第19話 それぞれの思い ―悠斗&大智―
~ 悠斗の思い ~
「晩御飯は? 食べたの?」
「まだ」
「えー、じゃぁ、どっか入る? 空いてるとこあるかなぁ」
「コンビニでいいじゃん。買って帰って、家飲みしようよ」
「まさか、泊まるつもり?」
「俺、明日の授業、昼からだから大丈夫」
「これだから、大学生は。私、会社なんだけどね」
そう言いながらも、サーコはマンション近くのコンビニへ進路変更した。
うちの姉、桜子ことサーコは、気の優しい面倒見のいい姉だ。
俺が小さかった頃は、親が共働きだったから、家でよく俺の面倒を見てくれた。
家では、いつでも2人一緒で親がいなくても寂しいと思ったことは一度もなかった。
勉強を教えてもらいながら宿題したり、ご飯を食べたり、時々、俺の好きなマドレーヌを作ってくれたりした。
そんな優しい姉だけど(俺にとっては)、他人に対しては少し違う。
うまく自分の思いを表に出せなくて、損をするという感じで、気が弱い人、押しに弱い人と思われがちだ。
俺からすると、YES、NO、ハッキリ言えばいいのにと思うけど、姉にしたら、相手の話を聞いてから、とか、別の理由があるかもしれない、とか、あーだこーだと頭の中でグズグズと考えすぎてしまって、結局タイミングを逃すんだと思う。
いくら色々考えたって、口に出さなかったら、思ってないのと同じだ。
折角の思いも無駄になってしまう。
そんな損な性格だけど、1回スイッチが入ってしまうと、いきなり大爆発を起こしてしまう、面倒なところがある。
前に、ばぁちゃんが入院して、市役所に高額医療の申請をしに行った時、何度かカウンターの中にいる担当者に声をかけたのに、ぜんぜん対応してくれなかった。
担当者はチラッと見るだけで、他の職員と談笑を続けていて、これは時間かかりそうだなぁ、と思っていると、姉がカウンターをバンッと叩き、
「この市役所の人は、どーなっているんでしょうね。市民が声をかけているのにムシですかっ」
と、フロアに響き渡るほどの大声で怒鳴った。
ザワザワとしたフロア内の喧噪が一瞬で消えてシーンっとなり、それまで談笑していた職員4人全員が一斉に慌てて目の前に並んで立った時は、かなり笑えた。
言った本人は、言った尻から活火山から休火山となり、
「ちゃんとして下さい」
と、小声で言いながら、愛想笑いを浮かべていた。
あとで、
「めっちゃ、ビックリしたー。あんなに声が響くと思わないじゃない」
と、気弱になって嘆いていたけど、俺的にはスッキリした思いだった。
ああ言ったのは、当然のことだから。
でも、俺は出来なかった。待てばいいだけのこと、と思ってしまった。
姉は、スッとやってのける。
俺は、そんな一本筋が通ったサーコを誇らしく思うんだ。
そんなサーコに、彼氏が出来た。
見た目まっとうな人すぎて、正直、騙されているんじゃないのかと思ってしまった。
まず、顔。
すっごい、普通だ。
初め見た時、風さんがサーコの相手だと思った。
推し好きなサーコなら、絶対こっちだろうと思ったからだ。
だけど違っていて、篝さんの方が姉を好いているようだった。
サーコは、昔から美しいモノや人が大好きだ。
眺めて観賞するのが好きらしい。
過去につき合った男も(俺が知ってるのは2人、多分、それ以外はナイと思う)、見栄がイイ奴で、つき合ってる、というよりも、尽き合ってるという感じだった。
一番近くで見られて幸せ、とか、私と付き合ってくれただけで有難い、とか彼女とは少し違う見方の発言をサーコは、よくしていた。
そんな感じだから、他の女とのデートに利用されたり、パシられたりして、最後はハッキリしないまま疎遠になって、自然消滅していた。
その男もクズだけど、そうさせてるサーコにも問題があったと俺は思っている。
だから、今回は疑心暗鬼。
「サーコ、篝さんとつき合って、どのくらい?」
「先週に、その、言われたとこだから・・・まだ、」
「先週っ。まだ数日じゃないか」
少し先を歩くサーコの後ろから声をかけると、振り向いて恥ずかしそうに話す、その内容に声が大きくなってしまった。
「そ、そーよ。悪い」
「マジかー」
俺の反応にサーコは不満顔で答えたけど、俺は予想と大きく違うのに驚いて、パチンと額に手の平を当てた。
「なんなの、その落胆感は」
「はぁ・・・」
「なんなのよ、その溜息はっ」
『なんだよ、まだ数日かよ。顔で選ばない分、少しは成長したって思ったのに。あー、きっとアレだ。相手に、押し切られたんだ。それで、つきあったんだ』
そう思うと、嫌に納得できた。
詳しくは知らないけど、さっきの修羅場で、よろめくのも気にせず、篝さんはサーコを力強く引っ張り寄せていた。
