第32話 好きな気持ち
「もうー、遠野さん。どうして、あんな言い方したんです?」
1杯目の生ビールを飲み干し、2杯目をグイグイと飲む、遠野さんに向かって言った。
「んー、なーんか、腹が立っちゃって。
最近やーっと、大智の女嫌いがマシになってきてたのに、あんな顔だけ好きみたいな子に迫られたら、また昔に逆戻りするんじゃないかと思ってさー」
ジョッキをカウンターに置き、少し屈んで肘をついて不貞腐れてように遠野さんが言った。
前に陽から聞いた風くんの話を思い出して、きっと昔は今以上に周りに壁を張り巡らしてしていたんだろう、と想像できた。
「でも、今日、阿部さんと話した感じでは、そんなんじゃなかったように見えましたよ」
「えー、じゃぁ、アイツのひねくれた性格も理解して、好きなの?」
「ひねくれ・・・、そこまでは、分かりませんけど」
今日、見た阿部さんからは、かなり本気のように感じられた。
「女の子って、二面性あるからなぁ。
あっちとこっちで性格まで使い分けたりするし」
遠野さんは、アツアツの牛すじを頬張りながら、手に持った串を右に左にと、揺らした。
「まぁ、確かに、今日の阿部さんと前に話した阿部さんとでは、違う感じがしたけど。
もっとこう、可愛らしい喋り方をしてたような気がする」
「だろ。そうやって、ぶるんだよ。人によって変えてさ」
私の言葉に同調するように串先をを私に向けた後、遠野さんは残りの牛すじを引っこ抜いて、美味しそうにモグモグと食べた。
自分で言っておきながらだけど、話し方を変えるのは、きっと相手によく思われたいっていう気落ちの表れじゃないのかな、と思った。
だけど、それは私の考えであって、やっぱり遠野さんの言うように、その場その場で使い分けてるのかもしれないし、だとしたら、本気という気持ちも、本当かどうか分からなくなってくる。
「何言ってんだ。女性は、その二面性がいいんだろうが」
豊三おじさんが、美味しそうにハイボールを飲みながら言った。
「そうなの?」
「昼間と夜で、違う顔を見せられたら、ゾクゾクするだろう」
「え?」
ニヤリと笑う豊三おじさんに、首を傾げて答えると、
「俺は、ノーコメント」
と、すかさず遠野さんが言った。
「それよりさぁ、どうして、遠野さんになってんの?陽の、差し金?」
そういいながら、新たに大根と玉子を注文する、遠野さん。
私も、何か頼もうと壁に貼られたメニューを見上げた。
「うん、まぁ」
「リョウ、にしといてよ。遠野さんってダレ?って感じになる」
「でもー、それは、ねー」
唇を尖らせ、不貞腐れたように話す遠野さん。
『ホント、絵になるなぁ。可愛くて』
「お前さん、ヘラヘラしてないで、男なんだから、シャンとしろ、シャンと」
「ハハ、みんながみんな、おじさんみたいとは限らないんで」
「なんだー、最近の若いもんは、口答えばっかり、いっちょ前で」
「おじさんの若い頃って、どんなだったんです?」
「へらへら笑ってる奴など、おらん。そんな奴がいたらそれこそ、シャンとしろって怒鳴られたわ」
「うわー、その時代に生まれなくて良かったぁ、俺」
「何、言うとんじゃ。男はな、女子供、弱いもんを守るもんなんや。どんな理由があっても、あんなふうにイジメたらあかん」
「ハイハイ、分かってますって」
どうなるかと思ったけど、なんだかんだで、遠野さんも豊三おじさんも、仲良く?かは分からないけど、うまくいって良かった。
『陽。阿部さん、送れたかな?』
阿部さんが、店を出た後、陽に話すとすぐに追いかけて出て行った。
暗い道は危ないからって、そういう気配りが出来て、すぐに行動に移せる陽が、素敵すぎて自然と顔がニヤけてくる。
クリスマスからこっち、ずっと会えていなかったから、久しぶりの生陽はヤバいくらいにカッコよかった。
『思わず神々しくて拝んでしまいそうになったわ。いや、抱きつきそうだったかも。
あーん、ヤバーイ、かっこいい!』
最近、ちょっと可笑しいのよね、私。
もっと一緒にいたい、っていうか、もっと近くにいたい、っていうか、なんかこう、そう、陽不足なのよ。
明日で仕事納めだし、お正月は初詣に誘っちゃおうかな。
うーん、それよりも、年末に忘年会にかこつけて、ウチに呼んじゃったりして。
キャー、2人で過ごしちゃう、なーんて。
あ、でも、陽もご両親がいるから、家で年越しかなぁ。
って、私も家に帰らないとダメなんだった。
あぁ、ダメかなぁ、でも初詣くらいは普通よね。
誘っても、大丈夫よね。
「1人で面白い顔して、どーしたの?」
「えっ・・・、なんでも、」
「ナイって顔じゃなかったなー。おじさんに触発されて、ヘンなこと考えてたんじゃないのー」
