万年って、間違ってはナイけど・・・それより、何しに来たのよ、悠斗」

「母さんに様子見て来いって、言われたんだよ」


 顔を素に戻して話す悠斗を見ながら、思い出した。


「そういえば、着信あったなー。ちょっと前に」

「電話しろよ」


 その言葉に、少しげんなりした面持ちで答えた。


「お母さんからの電話って、いい気しないのよねー。面倒ごとばっかりで」

「まぁ、今回もそうかも」

「ナニよ、何の話?」

「見合いだって」

「見合い?・・・・・もしかして、私の?」


 立ち止まって聞き返すと、悠斗が振り返って答えた。


「他に、誰がいんだよ」

「とうとう、そこまできたかー。

少し前は、いとこの恵ちゃんが結婚したとか、妊娠したとか言ってて、私にプレッシャーかけてきてたんだけど。

あー、お見合いかー」


 母がそこまで考えているとは思っていなかったので、どうやって諦めさせようかと考えていると、


「いいじゃん、相手いんだし」


 と、悠斗が言ってきた。

 でも、すぐには喜べなかった。


「付き合ったばっかで、結婚なんて」

「相手、いくつ?」

「私より、2つ上だから31かな、2かな」

「だったら、相手も考えてるだろ」

「いやー、どうだろ」


 付き合うことにいっぱいいっぱいで、まさかのその先を、考えていなかった。

また次の難題がやってきたようで、長い溜息が零れ出た。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「長すぎだろっ」

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