第31話 しぼんだ気持ち ―詩織―

「ねー、ねー、美人さん。名前、教えてよ。

なんて言うの?」


 見た瞬間、面倒くさそうだと思ったのは当たりだったみたい。

勝手に私の隣に割り込んできて、話しかけてくる。

 こういうグイグイ押してくるタイプの男性って、しつこくて、面倒でイヤなのよね。

 しかも、

『顔が、近いって』

 横に寄ろうにも、反対側には豊三おじさんがいて、こっちもカウンターに肩肘ついて、私の顔を覗き込むように見てくるし。

『どっちも、近すぎて嫌になっちゃう』


「姫は、姫だから、姫でいいんだよ」

「は? おじさんに、聞いてませんけど」


 あー、帰りたーい。

 でも、帰れなーい。

 大智くんが、来るまでは。


「リョウ、来てそうそう、それはないだろ。

お前は、こっち」


 一緒に入って来たもう1人の木村さんの彼氏らしい男性が、隣にいる面倒な男性の背中をポンと叩いた。

 背幅がしっかりしていて、スラリとした知的な印象の男性。


「嫌だ、俺はここがいい。姫の隣がいい。

ここから離れたくない」


 カウンターにしがみついて、馬鹿みたいに駄々をこねる男性だけど、見た目や素振りが可愛らしくて、見ているこっちの笑いを誘ってくる。

『この人、絶対、自分のことカワイイって、知ってやってるな』

 屈託のないニコニコとした笑顔は目を引くけど、行動もろもろが、計算ずくのように感じられる。


「私が、そっちに行きます」

「えっ、ダメでしょ」、「なら、姫はオレの隣にきたらええ」


 すぐ移動しようとしたら、両サイドの男性2人が口々に勝手な事を言った。


「おじさん。勝手に、話に加わってこないでくれる」

「姫をここに誘ったのは、オレだ」

「それは今、関係ナイでしょー」

「いきなり横入りしてきたんは、そっちやないか」


「あのー、2人とも、落ち着いて下さい」


 言い合いに発展しそうな2人に、勇敢にも木村さんが割って入ってきた。


「えー、おかしいと思わない?サクラコちゃん」

「おい、リョウ。木村さんだ」

「ハルは入ってくんな。話がややこしくなる」

「訂正しただけだ」

「いや、だから。今、そこ要らないワケ。分かる?」

「木村さん、だ」

「あぁー。ハイハイ、木村さんね」


「あの、今日、風くんは来ますか?」


 不毛な言い合いに、痺れが切れて、口を挟んでしまった。

 3人とも少し驚いた顔をしていたけど、私にとって一番大事なことだもん、聞いておかなくちゃ。


「あぁ、なるほどね。

姫は、大智狙いの人か・・・」


 隣の面倒な男性が、口角をあげて笑みを浮かべた。

でも、その顔はさっきまで見せていた笑顔とは違う、冷たいシニカルな笑いだった。


「そっかぁー。同じ会社だもんね。

んで、木村さんにくっついてきて、自分だけ出し抜こうってワケだ」

「出し抜く?そんなんじゃ、ありません」

「あれ、違った?じゃ、利用した、かな」

「してないですって」


『いきなり、ナニ?』

 ついさっきまでと、がらりと変わった態度に焦る。


「そういえば、大智が言ってたなぁ。

総務にめちゃくちゃカワイイ子が今年入ったって」


 勿体ぶった嫌な言い方で、私を見た。

次にナニを言われるのか、いい言葉が返ってくるとは思えなくて、黙って見返した。


「でもさ、しつこい子らしくって、断っても断っても言い寄って来るんだって。

姫は、その人知ってる?」

「・・・・・」

「なんかねー、泣き落とし?みたいなこともしてきて、あんまりしつこいから、とりあえず友達からって、言ったらしいけど。

いくら顔が良くてもさ、相手の気持ちを考えないで言い寄るって、どうなんだろうね。

そう思わない?」


 この人、絶対、私が本人だって分かって言ってる。

 私も少し、気持ちを押しつけ過ぎたなって思ってたけど、でも、仕方ないじゃない。

 部署も違うし、仕事の接点もないんだから、自分から行動しないと自分を知ってもらえない。

 あの見た目にルックスで仕事も出来てって、ただでさえ人気が高い大智くんなのに、ジッとしていたら、その他大勢の中の1人で終わってしまう。

 私は、そんなのイヤ。


「どうして、そんなこと、あなたに言われなきゃいけないんですか?」

「だって、俺、大智の友達だからね」

「そうだとしても、あなたに言われる筋合いはない」

「アハハ、分かってないなぁ。

俺の言葉は、大智の言葉。俺は大智が言った言葉をそのまま今、言っただけだよ」

「じゃぁ、どうしたらいいんです?何かしなきゃ、大智くんは私のこと、知らないままで終わっちゃうじゃないですか」

「あらら、また泣き落とし?女の子って、分が悪くなると、すーぐ泣いて済まそうとするから、ホント面倒だよねー」


「おい、小僧。いい加減にしろっ」


 悔しくて、沸き上がる涙をこらえていると、隣の豊三おじさんがバンッとカウンターを叩いて叫んだ。


「さっきから、聞いてたら、グチグチグチグチと、そんなに姫をイジメて楽しいのかっ。

自分が気に入ったとしても、男なら、姫が頑張ってるのを応援してやったらいいじゃねーか」

「は?なんの話?部外者は、引っ込んでてくださーい」

「部外者じゃねー。ここに連れてきたのは俺だって言ってんだろ。姫は、俺のツレだ。

文句あるなら、俺に言えっ」

「ナニ言ってんの、おじさん」


「まぁまぁ、まずは一杯、飲もうぜ、リョウ」


