第34話 薄い反響とわだかまり

「悠斗、・・・・・ホント? 今の話、本当に、本当なの?」


 母は、どうしても信じられない、といった感じだ。

『私に彼氏がいるのが、そんなに信じられないのかな』


「ホントだって」

「そんな話、お母さん、聞いてないわよ」

「言ってなかったからね」

「教えて、頂戴よ」

「いや、ほら、母さん、お見合いに必死だったし。俺が会ったのだって、たまたまだったしさ」

「えっ、会ったの?相手の人に?」


 悠斗はバツが悪い感じで、逃げ腰だ。

 でも、母の勢いは止まらない。


「それって、その彼氏さんって、どんな人なの?」

「どんなって」

「桜子の好みから考えて、普通の人じゃないでしょ。きっと、顔だけ良い人なんじゃないの?

顔だけ良い年下のフリーターとか、顔だけ良い自称芸能人とか」


 自分の母親なんだけど、自分のことをそんな風に見ていたのかと思うと、ちょっと凹む。

『顔だけ良い、顔だけ良いって、そんな、顔だけで選んでナイわ、って言いたいけど、昔の自分を思うと言えなくて、悲し過ぎる』


「母さん。それはナイだろ」


 珍しく、悠斗が言い返した。


「じゃ、どんな人なの?悠斗は会ったんでしょ」


 私の事なのに、矛先が完全に悠斗に向いてしまった。

 ここは助け舟を、出すべきか、出さざるべきか。


「だから、たまたまだって。サーコの会社のイケメンと、サーコの彼氏が、道端でもめてんのを見ただけ」

「えっ? 違、」

「どういうことなの? 桜子」


『うぉーい、どうして、そんな、面倒な言い方すんのよー』

 そう思ってすかさず、違うでしょ、って言うはずが、母の言葉にかき消されてしまった。

 私を見る母の目が、うぅー、怖い。


「ヘンな言い方しないでよ、悠斗。ぜんぜん違うから、お母さん。もめてなんてナイから」

「会社のイケメンって、どういう関係の人なの?」

「関係も何もないよ。会社の同僚だもん」

「じゃぁ、どうして、そのイケメンと、彼氏がもめてるのよ」

「だから、もめてないって。ちょっと、どこ行くのよ、悠斗」


 母の矛先がこっちに向いたと思ったら、そそくさと唐揚げの皿を持って、悠斗が逃げて行った。


「イケメンってねー。桜子、いい加減に顔で選ぶの、やめなさい」

「イケメンは、彼氏じゃないって」

「そうだとしても。彼氏でも友達でも、顔で選ぶのはやめなさい」


『どうして、こんな話になってんの?』

 私的には、すごい告白だったのに、ぜんぜん違う方向に話が進んでる。


「おーい、いつまで話してるんだ。お酒、持ってきてくれ」


 父の声が聞こえてきた。

 母は、ハイハイ、と言いながら、徳利にお酒を入れて、桜子も早く来なさい、と言いながら戻って行った。

 私は、なんだか釈然としない気持ちで残された。

『陽のこと、もっといろいろ聞かれると思ったのに。っていうか、もっと陽の良いところいっぱい言いたかったのに、なんか、陽の存在、霞んでない?』

 話が大きくなって、家に連れて来いって言われるよりは良かったのかもしれないけど、でもさ、って感じだ。


「ふぅー」


 気持ちを切り替えるように息を吐いた。

 思うところはあっても、これ以上、この話を続けてややこしくなるのは避けたい。

『こういう時は、飲むに限るよね』

 冷蔵庫から炭酸とレモンを取り出し、棚からウイスキーの瓶を取って、リビングへ戻った。




「桜子、今、大丈夫?」

「うん」


 もうすぐ12時の鐘が鳴り新年が明けるという頃、電話が鳴った。

 急いで自分の部屋に上がって通話ボタンを押すと、落ち着いた優しい声音が耳に響いてきた。


「寝てなかった?」

「寝てないよー。まだまだ、飲んでたとこ」

「飲み過ぎて、うたた寝してるかと思った」

「えー、途中、ちょっと眠気がきたけど、でも、