「ち、違います、違いますよ」
もう、変なところで鋭いな、遠野さん。
恥ずかしいのを紛らわす様に、玉子を追加注文すると、イイ感じにダシの色に染まった玉子が出てきた。
箸を入れると、弾力よく玉子が割れて、ホクホクの黄身が顔を覗かせた。
堪らず、口に放り込んだ。
『んまーっ。玉子、サイコー』
「そういや、お嬢。今日は、ダンナは来ないのか?」
「ダンナ?」
玉子の美味しさを堪能していると、豊三おじさんが聞いてきた。
しかも、その問いに、私よりも早く反応したのは、遠野さんだった。
「すっげーイケメンなんだよ、なぁー」
「えーっと、それは、」
私に同意を求めるように顔を見てくる豊三おじさん。
昨日のことをすっかり失念していた私としては、驚きの爆弾発言に上手く言葉が出て来ない。
「お疲れー」
と、聞きなれた声に顔を向けると、暖簾をくぐるって風くんと陽が店に入ってきた。
『うわっ、面倒なタイミングで面倒な人がキター。しかも、陽も一緒だなんて』
「なんだよ、そのイヤそーな、顔は」
「・・・オツカレサマデス」
私を見つけた風くんが、そう言いながら近づいてきたので、微妙な思いで挨拶を返した。
「おう、ダンナ登場か。仲、イイねー」
私と風くんを見て、豊三おじさんが茶化す様に言ってきた。
一瞬にして、マズイ顔になった風くん。
「ね、ね、ダンナって?」
隣を見ると、楽しそうな笑顔の遠野さんが、油を注ぐように、また私に聞いてきた。
「ダンナ?」
すかさず、風くんの後ろに立つ陽が、訝しそうに同じ言葉を繰り返した。
『ダメだ。ここは、ちゃんと訂正しないとっ』
そう思った瞬間、以前見た陽の恐ろしいほどの真剣な怖い顔を思い出して、ドキリとした。
「嬢ちゃんのダンナだよー、」
「おっ、つかれ様っ!阿部さんには、会えた?わざわざ、ごめんね。ありがとー、陽」
風くんを指さして話し出す豊三おじさんの言葉を、大きな声で遮った。
急に声を上げたので、声がひっくり返ってしまったけど。
「あ、あー、っと、こちら、豊三おじさん。
あ、知ってるか。さっき飲んでたもんね。
で、こっちは、陽。私の、彼氏、なんです、彼氏。で、こっちが、同僚の、風くんです」
それから、訂正含め、陽と豊三おじさんに向かって、交互に自己紹介をして、最後に風くんを紹介した。
彼氏、と、同僚、って言葉は、しっかり分かってもらう為に、語気強めで言ってみた。
「ブッ、ハハハハハハハハ。サイッコー、サクラコちゃん」
と、いきなり遠野さんが笑い出した。
しかも、お腹を抱えての大爆笑だ。
「・・・どうしちゃったの?急に」
「あー、ごめん、ごめん。あんまり面白いから、アハハハハハハ」
だめだ、完全にツボにはまったみたい。
「なんなんだよ、いったい」
風くんは呆れ顔。
陽は・・・、陽の顔は、ちょっと、直視できなかった。
「なんだー、こっちが嬢ちゃんのダンナかぁ。
悪かったなぁ、間違ってしもて。にしても、男前が3人。さっきの姫といい、嬢ちゃんは、スゴイな」
豊三おじさんは感嘆しながら、ケラケラと笑い出した。
いやいや、豊三おじさん、違いますよ。
私は全くスゴくないので。
スゴイのは、こちらの男子3人組なんで。
私は、たまたま陽と付き合って、ここにいるだけで・・・
ふっと、急に沸き上がってきた疎外感。
もし、私が阿部さんのような容姿だったら、こんな気持ちにならないのかもしれない。
きっと、傍から見れば、私1人が、浮いて見えるんだろう。
陽に会えて浮かれていたけど、私も阿部さんと一緒に帰るべきだったんじゃ、ううん、私が帰るべきだったのかも。
「そうですよ、豊三おじさん。俺が、サクラコさんの彼氏なんで、そこんとこ、よーっく覚えといてくださいね」
そういいながら、陽が私の肩をグイッと抱き寄せたので、私はよろめいて陽に寄りかかってしまった。
なんか、陽。
笑ってるのに、顔が怖い。
「お、おう、分かった。なんだー、見せつけてくれるなー」
豊三おじさんは、頭に手をのせて、驚いた顔をみせた。
「陽の奴、ベタ惚れなんですよ」
「そうそう、もうデレッデレ」
笑いながら、風くんと遠野さんが茶化してきた。
「ベタ惚れで、ナニが悪い」
真顔で答える陽に、周りのみんなが一斉にドッと笑い出した。
周りから揶揄られたり、冷やかされたりする中、私は陽の顔を見上げた。
私と目が合うと、陽は少し照れ臭そうに笑った。
『どうして陽は、こんなにも私を好きでいてくれるんだろう』
嬉しい気持ちとは別に、理解しがたい不安が胸に広がった。
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