第30話 美味しいおでんと気合のビール ―詩織―

「出ないんですか?」

「いや・・・え、えーっと、」


 木村さんの手の中で鳴り続ける携帯。

チラッと見えた画面には、『風 大智』と表示されていた。

『分かりすぎて、こっちが嫌な気分になっちゃう』

 着信音が鳴りやんだ。


「大智くん、からでしたよね」

「えっ・・・・・、うん・・・・・、いやぁー、かかって来たのって、初めてで、ちょっとびっくりしちゃった、ハハハ」


 こっちからワザと言ってあげたのに、しらじらしすぎ。

『どうしてウソつくのかしら。いっそ、普通に話してくれた方が、ぜんぜんいいのに』

 生ビールをグイッと飲んだ。

と、また携帯が鳴りだして、木村さんは驚いて携帯を落としそうになりながら、通話ボタンを押した。


「ハルちゃんっ!」


 知らない名前。

『でも、雰囲気からして、彼氏かな?』

 携帯に縋りつくように話をしている。

 木村さんは、あまりパッとしない人だ。

 どうして大智くんは、この人のこと特別視してるんだろう。

 黒髪のセミロングで、長めな前髪に丸顔の、見た目もすごく普通。

 目は比較的大きいけど、もっとエクステとかすればいいのに、まつ毛が短くて、大きな目を生かせてない。

 鼻は低くて、全体的に凹凸感がゼロだし、もっと上手く化粧を生かせばいいのに、手抜き感が見えて、すっごいイヤだ。

『女性なのに女を生かせないなんて、女性であることへの冒涜だわ』

 ムカムカして、また生ビールをグイッと飲んだ。

 私は、美人だと思う。

 人からよく言われるし、そう言われるだけの努力をしているから、当然だと思う。

 労せずして得る、っていうけど、見た目がいいと黙っていても、周りが気にかけてくれたり、チヤホヤしてくれる。

 自分で頑張らなくても、周りから好意を寄せてきてくれるのよ。

 そう、化粧は、女性の最大の武器。

 それなのに、こんなにも頑張っているのに、大智くんには通用しなかった。

 こんなパッとしない木村さんのナニがいいんだろう。

 知りたくて、木村さんに近づいたんだけど、まさか、飲みにくる羽目になるとは思ってもみなかった。


「えぇっ、今から?・・・・まだ、帰りはしないけど、・・・・うん、じゃぁ、うん、またあとで」

「どうしたんですか?」


 いい話ではなかったのか、電話を切った後、微妙な顔の木村さん。

 意を決したような顔で、私を見た。


「今から、彼氏が来るの」

「ここに?ですか?」

「うん。で、友達も一緒に来るんだけど、」


 そう言われて、一瞬で大智くんを思い浮かべた。


「リョウさ・・・、えー、遠野さんっていう、大学からの友達の人」


 ガッカリ・・・

 そうそう、うまい話はあるワケないか。


「それと、風くんも、もしかしたら後で合流するかもしれない、らしい」

「えっ、大智くん、ここに来るのっ?」


 思わず大きな声を上げてしまった。

 あんなに誘ってもダメだったのに、まさかまさかの、ここで会えるなんてっ。


「あ。私、化粧直ししてくる。トイレはどこかしら」

「ちょっとちょっと、来るらしいって話だから、来ないかもしれないよ」

「でも、来るかもしれないんでしょ」


 だったら迷わず、そっちに期待、だわ。

と、横から手が伸びてきて、カラのジョッキがひかれ、また新しい生ビールが手渡しリレーでやってきた。


「ありがとうございます。次は柚子チューハイをお願い出来ますか」


 端のおじさんに、満面の笑みで言うと、気恥ずかしそうに軽く手を上げて答えてくれた。

『ほら。これよ、これ』

 うまく女を使えば、笑顔1つで、こんなにも上手く物事が進むのよ。

『だから、大智くんにも。気合入れなきゃ。うーん、ちょっと緊張してきたかも』

 大智くんに会えるかと思うと、胸がドキドキして、ヤバい。

 緊張で、手が少し震えてきた。


「すみません。ハンペンとタコ、下さい」


 飲んで食べて、気持ちを落ち着けよう。

 それから化粧直しに行って。

 まだ、それくらいの時間はあるわよね。

 あるのかな?

 そう思って、木村さんを見ると、驚いた顔で私を見ていた。


「驚いた。阿部さんって、本当に、風くんのこと好きなんだね」

「そうですけど。文句あります?」

「なんていうか・・・、そこまで本気じゃないって思ってたから」

「どうせ、ノリとか、興味本位くらいに思ってたんでしょう。他でもいろいろ言われてますし」

「いや、そんなこと、ないけど」

「見た目が良いんで、同性からは敬遠されるのは慣れてます」

「やっぱり、自覚あるんだ」

「当たり前です、努力してますから」

「なんか、かっこいい!」

「木村さんの方こそ、勿体ないです。もっと女を磨いて下さい」

「イイッ、すっごくイイよ、阿部さん」


 木村さんは両手を握りしめて、私を拝むように見つめてきた。

『なんなの、いったい』

 私は当たり前のことを言ってるだけなのに。

 注文したハンペンとタコが出てきた。

 出汁のいい香りを吸い込むと、やる気が湧いてきた。

『少しでも、良い印象を持ってもらえるように頑張らなくっちゃ』

 タコを頬張ると、弾力のある身なのに噛むと柔らかい繊維が崩れホロホロと口の中に広がった。


「ここのおでん、本当に美味しい。出汁の味がたまんない」

「な、日本一、旨いって言っただろう」


 隣から白髪混じりのおじさんが言ってきた。

 豊三おじさんと木村さんは呼んでいたけど、カウンターに肩肘ついて、やたらと私の顔を覗き込んできては絡んでくる。

 害はなさそうだけど、距離が近くてイヤだ。

『ここは、少し席を外そう、っと』

 美味しく完食したおでんの後に、うっすらと氷結しているジョッキの生ビールを飲んだ。

『のど越しスッキリ、気分もスッキリ、これでバッリチメークをすれば完璧だわ』

 そう思って、ドンッとジョッキをカウンターに置いた。


「惚れ惚れする飲みっぷりだねー」

「ホントにー」


 木村さんとおじさんに、小さくパチパチと拍手された。

 自分でもビックリだけど、気合が入ったせいか、ほぼ飲み干してしまった。

 緊張も少しとけたみたい。

『折角のチャンスだもん。頑張らなきゃ』


「阿部さんのイメージ、180°変わったわ」

「マジで、惚れそうだ」

「2人してナニ、言ってるんですか。ちょっと、行ってきます」


 木村さんとおじさんに、返しながら化粧直しに向かおうとしたら、


「こんばんわー。2人、いいですか?」


 男性2人が店内に入って来た。


「ハル~ッ」


 木村さんが、今にも飛びつかんとする勢いで名前を呼んだので、1人は彼女の彼氏だとすぐに分かった。

 急がないと、大智くんがやって来るかもしれない。


「あれ、めちゃくちゃ美人さん、はっけーん」


 ニコニコと笑顔を浮かべた、もう1人の男性に指を指された。

 ものすごい面倒くさそうな感じがして、すぐに席を離れた。

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