『つき合って間もないのに、そんなことするか? 実はDVのケがあるとか? 』
見合い相手は、母さん一押しだったし、人柄もよく知ってるって言っていた。
だとすれば・・・
『ふくれっ面のサーコには悪いけど、見合い決定だ』
よく知らない相手より、いくらか知ってる相手の方がいいに決まってる。
少しヘンな姉ではあるけど、幸せになってもらいたい。
「ヨシッ」
そうと決まれば、早速、段取らないと。
「ナニが、ヨシ、なのよ。ねぇ、ちょっと」
「おっ、イカ、いいねー。マヨネーズ七味で食べよ。軟骨唐揚げ、コレもいいな」
コンビニに入り陳列棚から商品を掴んで、カゴに入れた。
「もうー」
そう言いながら、それ以上突っ込んで聞いてこないサーコ。
そこがダメなんだよなー、と思う。
しつこく聞かれたら答えるけど、聞いてこないから答えない。
後で聞かれても、そう答える。
聞いてこないってことは、気にしていないのと同じだから。
『帰ったら母さんに、サーコは乗り気だって言おう。んで、早々にお見合い決行だ』
何気にやる気が湧いてきて、もっと食べようと冷凍の唐揚げをカゴに入れた。
「唐揚げばっか。男子って、ホント唐揚げ好きよねー。風くんも唐揚げ、ガッツリ食べてたし」
サーコの言葉に、芸能人かと思うくらいイケメンの風さんの顔が浮かんだ。
駅からサーコのマンションまでの道すがら、少し先を歩く男性(篝さん)がサーコと風さんに声をかけた時、振り向いた2人の距離が近くて恋人っぽく見えた。
サーコの趣味もあるけど、だから、相手は風さんが相手だと思ったんだ。
『でも、気にし過ぎかな。あんなイケメンなら、他に選り取り見取りだもんなー』
隣に立つサーコを見て思った。
「何?」
「別に。オクラとワカメと山芋のサラダってあるよ」
「いいじゃん、それいこ」
サラダをカゴに入れた。
~ 大智の思い ~
「で、どうなんだよ、大智」
「・・・近いな」
「仕方ないだろ、混んでんだから」
「いや、違うだろ。陽が近すぎんだろ」
駅近の焼き鳥屋のカウンターの隅で男2人、肩を寄せ合って座っている。
店内は手狭で広くはナイけれど、今のこの近い距離は、明らかに陽の圧のせいだ。
おまけに、前回とは逆に、やたらと陽のピッチが速い。
生ビールを立て続けに2杯飲んだかと思うと、次はハイボールを飲みだした。
「だから、木村さんから相談を受けてただけで、何もないよ」
「そういう雰囲気じゃなかった」
「どういう雰囲気だよ」
「だから、いい感じっていうか、笑ってただろ2人で」
「可笑しけりゃ笑うだろ、普通。友達でも、笑い合ったりするだろ」
「それ、やめてくれ」
「ナニが」
「笑い合ったりって表現が、ダメだ」
「はぁ? 脳ミソに栄養足りてねーんじゃね。柚子胡椒、頼もう。ハツもキモもズリもいこう」
すみませーん、と手を上げて焼き鳥を注文した。
ここへ来てから同じようなやり取りを、かれこれ何度目か。
逆に俺が頭を下げて説明するようなパターンは考えていたが、こんな具合に食い下がられるとは思っていなかった。
「相談ってなんだよ」
「だから、仕事のことだって」
「仕事のことなら社内でいいだろ」
「だから、会社で出来なかったんだって」
「なんで?」
意外のしつこさに、ウンザリしてきた。
『こんなに執着するヤツだったか? あ、酒のせいか』
空きっ腹に立て続けに飲んだせいか、顔がかなり赤い。
「最近、俺に言い寄る子がいて、その子が木村さんと俺との関係を疑ってきたんだよ。なんだよ、その顔。陽も疑ってんなよ。全くのガセだから」
俺を一瞥すると、グイグイとハイボールを流し込んだ。
『おい、おい、大丈夫かよ』
お待ち~、と焼き鳥がやってきた。
「陽、食べろよ。飲んでばっかりじゃ酔うだろ」
「オレは、酔ってナイ」
そう言うと、ドンッとグラスを置いた。
「だから、それを酔ってるっていうんだよ」
ボソッと言いながら、柚子胡椒を頬張った。
俺が食べているのを見て、陽も食べ始めた。
さっき若鶏の唐揚げを食べたけど、当然味も違うが、揚げと焼きでは脂の旨味がぜんぜん違う。
うまい具合に余分な脂が落ちて、スッキリと食べられる。
そこに柚子胡椒のピリッとした辛さがきて、後引く美味しさだ。
「柚子胡椒、美味いな」
「この辛さがクセになるな。クッ」
陽に答えると、前の情景が頭に浮かんできて、笑えた。
「なんだよ」
「いや、前に来た時、同じことを言ったな、と思ってさ」
「そうだったか?」
「あぁ」
ハツを串から引っこ抜いた。
弾力のある身を噛むとコリコリとした食感の中に旨味が広がり、少し甘めのタレと相まって、たまらん美味さだ。
「ハツもイケる」
「大智、お前・・・食べたんじゃなかったのか?」
モグモグと食べていると、陽が少し言いにくそうに聞いてきた。