目にガッと力を込めて耐えてたよ」

「アハハハハ、それ、俺も見たかったなぁ」


 なんだろう、お酒のせいかな。

 陽の声を聞いてると、胸がギュッとなって、切なくなってくる。


「ナニ、飲んでたの?」

「ハイボール。レモン多めにしてね」

「ウイスキーかぁ、いいな」

「でしょ。ロックはキツくてダメなんだけど。ハイボールは、おせちにも合って、少し飲み過ぎちゃった」

「おせち?」

「あ、うん。普通は、1日に食べるんだよね。

でも、うちでは31日から食べちゃうの。深い意味はなくて、ただ、うちの母親が作るのが面倒ってだけ。子供の頃は違ったけど、いつからだろ、31日から食べるようになったなぁ」

「へー」

「陽のお家は?」

「おせちは明日かな。今日は、手っ取り早い焼肉だった」

「えー、豪勢じゃん」

「そうでもないよ。いい肉なんて滅多に出てこないし。人が集まる時は決まって焼肉するな、ウチは」


 ゴーン、と鐘の音が聞こえてきた。

 携帯の向こうからも、1階からも聞こえる気がする。

『きっと、ゆく年くる年、見てるせいね』

 年が明けると、テレビのどのチャンネルも同じ映像が流れて、子供の頃はそれが面白くてチャンネルをあちこち回していたのを思い出した。


「明けましておめでとう、桜子」

「あ、あけまして、おめでとう」

「一番に桜子に言いたかったんだ」


 陽の言葉に、胸が熱くなった。


『新年早々、イチャついてんなよ』


 携帯の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「今のって」

「大智だよ。泊まりに来てるんだ。毎年のことだけど」

「へー、そうなんだ」


 つい先日、陽を部屋に招待しよう、なんて考えていた私。

 すぐに実家に帰ったから誘うこともなかったけど、今、心の底から誘わなくて良かったー、と思った

 じゃなかったら、後で、風くんに色々と文句を言われるところだった。


「じゃぁ、早めに切っとかないと」

「いいって、勝手に言わせとけばいいから」

「あー、うん」


 もっと陽と話をしたい気持ちもあるけど、後ろで聞かれているかも、と思うと、微妙だ。

 ふと、以前風くんに言われた、良好な関係、という言葉が頭に浮かんだ。

 この場合の良好な関係って、やっぱり切っとくのが正解?なのかな。


「それより、桜子。こっちにはいつ戻ってくる?

初詣、一緒に行かない?」

「あ、行きたい」

「天之先稲荷神社は、どう? 近場だけど」

「鳥居の沢山あるとこよね。いいじゃん、私、頑張って歩くわ」

「アハハ、よかった。・・・元気、出た?」

「元気?」

「少し、声に元気がなかったから」

「・・・ううん、元気よー。陽の声、聞けたから、ますます元気」

「そっか。俺も、桜子の声、聞けて良かった。

年末、会えなかったもんな」


 陽の少し残念そうな声に、風くんの言葉なんか吹っ飛んで、部屋に招待はアリだったかも、と思ってしまった。

『あぁー、私って、ゲンキン』


「ごめんね、早く実家に帰んなきゃいけなかったから。うん、決めた。明日、帰るわ、明後日行こう、初詣」

「大丈夫か? 急がなくても、最悪、仕事始まってからでも行けるし」

「ううん、大丈夫。明日、戻ったら電話するね」

「あぁ、分かった」


 電話を切った後、クッションの上で拳を握った。

 なんか、急に元気が湧き出てきた感じがする。

 さっきまでの、クヨクヨした気分がキレイさっぱり吹き飛んだ。

『あー、やっぱり陽効果はスゴイ。私の原動力だわ』

 そう思うと、善は急げだ。


「お母さーん。私、明日、戻るからー」


 階段を駆け下りながら叫んだ。

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