第11話 乱入2人組と君の笑顔 -陽-

「あー、うっまー。やっぱ、生ビール、最高! おねーさーん、注文、よろしくっ」

「おい、諒」

「ん?」

「ナニしに来たんだ」

「ナニって、飲みに来たんだけど」

「知って、来たんだろ。俺がここにいるって」

「アハハ! 陽、今日、デートでしょ」


 突然やってきて、同席し出した大智と諒。

 諒は隣で明らかに面白がっているし、大智はだんまりでサクラコさんの隣に、勝手に座りやがった。

文句が出そうだったが、こんな事で声を荒立てるのもカッコ悪いからヤメた。

でも、すこぶる面白くない。

 それに、大智はサクラコさんとは顔見知りのようだ。

いったいどういう知り合いなんだ。


「彼女さん、名前、なんていうんですか?」

「木村・・・、桜子です」


 釈然としない気持ちでいると、諒がいきなりサクラコさんに声をかけた。


「陽、イイ奴でしょー。真面目だし、そうそう、今度、課長になるらしいし、ね。俺らの中じゃ、出世一番のり。ちょっと堅いとこがたまにキズだけど、彼氏には持ってこいの、」

「・・・諒、ヤメろ」

「なんで? せっかくだし、アピールしとかないと。友達として協力を、」

「いいから」

「えーっ。彼女さんも聞きたいよねぇ」


 昇進の話は、来期に今の課長が部長に昇進する際、俺を次の課長に抜擢するとの内示があった。

 ついさっき、サクラコさんにいいところを見せようと見栄を張って言ってしまった手前、かなり恥ずかしい。


「あのー、私、彼女じゃないです」

「えっ、そうなんだ」


 2人が来て折角の雰囲気がダメになって、見栄を張ったのがバレて情けないところに、サクラコさんの一言で、一気に崖から突き落とされた気分になった。

 流石の諒も、半笑いだ。

『くそぅー、2人して何しに来たんだ?』

 やたらテンション高めで絡んでくる諒と、こっちに加わるでもなく黙ってビールを飲む大智。

 2人が何かを企んでいるのは、明白だ。

サクラコさんの手前、キツく咎めるのもどうかと思えて出来ない。

『大地とサクラコさん、知り合いなのを、なんで黙ってたんだ? 実は、2人は・・・っていうオチか?まさかな。でも、サクラコさん、大智が来た時、驚かなかった。来るのを知っていたから?』


「大智とサクラコさんって、どういう知り合い?」


 女々しい奴のようで、カッコ悪いが我慢できずに、聞いてしまった。


「風くんとは、同じ会社なの」


 必死の顔で、俺を真っ直ぐに見て、サクラコさんが答えた。

その瞬間、

『やっぱり、そうか』

自分の考えが的中したと思った。

 同じ会社なら、示し合わすなんて簡単だし、お互い好きになるキッカケなんていくらでもある。

『それならそうと、大智も言ってくれればいいのに』


「う、梅野でも、私は気づいてたっていうか、知ってたの。ごめんなさい。でも、流石にキャップ帽にスエット姿で会社の人に会うのは、って思っちゃって、それで知らん顔してたの」

