第10話 友達 -大智-
「で、今日はなんで俺だけ呼ばれたわけ?」
『相変わらず、カンが鋭いな』
そう思って諒を見た。
言葉の内容のわりに深刻めいたものはなく、楽しそう笑みを浮かべている。
「陽が女と会うらしいから、」
「エッ、もしかして見に行くの?」
最後まで言い終えないうちに、聞いてきた。
そう、今日は陽がスエット女と会う日だ。
俺は、かねてより考えていた計画を実行しようと思って、諒を誘った。
「どんな女か確かめておこうと思ってさ」
「マジで? めんどくさっ。俺、お前のそういうとこ、かなり引くわ」
「うっさいな。早く行こうぜ」
「うわっ、強制参加かよ」
そう言いながらも、諒は店に向かう為に歩き出した俺の隣を連れ立って歩いてきた。
遠野 諒。大学からの友達だ。
専攻が違ったが、陽も同じ大学だったから、よく3人でつるんでいた。
見た目、ニコニコしていて可愛い系などと呼ばれているが、中身は結構冷めていて、辛辣な言動が多い。
でも、取り繕ったりしないからウソがない分、ある意味信頼できる奴でもある。
「大智~、もういい加減、陽のケツばっか追っかけるのやめろよなぁー」
「なんだそれ。追っかけてねーし」
「いやいや、大学内じゃ、結構有名だったんだぜ。イケメン大智に硬派な陽とのツーショット。仲良しの2人に癒される~、とか見てるだけで幸せになる~、なーんて言う女子が大勢いて、実は2人つき合ってるんじゃないかって噂になってたんだぜー」
「知ってるよ」
女子の口調をマネながら迫ってくるから、スパッと切ってやった。
「なんだ、知ってたの」
「くだらないから、ムシしてた」
「あっそ」
つまらなそうに諒は、口を尖らせた。
「仲がイイのは、オヤジ同士が友達で、家族で会うのがしょっちゅうだったからさ」
「あー、そうみたいだね」
どうでもいい、といった感じで返されたけど、気にせず続けた。
諒にも、理解してもらって、これから協力してもらわなければならない。
「ちっさい頃から一緒にいたし、陽とは兄弟みたいな感じなんだ。きっと、これからもそれは変わらない。だから、女のことで陽とギクシャクしたくないんだ」
「あー、それ、前に陽の彼女が、お前のこと好きになっちゃって、お互いしばらく音信不通になったってヤツだ」
「同じ目にあうのはイヤなんだ」
「イヤって、それ中学ん時の話だろ」
「今回、そうならないとは限らない」
「マジかよ。・・・お前、重症だなぁ」
「今回は、陽の方がマジっぽいから、余計に移り気な女じゃ、困るんだよ」
「そんな女だったら、どーすんの?」
「消えてもらうさ」
「ハハッ、過保護だなぁー」
諒は少し馬鹿にしたように笑ったけど、俺は本気だ。
『ま、大智の方がイケメンだし、仕方ないよな』
あの時、陽は寂しそうに笑いながら、そう言った。
俺は、あんな顔をさせてしまった自分が許せなくて、自分の顔が嫌いになった。
俺と陽の父親は親友同士で、俺が幼い頃から家同士でしょっちゅう出かけたり、旅行に行ったりしていた。
だから、陽とも自然に仲良くなり、学区は違っていたけど、お互いよく家を行き来していた。
あの日俺は、中間テストが終わった開放感と、親から聞いた両家合同の夏の旅行を思って、欣然として陽の家へ向かっていた。
電車を降りたそのホームで偶然、陽と彼女がベンチに座って話をしているのを見つけた。
思えば、あの時、声をかけずに通り過ぎれば良かったのかもしれない。
それとも、陽の彼女だと、すぐに気が付いていれば違ったのかもしれない。
でも、俺は声をかけてしまった。
その時、顔を上げて俺を見る彼女の表情から気づくべきだったのに、俺は陽と話がしたくて全く気にしていなかった。
それから暫くして、彼女が駅で俺を待ち伏せするようになった。
初めは偶然かと思ったし、すでに陽の彼女だと聞いていたから、柔和な態度で対応していた。
でも、これも失敗だったのかもしれない。
そのうち陽から彼女とは別れたと聞かされた。
好きな相手が出来たと言われたと。
俺はその相手が誰か、すぐに気が付いた。
きっと、陽も気が付いていたと思う。
それから俺は、陽の家に行けなくなってしまった。
彼女に待ち伏せされるのも、言い寄られるのも嫌だったけど、一番は陽の顔を見るのが怖かったからだ。
夏の旅行で久しぶりに会った陽は、いつものように接してくれたけど、あの言葉が胸に突き刺さった。
「陽も陽で、課長に抜擢されて、仕事に没頭するとか言ってなかったっけ?」
諒が歩きながら、思い出したように言った。
「確か、女の食べる姿が気に入ったって、言ってたな」
「食べる姿? 顔が美人とか可愛いってこと?」
「顔・・・いや、普通?かな」
「大智は見たことあんの?」
聞かれたので、先日の小料理屋『梅野』での些末を話した。
