第33話 美味しいおせちと思い立った告白

「なんで俺、年末にこんな話、聞かされてんの?」


 悠斗は、後ろに手をついて、げんなりしながら天井を仰いだ。


「ごめんって。でも、身近に相談できる男の人っていないんだもん」


 向かい合って座る私は、拝むようにして言った。


「もし、いたら、その人に同情するわ、俺」


 横にあったクッションを抱えて、悠斗は頬杖をついて言った。


 ここは、実家の私の部屋。

 仕事納めの後、早く帰って来なさい、と母から電話があって、仕方なく次の日に戻って来た。

 戻って来て早々に、年末掃除に駆り出され、

『絶対、掃除要員にしたかっただけよね』

 と思いつつ、窓拭きや網戸洗い、電気の傘を拭いたりと掃除に没頭していると、頭だけは暇なので、考える時間がたくさん出来た。

 あの時からずっと心の中でくすぶっている不安。

 お互いに、好き、という気持ちがある、その後に、まだこんな不安に駆られることがあるとは思ってもいなかった。

 なので、ここは恥を忍んで、男性目線での感想を聞いてみようと、リビングでくつろぐ悠斗を部屋に呼び出したのだ。


「もう、真剣に考えてよ」

「んなもん、分かるワケねーだろ。付き合って、たかだか数週間の男の気持ちなんて。

ただ単に、舞い上がってるだけじゃねーの?」

「舞い上がってるのは、私の方だもん」

「はぁ~。サーコの惚気なんていらねー」

「惚気じゃないよ、本当のことだもん」

「それを、世間では惚気って言うんだよ」

「うぅー」

「そもそも、篝さんから交際申し込まれたんだろ」

「うーん」

「違うのかよ」

「ううん、言ってくれたのは、陽からだったけど。私もその時には、好きになっていたから」

「でも、篝さんから言ってきたってことは、篝さんの方が好きってことだろ」

「どっちがどっちっていうより、両想い?って感じ」

「はぁ~~。それは、今、の話だろ。最初に好きになったのが篝さんだったら、好きって気持ちも、そっちの方が大きいって思うけどね、普通」

「なんか、違うなー」

「なんなんだよ。相手の好きの気持ちがどうのっていうから、考えてやってんのに」

「好かれてるのは、分かってるの。只、なんで好きのなのかっていう、なんていうか、好きになるポイント?みたいなのを知りたいの」

「はぁ?そんなの、本人にしか分かんないよ。

直接、聞けばいーじゃん」

「そんなの、ムーリー」

「なんでだよ。両想いだったら、それでいいーじゃん。ワケわかんねー。

それより、母さんに言っとけよ。結婚前提の彼氏がいますって。まーた見合い相手、探してたぜ」

「えっ、マジで!もう、いい加減にして欲しい」

「なら、ちゃんと言えよ」

「うーん」

「ウソでもいいだろ」

「言ったら、すぐ連れて来いって言われるもん」

「適当に誤魔化しゃ、いーじゃん」


 母が呼ぶ声が聞こえて、悠斗は部屋を出て行ってしまった。

『自分が言ってることは、おかしいのかな』

 上手く相手に伝わらない。

贅沢な悩みだというのは、もちろん、分かってる。

 でも、陽のことを好きになればなるほど、どうして私を?と思ってしまって、今は、好きでいてくれても、いつかは、好きじゃなくなるかもしれない、という不安に襲われる。

 だから、その気持ちがどこから来るのか、それを知っておけば、もし、好きじゃなくなっても、そこを頑張れば、また好きになってくれるかもしれない、と思った。

 学生時代の恋愛は、一緒にいられればいい、見続けられればいい、という推し的な気持ちが強かったけど、今は本当に、今の気持ちのままずっと一緒にいたいと思っているから、不安なんかきれいさっぱり消してしまいたい。

 でも、その為にはどうしたらいいのか・・・

『陽が好きな私のいいとこって、どこなんだろ。

悠斗なら、一般目線というか、ヒントになるポイントくらい分かるかと思ったのに』

 ホントに、直接聞ければいいんだろうけど、30歳にもなって、こんなことも分からない、すごく幼稚で情けない人間だって知られるのが恥ずかしくって聞けない。

『あー、世間のカップルって、どうやって上手く続けてるんだろう。誰か、教えて欲しいよ』

 頭を抱えながら、悠斗が放り出したクッションに、バタリと倒れ込んだ。


「桜子、返事しないさい。もう、先に食べるわよ」

「はーい、今行くって」


 母の怒りの叫びに、急いで立ち上がってリビングへ行くと、テーブルの上におせちが広げられていた。

 定番の黒豆やゴマメ、松前漬けに高野豆腐、昆布巻に棒たら、紅白の蒲鉾、紅白のなますが入っている。

 2段目のお重には、たたき牛蒡や合鴨ロース、つぶ貝にいくら、タコの姿煮、鮑煮、有頭車海老などが存在感アリアリで、詰め込まれている。

 更に、3段目のお重はジェノベーゼソースがかけられた数の子に、地鶏のテリーヌ、海鮮マリネ、スモークサーモン、ローストビーフなどなどが、彩り鮮やかに盛られている。


「やだー、めちゃくちゃ美味しそうじゃん」


 見ているだけで、楽しくなってくる。


「桜子、早く座って。悠斗、みんなの分、ビールついで。はい、じゃ、みんなコップ持った?