「会社の外で会うって、スッゲー、偶然じゃん」

「はい、私もびっくりして。風くんとは、同期で同じ部署だから、余計に知られたくなかったっていうか」

「同期? じゃ、同じ歳?」

「いえ、私は短大卒なので」

「んじゃ、2つ下かぁ」

「リョウさんは、すごく若く見えますね。私と変わらない感じ、ってハルちゃんが、その、」

「アハハ!陽は、30後半? いや、ヘタすりゃ、40くらいに見えるよねぇ」

「あぁー、ごめんなさい。悪い意味じゃなくてー」


 サクラコさんが俺に気を使って言葉を濁しているのに、諒がハッキリと痛いところを突いてきた。

 面白くない話の内容もあるが、それよりも砕けた2人の雰囲気にイラっときた。

『俺の名前は、すぐに呼んでくれなかったのに。なんで、諒の名前は呼ぶんだ』

 ケラケラと笑う諒を横目に、ビールをグイッと飲んだ。


「風くんのこと、先に言っとくべきだったよね。ごめんなさい」


 ペコッとサクラコさんが頭を下げた。


「いや・・・、うん、そうだな。2人が付き合ってるのかと、疑ってしまったよ」

「えーっ、それは、ナイッナイッ」


 全面的な否定に内心ホッとするも、ナンなんだろう、この感覚は。

何気に、イジメたいような、そうじゃないような、もどかしい感情が込み上がる。

『ずっと、俺だけ見てればいいのに』

そんな、自分勝手な思いも沸き上がってきた。

 本当なら、今ここで2人だけの時間を過ごせているはずが、この状況に溜息が出た。

とはいえ、いますぐどうこうする事も出来ない。

と、サクラコさんから小さく溜息が零れた。

『俺だけじゃない。サクラコさんもそう思っている、かは分からないけど、この状況に引いているのは確かだ。サッサと2人には退場してもらおう』


「サクラコさん、ビール、頼もうか。それか、別のがいい?」

「ううん、大丈夫」

「サクラコって変わった名前だね」

「おい、リョウ。木村さんだ」


 横から、諒が加わってきて、サクラコさんの名前を口にした瞬間、ムカッとして声を荒げてしまった。


「え、ナニ、陽だけ、特別ってコト? でも、2人付き合ってないんだよね。ねぇ、サクラコさん」

「そう、ですね」

「だったら、俺が呼んでも問題ないじゃん。ねー」


 俺のイラつきを知ってか、面白がるように諒が油を注いできた。

『付き合ってないって、わざわざ確認すんなっ。これから、付き合うんだよっ』


「同席してごめんねー。でも、陽達がいてくれて助かったよ。危うく、あぶれるとこだった」


 俺の不満な目線を受けて、シレッと話題を変えてきやがった。


「噓つけ、知って来ただろ?」

「いやぁ、まぁ、ハハハ。でもさ、この時期、どこもいっぱいじゃん」

「なら、予約しろよ」

「急に決まったからさー。今日は金曜だし、こんな時間にほか行ったって、空いてないよ」

「だからって、急に来ることないだろ」

「そう言うなよ、陽。冷たいなぁ」


 俺を宥めるような諒の態度に、舌打ちしそうになるのを堪えた。

 不満顔1つ見せずに、この状況を受け入れてくれているサクラコさんを思うと、狭量な自分がカッコ悪過ぎる。


「木村さん。こないだは、ごめん、言い過ぎた」

「ぅあっ。うん、もういいよ」


 これまで全く話に加わらずに、ビールを飲んでいた大智が、急にサクラコさんに向き直って謝罪の言葉を口にした。

『なんだ。その近さは。サクラコさんも、驚いてるじゃないかっ』

 払い除けたくなる衝動を抑え、グッと手を握りしめた。

 向かいの席で隣同士、大智とサクラコさんが話す姿は、とても親密そうに見える。

話に加わりたいが、2人の声はそれほど大きくなく、満席の店内の喧騒にかき消されて、こちらまで聞こえてこない。


「大智があんなふうに女と話すなんて珍しいね。やっぱ、同じ会社で同僚ってのは、他とは違うのかな」

「さぁ、どうだろうな」

「気になる?」

「・・・当たり前だろ」

「また、取られる、とかって?」


 不貞腐れ気味にガッチョの唐揚げをつつきながら答えると、諒が嫌な事を言った。


「はぁ? 取られるって。そういう魂胆で来たのかよ」

「なワケないよー。大智は、陽が大好きだからねー」


 こっちの気を逸らすように、ニコニコと楽しそうに諒は笑った。


「ナニ、言ってんだ。大智とは腐れ縁みたいなもんだ。本当の理由はなんだよ」

「別に。ただの、冷やかしさ」

「な、んだそりゃ。邪魔しにきた、の間違いだろ」


 少し構えていただけに、諒のその言葉に気が抜けた。


「彼女、可愛いじゃん」

「うん。自然体で、落ち着いた雰囲気が好きなんだ。一緒に飲めるのもいいし。あと、すごく美味しそうに食べるのも、いいな」

「いきなり、惚気かよ」


 諒の言葉に答えながら、サクラコさんを見た。

 今日の彼女は、本当に、いつもより何倍も可愛い。

俺とのデートにお洒落をしてきてくれたのかと思うと、嬉しくてたまらない。

『あの、ふっくらした柔らかそうな頬に触れて、その目に俺だけを映して欲しい』

そんな邪な思いが脳裏をよぎる。


「3人、仲いいですね」


 サクラコさんが、パッとこっちを見て言った。

一瞬、邪な思いがバレたのかと、焦ってワンテンポずれた。


「大学からの友達だから」

「それは俺だけ。陽と大智は子供の頃からだよ」


 大智が答えると、付け加えるように諒が言った。


「俺の親父と大智の親父さんが仲良くて、小さい頃からお互いの家を行き来してたんだ。俺も大智も一人っ子だし、それもあって小さい頃から、よく遊んでたんだ」

「なるほど、兄弟みたいな感じなんですねー」


 補足するように俺が話すと、サクラコさんは少しホッとした表情になった。

『大地と何を、話してたんだろう』

こないだの『梅野』でのこと、仕事のこと、それとも・・・

 サクラコさんは否定したけど、湧いてくるのは、疑問、不審、不安、そんな思いばかりだ。


「そっ! 大智は、陽に過保護だから」

「そんなことない、普通だ」


 諒が訳知った感じで言った言葉に、大智がかぶせるように声をあげた。

その言葉とさっきの諒の話で、2人がここへ来た目的に、思い当たった。

『いったい、いつの話を気にしてんだか』

 気にしいの大智と、そんな大智と俺を気にする諒の、どうしようもない友達2人に苦笑してしまった。


「うまーっ、これ、なんて魚? スズキっぽい」

「ホウボウ、だって」


 サクラコさんご所望の日本酒と一緒に食べようと思っていた刺身も、サクラコさんが気に入ってくれるかと思って注文した料理も2人に手を付けられ、テーブルはすっかり占領されてしまった。