 木村さんの彼氏が後ろから、両手に持った生ビールのジョッキを3つ、柚子チューハイのジョッキを1つ、ハイボールのジョッキを1つ、カウンターの上にドドンッと置いた。


「すいません、おじさん、気分悪くしてしまって。ほら、リョウも」


 そして、面倒な男性を小突き、豊三おじさんに頭を下げた。


「お詫びに、ハイボールをどうぞ。

ほら、リョウも、キミも、キミは柚子チューハイでいいのかな。ハイ、サクラコさん、生ビール。

んじゃ、改めまして、カンパーイ」

「 「 「 「 カンパーイ 」 」 」 」


 本日、二度目の乾杯。

 また、みんなでジョッキをガチャガチャと当て合って乾杯した。

 険悪な空気が紛れる中、クイクイと木村さんに袖を引っ張られ、私がいた場所には彼氏さんが立ち、私は木村さんの隣に移動した。


「大丈夫?」

「・・・はい・・・」


 大丈夫と言えない気分だったけれど、頷いた。


「ここに来る前に、陽と遠野さん、別のとこで飲んでたんだって。だから、お酒入ってたのもあって、ちょっとヒートアップしちゃったみたい。

あ、私の彼氏が、篝 陽っていって、さっきの、その・・・絡んでたのが、遠野 諒さん」


 名前なんて、どーでもいいと思った。

 只々、嫌な奴でしかない。

 イヤな奴で決定よ。


「陽と遠野さんと風くんの3人は、学生からの友達で、すごく仲が良いの」

「・・・・・仲の良い友達に、イヤな女が言い寄ってきたからって、あんな嫌みを言うもんですか?」


 さっきのイヤな笑みを思い出すと、だんだん腹が立ってきた。


「イヤな女とは言ってナイと思うけど、しつこい女だとは、」

「どっちでもいいです、そんなの。相手の気持ちを考えないで言い寄るって、人のこと言えた義理?自分だって、私に同じことしてるじゃない」

「まぁ、そうねー。遠野さんの味方するわけじゃナイけど、日頃から過度にフレンドリーな人みたいだから」

「フレンドリー?」


 あれが?、だった。

 思いっきり毛嫌いされてましたけど。


「前に、3人と一緒に飲んだことあるんだけど、私。そこで逆ナンにあって。すごいカッコイイから、周りから見られちゃうのよ、ホント。

そういうのって、昔からよくあったみたいで。

んー、だから、なんていうか、そう、3人3用でお互いをお互いカバーしあってる感じなのよ。

今日は、少し言い過ぎたっぽいけど、悪気はなかったと思うよ」


 木村さんって、口下手なの? 人がイイっていうか、なんていうか。

 言わんとするところは、分かったけど。

 私からしたら、只の煩わしい人じゃない?

 どんなに仲の良い友達であっても、ただ人の色恋に首つっこんで、波風たててるだけじゃない。


「特に風くん、目立つでしょ。だから、ちょっと気にかけてるのよ」


『ナニそれ、子供じゃあるまいし』

 そう思った瞬間、ヘンなことが頭を過ぎった。

 私の知ってる学生時代の男性なんて、ちょっと良い顔すれば、勘違いして襲いかかってくるようなエネルギッシュな人達ばっかりだった。

 よく見れば、木村さんの彼氏もなかなか男前だし、イヤな奴もルックスは良いし顔もカワイイから、大智くんと3人でいれば、モテないはずがない。

 それなのに、子供みたいに男友達とばかりいるなんて。

 それって、まさか、まさかの、あぁー、別の愛憎劇がめくるめくってくるんだけどーっ。

 飲み過ぎだわ、私。


「はぁ~、・・・木村さん。私、帰りますね」

「えっ。あ、それなら、私も一緒に、」

「いいえ、いいです。少し頭を冷やしたいので、1人で帰ります」

「えー、でも、」

「おじさんと彼氏さんには、よろしく言っといてくれますか?すみません、お疲れ様です」


 外に出ると、頬に触れる冷たい風が、とても心地よく感じられた。

 気合を入れていた気持ちも、必死になっていた思いも、今はすっかり消えしまった。

 薄暗い道に、酔っ払いやカップルが歩いているのを横目に、俯きながら歩いていく。

 商店街まで行けば、駅はすぐだ。


「阿部さん」


 呼ばれて振り向くと、木村さんの彼氏、篝さんが走って近づいてきた。


「駅まで、送るよ」

「いえ、すぐそこですので、大丈夫です」

「そう言わずに、行こう」


 それ以上断ることも出来なくて、一緒に歩き出した。


「今日は、リョウが悪かったね。悪気はないんだけど」

「それ、木村さんにも言われました」

「サクラコさんに?そっか」


 優しく笑う彼を見て、不意に沸き上がってきた感情。

 大智くんだけじゃなく、こんな素敵な彼氏にも、木村さんは好かれているのは、どうして?


「木村さんのどこがいいんですか?」

「えっ、・・・そう、だなぁ。いつも美味しそうに食べるんだよ、彼女。

阿部さんは、そう思わなかった?」

「それは、まぁ」

「一緒に食事をすると、多くを話さなくても、だんだんと相手のことが見えてくる。

フィーリングが合うというか、一緒にいる空間が心地よくてね。つい、もっと一緒にいたくなるんだよ」

「それ、惚気ですか?」

「いやぁー、ハハ、そんなつもりはないけど」


 篝さんは、照れ臭そうに笑った。

『でも、私には、そんな機会すらないのよね』

 彼の笑顔を見ながら、心の中でそう思った。

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