今年一年、お疲れさまー」


 両親と悠斗と私、4人でグラスを合わせて乾杯した。


「すっごい、美味しそう」

「今年は、老舗の3段重にしたわよ」

「百貨店の?」

「後藤さんに教えてもらったお店で頼んだの」

「へー、そうなんだ」


 後藤さんといえば、母の友達で、この間のお見合い相手でもあった人だ。

 微妙な感じに、返事も微妙になる。


「この間のお見合い、ダメになったでしょう。ホテルに息子さんの彼女が来たんですってね。もう、聞いた時は、びっくりしたわ」

「・・・・」

「後藤さんが、すっごい謝って来られて。それでね、良い縁談、是非お世話しますって、言って来られたの」

「・・・・」

「ちょっと、聞いてる?桜子」

「聞いてるよぅ」


 いきなりお見合いの話を振られて、折角のおせちも台無し気分。

 目の前の色とりどりのおせち、お預けを食らっているようだ。


「桜子、仕事の方は、どうなんだ?頑張っているのか?」

「ん? うん、忙しくやってるよー。年末ギリギリに、工場新設の話が出てきて、」


 父が、助け舟を出してくれた。

『ナイス、お父さん』

 手を合わせた後、お重の中から、つぶ貝の時雨煮、車海老、数の子のジェノベーゼを小皿に取り分けた。

 数の子をジェノベーゼソースで合えるなんて、珍しくて、一口で食べた。

『んー、美味し!』

 数の子の歯応えのあるつぶつぶ食感にソースが絡んで、爽やかな味わいになっている。

 つぶ貝も生姜が効いていて、磯の香りがお酒を誘う。


「サーコ、お酒いく?」


 悠斗が聞いてきた。

「うん。それ、今、思ってたとこー」


 嬉しくて、大きく頷いた。


「梅錦があるよ」

「それ好き。熱燗がいい」

「そう言うと思った」


 父は愛媛出身で、正月になると決まって梅錦の一升瓶を購入する。

 口当たりも優しくて香りも柔らかだから、冷も美味しいけど、私は熱燗だ。

 と言っても、アツアツじゃなくて、ぬるめだけど。


「あー、この味ー。お正月って感じー」

「飲みやすいよな」

「ねー。はい、お父さん、もう一杯」


 そう言って、父にまた、ついであげると、美味しそうに飲んだ。


「お、うん、旨いな」

「ちょっと、自分達ばっかり飲んでないで、少しは手伝いなさいよ」


 台所から母が叫んでいる。

 唐揚げの揚がった油の匂いに、悠斗のリクエストだな、と思って悠斗を見た。


「サーコ、唐揚げ、取って来てよ」

「あれ、悠斗のでしょ」

「えー、やだよ、立つの。今、飲んでんだからさ」


 と、自分のお猪口にお酒を注いだ。

 仕方なく立ち上がって台所へ行ったけれど、これが陽ならきっと、すぐ取りに行ってくれて、私の前に取り皿と一緒に置いてくれそう、と思った。

 気配りが出来て、私に優しい、陽。

 母が、コンロの前で、せっせと揚げている唐揚げを皿に移し換えながら、やっぱり陽は素敵だな、と思った。


「桜子、年明け、お見合いだから予定しといてちょうだい。日時は、決まったら連絡するから」

「また?」


 さっきで終わったと思っていたのに、また母がお見合い話を言ってきた。


「もういいよ、お母さん」

「何言ってんの。もう30なのよ。早く結婚しないと、行き遅れになってしまうわ」

「行き遅れって。今時、言わないよ」

「子供だって、産んで育てるのに体力が必要なんだから、早くしないとダメ」

「お母さん・・・・・私さ、今、付き合ってる人、いるから」


 懸念はあるけれど、悠斗が言うように伝えておくべきだと思って、思い切って告白してみた。


「アチッ」


 油から引き揚げたばかりの唐揚げが、コロンと落ちて、母の手に当たった。


「わっ、大丈夫?火傷した?」

「急に、びっくりするじゃないっ」

「ごめん、そんなに驚くと思わなかったから」

「桜子。それ・・・、ウソでしょ」


 自分的には、かなりの決断だった告白なのに、母からの思わぬ言葉に詰まってしまった。


「さっき、部屋に悠斗、呼び出してたでしょ。口裏、合わすように言ってたんじゃないの」

「そんなの、言ってないわよ」

「都合よく現れるワケないでしょう。今まで、気配すらなかったのに。お見合いしたくないからって、ウソ言うんじゃありません」

「本当にいるんだって、お母さん」


 信じない母に、腹が立って声が大きくなった。


「唐揚げまだー?」


 悠斗が、お猪口と徳利を持ってやってきた。

 差し出すお猪口を受け取ると、悠斗はお酒を注ぎ、片方のお猪口を母に渡した。


「母さんに一杯、サーコにも一杯。

はい、飲んで―」


 言われるままクイッと飲むと、胃がキュッとなった。


「もう終わった?あっちで食べようよ。テレビも始まるよー」


 そう言って、悠斗は唐揚げののった皿を持っていこうとした。


「ごまかしに来たわね、悠斗」

「えっ?」

「桜子に言われて、口裏合わせ、したんでしょ」

「なんの話?」

「お母さんは、ちゃんと分かってるの。桜子が、お見合いしたくないから、結託したんでしょ」

「まだ、お見合いの話してたの?」

「当たり前じゃない。今度の人は、有名な○□△会社にお勤めなのよ。将来有望なのよ。ウソなんかついてないで、悠斗もお姉ちゃんの将来を考えなさい」

「えー、有名会社の人だからって、無理じゃない?」

「どうしてよ」

「だって、サーコ、結婚前提に付き合ってる人、いるじゃん」


『あ、お母さん、フリーズした』

 目の前で、母は絶句して、固まってしまった。

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