「それじゃ分かんないじゃん。だいたい、1人で飲みにきてる女性なんて、今時、普通だし、恰好だって、きっと家が近いからだろ」
「あぁ、そうかも」
「はぁ、こんなこと、やめときゃいいのに」
「別に、横やりを入れたいんじゃないさ。ただ、どんな奴か、確かめたいだけだ」
「ふーん。まぁ、ぶっちゃけ、俺的に、どーでもいいけどさ」
本当に興味なさそうに、諒は言った。
「いい加減、陽離れして、その顔を活かして彼女作れよ」
「もう、女はいーわ」
「うわっ、腹立つ。俺もそんな言葉、言ってみたい」
角を曲がると、店が見えてきた。
「あの店、雰囲気いいからなぁ。女の子、連れてくと喜ぶよねー」
「彼女?」
「いや、友達」
「お前こそ、ふらふらしてないで彼女作れよ」
「いやー、まだまだ吟味時間はあったほうがいいでしょ」
「そんなこと言ってると、足元すくわれるんじゃないのか?」
「大智だって、女の子と食事くらい行くだろ」
「俺は、友達でも女と2人ではいかない」
「ヘンなとこで真面目だなぁ」
「俺、お前のそういうとこ、尊敬するわ」
「え、マジ、褒められた!」
「呆れてんだよ」
悪びれる様子もなく、諒がケラケラと笑った。
「んで、ナニすんの?」
「・・・・」
「ボケッと見てるだけ、なわけないよねー」
ニコニコを楽しそうに笑いながら、俺の顔を覗き込んできた。
「女に少しカマをかけてみる。今日はテーブル席を予約したって陽は言ってたから。あそこのテーブルは、みんな4人掛けだから、急に行って席が空いてないようなら、同席して女の隣に座る」
「わぁ、残酷~。初デートを邪魔されるって。今日、席なんて、絶対空いてねーし、確信犯だ」
「女が動じないならそれでいい。少し様子を見るだけだ」
「でもさ。それやっちゃったら、陽に恨まれて、余計ギクシャクするんじゃねーの」
「・・・大丈夫だよ。逆にそんなんでグラつくようなら、最初から脈ナシってことだろ」
「うーわ。だといいけど」
「なんだよ」
「いや、無駄に顔がイイと苦労するねぇ」
諒が、ニヤニヤと嫌みな笑いを浮かべた。
「ナニ言ってんだ。とにかく、今日は全部俺モチだから、好きに飲んでくれて構わない。でも、上手く協力してくれよな」
「うぉ、マジで、ラッキー。じゃ、遠慮なく。って、アレ、陽じゃね」
店の前まで来た。
ガラス越しに店内が見え、奥の席に陽が座っているのが見えた。
その前にセミロングの女性。
ここからでは相手の後ろ姿しか見えない。
「なーんか、面白そっ」
「諒」
諒が、楽しそうに笑みを浮かべながら店内に入ったのを、追いかけるように俺も続いた。
2枚扉になっている店内に入ると冷たい外気から一転、暖かい空気に包まれた。
ほっと一息ついて、店内に目を向けると、奥の席に満面の笑顔の陽が見えた。
「うわー、めっちゃ笑ってんじゃん、陽。あの中に入んの? 怖ーい」
諒が小声で言った。
「ご予約様ですか?」
「予約はしてないんですが、空いてますか?」
「申し訳ございません。本日は、ご予約様で満席になっております」
店員が申し訳なさそうに言ったが、そんなのは想定内だ。
クリスマス前のこの時期に、空席なんかあるはずがない。
バレバレだとしても、とりあえず偶然を装って、そう思って奥の席を見た。
楽しそうに笑う陽に視線を送る。
落ち着いたジャズが流れる店内は、流石にカップルが多く、その中でも男や女だけのグループもいくつかあった。
そんな喧騒の中に立っていると、やはり目立つのか、何気にこっちをチラチラと見てくるヤツが出てきた。
「あの、お客様?」
「あ、えーっと」
「先にツレが来てるんで、あそこ、座ります」
どうしようかと考えていたら、諒が奥の席を指差して言った。
店員と3人で奥の席を見ると、一瞬、陽と目があった。
「陽」
すかさず声をあげると
「大智」
陽が驚いた様子で、俺の名前を呼んだ。
「ヨッ、陽、天の助けだ〜。どこもいっぱいでさー、悪いけど同席さしてくれよ。あ、彼女さん?
オレ、陽の友達のリョウっていいます」
先に諒が席に行き、2人に話しかけ始めた。
『さぁ、その顔、拝んでやろうじゃないか』
とばかりに、俺はゆっくりと女に近づいた。
「おつかれさまです、風くん」
そう言って女が顔を上げた。
「・・・木村、さん?」
「えっ、大智。サクラコさんと、知り合いなのか?」
陽の声が、いやに遠くに聞こえた。
思いもしない人が目の前に現れ、ついさっきまでの意気込みはキレイサッパリ霧散してしまった。
『てことは、スエット女が木村さんだったってこと、なのか?』
ぜんぜん思考が追いつけない。
「んじゃ、とりあえず、乾杯ってことで。カンパ〜イ」
いつの間に頼んだのか、生ビールが目の前に置かれ、動揺と困惑で頭がぐるぐるになっている中、諒の音頭がこだました。
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