 上手そうに諒は食べているが、俺的には、

『上手いものは、やっぱりサクラコさんと2人で食べたいなぁ』

だった。


「あのー、少しいいです?」


 唐突に、知らない女が2人、声をかけてきた。

3人でいると、特に大智がいると、こういうことがよくある。

サクラコさんは席を立っていないから、男だけだと思われたのかもしれない。

 俺は、こういう時、大抵がムシだ。

話をして、ヘンに馴れ馴れしくされるのが好きじゃない。

でも、こうゆうのにうってつけなのが諒だ。

 上手く話しを合わして、談笑し始めた。

 俺の邪魔をした代償含めて、支払とこの場を2人に押し付けてサクラコさんと店を出ようかと思案していると、サクラコさんが戻って来た。

 すぐにでも話を持ち掛けて、出ようと思っていたら、


「この後、一緒に飲み直しません?」


 女の1人が、馬鹿なことを言いだした。

こうゆう時の女に関しては、大智の言うところの、自分勝手で、打算的で、自分のことしか考えてない女、というのに激しく同意だ。

『サクラコさんを前に、何を言ってるんだ!』

 だんだん、腹が立ってきた。

 ただでさえ、初デートを邪魔されてイラついているというのに、サクラコさんに嫌な気分にさせるとは。


「いや、いいよ。うちには彼女がいるから」


 すぐにでも出て行くつもりで口を開きかけたら、大智がサクラコさんの腕を掴んで、そう言った。

女2人は、ムッとした表情を見せた。

多分、俺も同じような顔をしていたと思う。

大智が、俺を見て、驚いた顔をしていたから。

 俺は、腹が立ってムッとしてたんじゃなくて、大智がサクラコさんの腕を掴んでいるのを見たから、思ってしまったんだ。

触るな、と。


 女達が消えた後、新たに料理や飲み物を注文して、何事もなく時間が流れ、お開きとなった。

ただ、俺の心中は微妙だったけれど。


 店を出て駅に向かう道中、冷たい風に煽られ、誰もが無口だった。

当然、サクラコさんも同じで、俺の隣を歩いていたが、そこには、今日会った時に見せてくれた嬉しそうに微笑む顔も、少し顔を赤らめて俯く顔などの片鱗はなく、硬い表情のまま黙って歩いていた。

 駅に着いてからは、距離をとって立ち、明らかな拒否が感じられた。


「サクラコさん、寒いから、こっちにおいでよ」


 はぐれてしまわないように、声をかけた。

でも、困ったように愛想笑いされ、ズキリ、と胸が痛んだ。


「ほら、ほら、大智もリョウも、ちゃんと立って。こうすれば風除けになる」


 笑いかけても、嬉しそうに笑い返してくれることはなく、電車の中でも、俺達とは離れて立った。

 俯いて立つ後ろ姿に、胸が重苦しくなった。

『俺は、ナニやってんだ。一番、大切にしないといけないのは、サクラコさんなのに。

 こいつ等が来た時も、カッコ悪いと思わないで、追い返せば良かったんだ。

 サクラコさんの気持ちを最初に考えないといけなかったのに、自分のことばっかりだった。

 俺を見て笑ってくれたのに、笑い返してくれたのに、あんなに、気持ちを寄せてくれてたのに、俺は、勝手に嫉妬して、疑って、ホントに、馬鹿だっ』

 発車のベルが鳴りだした。

突き動かされるように、サクラコさんの傍に行き、声をかけた。


「サクラコさん」


 俺を見上げる、潤んだ瞳。

それを見た瞬間、サクラコさんの手をギュッと握って引っ張り、ホームに降りた。

 すぐに、ドアが後ろで閉まった。


「エッ、エーーッ、ハルちゃん、電車。電車、出ちゃったよ。なんでー」


 振り向くと、電車の中で大智と諒が驚いた顔をしていたけど、すぐに大智は呆れた顔に、諒は笑って、手を上げてくれた。

 こっちも答えるように手を振り、隣で驚きの声を上げるサクラコさんを見て、心から思った。

君には、俺の隣でいつも笑顔でいて欲しい、と。

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