きっと、木村さんと一緒に、と付け加えようとしてやめたんだろうな、と思うと、あえて言ってやった。
「食べたけど、木村さんの仕事の話が長くて、あんまり食べてないんだ」
「そう、か」
「酒もあんまり飲んでなかったし。俺も、ビールはやめてハイボール頼もっかな。お、ジャガバタ、美味そうじゃん」
隣の男性が、とろりと溶けたバターがのったアツアツのジャガイモを、美味そうに食べているのが目に入った。
フッと、さっき食べた出し巻きを思い出し、美味そうに頬張って食べる木村さんの顔が頭に浮かんだ。
『木村さん、ニコニコして、スッゲー美味そうに食べてたな』
「1つ頼んで、シェアしよう。他にも頼みたいし」
「あっ、あぁ」
陽の声に、ドキッとした。
「どうした?」
「いや・・・やっぱり、ビールにしようぜ。ジャガバタには、ビールだろ」
「了解」
他にも追加注文した後、ズリを頭から勢いよくカブリついた。
ハツとは違う歯切れのいいコリコリ感に、塩味があっさりとした鶏の旨味を引き立てる。
「やっぱ、ズリは塩が一番うまい」
「だな」
他愛ない感想を言い合いながら思う。
『なんで、俺が動揺してんだ。木村さんじゃないけど、陽に対して気にかけすぎてるのか? て、木村さんは今、関係ないだろ』
「なぁ、大智。まさかとは思うけど」
「なっ、んだよ」
陽の言葉に、ドキッとした。
「桜子。その、言い寄る子にイジメられてるとかは、ないのか」
「・・・・・・・・ナイ」
「本当か?」
「間違いなく、それはナイ」
ガクーッときた。
肘がカウンターから落ちるかと思った。
後ろ暗いところはナイけれど、木村さんのことを思い浮かべていただけに、バツが悪かった。
『やっぱ、アレだな。陽に対して神経質になり過ぎなのかもしれないな』
「で、その仕事の相談って、何?」
「だーかーらー、接触注意事項だよ」
木村さんの言っていたそのままに、口から出てしまった。
『覚えてんなよ、俺!』
「接触注意事項?」
「・・・俺と接触する時の注意事項だってさ」
「大智と? なんで?」
「・・・だから、俺は・・・会社で結構、モテるから」
「イケメンだもんな、大智は」
流石に、自分でイケメンなどと恥ずかしすぎて言えないから、バラすつもりはなかったのに。
少し不貞腐れ気味に生ビールを飲んだ。
「桜子の発案?」
「そう」
「アハハ、彼女らしいなぁ」
「自分の安全安心な会社ライフの為、らしいぜ」
「そっか」
追加注文した、ジャガバタ、キュウリのたたき、ナスチーズに、生ビールが届いた。
狭いカウンターがいっぱいになり、急いで残りのズリを口に入れた。
「俺はさ、ずっと梅野で彼女のことを見ていて、彼女が周りと距離をとってたのを知ってる。
他人と混ざらず1人で、1人の時間を楽しみに店に来ている感じだった。
そんな彼女のスタイルと穏やかな雰囲気に惹かれて、俺もそこに加わりたいって思ったんだ」
「つき合えて、結果オーライじゃないか」
陽が、真剣な淡々とした口調で話し出した。
何気に雲行きが怪しく感じられ、ワザと陽気に答えた。
「まぁ、そうなんだけど」
「どうしたんだよ」
「さっき、2人でいるのを見た時、少し驚いた。あんまりにも・・・自然だったから」
「俺とは会社の同僚で顔見知りなんだし、1人飲みと違ってて当然じゃないのか?」
「・・・そうだな」
俺の返しに、愛想笑いで陽は答えた。
「急に、どうしたんだ」
「うん。大智、ハッキリ聞くわ。桜子のこと、どう思ってる?」
陽は体をこちらに向けて、意を決したように真っ直ぐ俺を見て聞いてきた。
「何を言い出すかと思えば。何度も言うように、会社の同僚、同じ部署、アシスタント、それ以外に何もない」
俺も、陽の目を真っ直ぐに見返して答えた。
「そうか・・・、わかった。悪かったな、疑って」
「陽、俺を・・・疑ってたのか?」
「本気で疑ってたわけじゃないよ。その、ちょっと気になって・・・・・・、それに、悔しかったんだよ。桜子は俺の彼女なのに、俺より長い時間大智と一緒にいるんだと思ったらさ」
「うわー、男同士で恋バナするとは思わなかった」
「ハハ、結構、恥ずいな」
「あぁ、マジ、恥ずいわ」
紛らわすように2人で生ビールをグイグイッと飲んだ。
真剣な話も笑いに変わり、気分を変えるように、
「ナスチーズ、イケるな。うまい」
「焼き鳥屋なのに、焼き鳥もっと頼もうぜ」
互いに、他愛ない話を口にした。
メニューを取って、陽に次に頼む串の話をしながら、何故か晴れない胸の内を思った。
『陽からの疑いも晴れて、もっと気分よくなっていいはずなのに。なんで、気分が晴れないんだろう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます