第12話 恋愛の定義
「今日のデート、台無しにして、ごめん。嫌な思いさせて、ごめん」
ずっと頭を下げてくれる、ハルちゃん。
男の人がこんなに頭を下げるなんて、しかも、ストレートに謝ってくるから、こっちも恐縮な気持ちになる。
でも、そんな思いとは別に、デート、という言葉に、どうしても顔がニヤけてしまう。
『今日は、デートだったんだ。すっごい、嬉しい』
一生懸命、勘違いしないようにって思い続けてたけど、本当はそうじゃなかった。
「もう、いいから、ハルちゃん。顔、上げてよ」
「でも、サクラコさん・・・、また俺と、会ってくれる?」
うっ、ナニ、その上目遣いは。
ワザと?ワザとでしょー。
「・・・う、うん。もちろんっ」
「よかった」
あぁー、その笑顔、反則だぁー。
さっき握られた、ずっと繋いだままの手にギュッと力が込められた。
『どーしたの、ハルちゃん!』
と、2人の前を人が通り過ぎた。
通過待ちの普通電車に乗り込み、座席に座りながら見つめ合う2人をジロジロと見てくる。
ドキドキがヤバすぎる上に、恥ずかしくて、今、絶対に顔、赤い。
「サクラコさん。このまま乗って、梅野に行かない? 今日は、散々だったし、それにその、もう少し、一緒にいたいんだ」
な、なななっ、なんて、すっごいこと、言われたっ。
『一緒にいたい』
ですってー。
さっきまでの暗い気持ちが一気に吹っ飛んで、寒さも何も、全部吹っ飛んだ。
「うん」
大きくコクンと頷くと、少し照れ気味だったハルちゃんが、少し驚いたような顔をした後、フッと優しく笑ったので、私もつられて笑顔になった。
快速だと1駅だけど、普通だと5駅ある。
ゆっくりと走る電車の中で、ハルちゃんは、風くんのこと、諒さんのことを、色々と話してくれた。
「今日は、大智の誘いに諒が乗っかって、来たんだと思う。きっと、面白がって来たんだろうな、諒のヤツ」
「リョウさんって、明るくて、ニコニコの笑顔がいいよね」
「あぁ、諒はいっつもあんな感じ。けど、結構周りをよく見てて、人との距離感、関わり方がすごく上手いんだ」
「ですよねぇ」
さっきの逆ナンが頭に浮かんだ。
『めちゃくちゃ普通に喋ってたもんなぁ』
「だからって、見た目に騙されたらダメだ。アイツはいいタイミングで確信をついてくるイヤなとこがあって、こっちが動揺するのを楽しんでるところがある」
「でも、風くんのこと、心配で一緒にきたんでしょう」
「うん、それはそう。そういう面倒見のいいところもあるな」
「今日の風くんは、会社で見る風くんとは、ずいぶん違っててビックリした。きっと、今日のが素なんだろうね。イケメンって、それだけでいい思いしてるって思ってたけど、意外に苦労も多いんだね」
「大智は、あの顔だから、学生の頃なんか、やたらとモテてたよ。本人曰く、顔だけで勝手に好意を寄せられたり、期待されたりして、思っていたのと違ってると、今度はまた勝手に幻滅されたり、嫌われたりするから、すんごくめんどくせー。そういう自分の感情と別のとこでの話に文句を言われるって、どうなんだ、俺にはカンケーねーって、文句ばっか言って、よく怒ってた。まぁ、唯一良かったのは、今の仕事で顔をすぐ覚えて貰えるし、他より先に仕事の情報を貰えてたり、いいとこもあるから、その点では上手く有効活用してるって、言ってたよ」
「あー、確かに、そうかも。ウチの課で風くん、営業成績、ダントツだもん」
私が少し茶化して言うと、ハルちゃんはクスッと笑った。
「今は上手くいってるみたいで、良かったけど、学生の頃は、周りと距離を置いてたみたいだったな。俺は、学校が違ったから詳しくは知らないけど、しょっちゅうウチに来てたし、友達いないのかと心配してた。中学の時のことも、あの時は俺も子供だったし、でも今は、そんなことあったなぁ、ぐらいにしか思ってないんだけど」
「きっと、家族ぐるみの付き合いが長いから、普通の友達より距離が近くて、その分思い入れが強かったんじゃない?」
「サクラコさんの方が、大智をよく理解してるみたいだ」
「そんなんじゃないよ。私のは客観的な一般論。でも、気になってることって、いくつになっても気になるんじゃない?」
「そういうもん?」
「ハルちゃんは、気になることとかナイの?」
「どうだろ。基本、後悔したくないって思って、生きてるから」
「わっ、スゴッ。私なんて、後悔しまくり」
「アハハ、俺だって、そう思っていても後悔はいろいろあるよ。今日なんて、そうだ。初めから、アイツらを追い出せばよかった」
「それは、もういいよ。私だって、自分の友達と突然会ったら、あーなっちゃうと思うもん」
「あいつ等は、多分・・・、あ、そうだ、サクラコさん。諒の苗字は、遠野だから。これからは、遠野って呼んで」
「えっ? うん、わかった・・・」
急に話が変わって、なんで?という疑問しか浮かばない。
『名前で自己紹介されたから、名前で呼んでただけなんだけどな』
「後で後悔するのは嫌だから言っとく。納得できないんだ。・・・・俺の、名前はなかなか呼んでくれなかったのに、諒の名前はすぐに呼んでたからさ」
だんだんと顔がそっぽを向いて、声も小さくなった。
『ハルちゃん、テレてる!』
と、停車駅に着き、2人の前を人が通り過ぎていく。
停車駅に着くたび、乗り降りの人が動き、そのたびに生温かいような視線が注がれている。
きっと今も、はたから見ればバカップルに見えるのかもしれない。
以前の私なら、こんなところで恥っずかしー、って思ってたけど、今なら分かる。
まわりにどう思われようと構わない、って思っちゃうんだ。
今、本当に、私自身がそうだもん。
「これからは、陽って、呼ぼうかな」
「ホントに?」
私の言葉に、パッと顔をこちらに向けて、声を上げた。
本当に嬉しそうな喜色を滲ませた顔。
大型犬が、喜んでブンブン尻尾を振っているような感じがして、クスッと笑えた。
こんなにも自分の一言が、彼に大きく影響することに、心が震える。
「・・・陽・・・」
小さく名前を呼んだ。
「陽」
今度は、普通に呼んでみた。
うん、なんか、しっくりくる感じ。
「桜子」
不意に名前を呼ばれ、ドキッとして彼を見た。
「頬っぺたが桜色だ、かわいい。すごいピッタリだ。桜子。うん、俺もこれからは、そう呼ぶ」
優しい笑みに、胸がギュッとなった。
自分の名前が、特別なように聞こえた。
恥ずかしいような、くすぐったいような気持ち。
でも、すっごい嬉しい!
好きな人に名前を呼ばれるって、こんな気持ちになるんだ、と初めて知った。
握られていた手、膝の上にあった手、両手を持ち上げられ、ギュッと握られた。
私を覗き込むように見つめる彼の瞳を、瞬きすら、もどかしいく、ジッと見つめ返した。
と、ガタンッ、と大きく揺れ電車が止まった。
「いずみのえきー、いすみのえきー。お降りの際はお忘れ物のないよう、」
アナウンスが流れ、泉野駅に到着した。
「降りよう」
陽の声に促され、俯いて電車を降りた。
急に現実に引き戻された感覚。
周りの人の目が、恥ずかしすぎて顔を上げれない。
乗っている人が少ないとはいえ、その分、2人の会話は筒抜けだろうと思うと、顔から火が出そうだ。
「クククッ、すっげー。好きな人と一緒にいると、こんなにも周りが見えなくなるんだ」
陽が可笑しそうに笑った。
彼の言葉と全く同じ気持ちだったけど、好きな人、という言葉のフレーズにまた心臓がドキッと跳ね上がった。
『うわわわわ、好きって、好きな人って、言われたぁ~』
「階段、気をつけて」
「う、うん。ありがと」
何気ない気遣い、ずっと繋いでいる手、私の名前を呼んで、好きな人と言ってくれる。
もうっ、もうもう、これって絶対、間違いないよね。
お互い好き同士だよねっ!
そう思って、ハッとした。
『私の気持ち、ハルちゃんは知ってる?のかな』
気持ちの上では、好きな思いが爆上がりだけど、表立って態度にも言葉にも出していない。
『だって、だって、勘違いしちゃいけないと思ってたから。平静を装って、そんな素振り見せないようにしてた、けど。いやいやいやいや、流石にちょっとは気づくでしょー・・・、多分。えーっ、どーなの?今の状況って、どういうの?分かんない、ハッキリ言うべき?でも、でもでも、まさかの私から??』
頭の中がグルグルで、どーしたらいいのか分からない。
「大丈夫? 疲れた?」
黙り込んでいるのを、疲れたと勘違いされて、優しく声をかけてくれたけど、
『ちっがーう、違うのよー、ハルちゃん。あなたの気持ちは、どー、なん、です、か』
語尾強めに思いながら、陽の顔を見上げた。
でも、ニコッと笑い返され、繋いだ手をギュッと強めに握られただけだった。
『確かに、このシチュエーションも捨てがたい、けどもっ』
気持ちが通じ合って、すごく嬉しいんだけど、今度はそれを確かめなければならない難題がやってきた。
『なんか、恋愛って、タイヘン・・・』
上手い言い回しが思いつかないまま、小料理屋『梅野』に到着した。
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