第35話 4人での初詣

「やっぱ、人、多いなぁ」

「三が日だから、こんなもんだろ」

「おい、大智ー、1人で先々行くなよ。陽、サクラコちゃんも、早く、早く」


 遠野さん、改めリョウさんに呼ばれ、陽と2人はぐれないように足早に歩く。


「サクラコちゃんは、いつから仕事?」

「5日からです」

「どこも一緒だなー」


 リョウさんが、振り返りつつ話しかけてきた。

 リョウさんが、私の名前を呼ぶたびに隣の陽の口がへの字になっていくみたいで、気が気じゃない。


「リョウ」

「なに?」


 どうかした?と言わんばかりの笑顔を、陽に向けるリョウさん。


「やっぱり、」

「撤回はナシ、だよ。さっきイイって言っただろ。サクラコちゃんが、オッケーしてくれたんだし。ねー」


 陽の次の言葉を見透かすようにリョウさんは言い、私を見て可愛く笑った。

 今日、私はリョウさんに会った時、苗字を呼んで挨拶をした。

 すると、途端に渋い顔になって、苗字呼びはどーにもしっくりこない、と言って、名前呼びにして欲しいと言われた。

 すぐに陽が横から、ダメ出しをしたけど、リョウさんは私にしがみついて懇願してくるので、つい頷いてしまった。

 それから、やたらと名前を呼んでくるので、心臓に悪い。


「また並ぶのか。賽銭するだけで、疲れそうだな」

「すっげー人。神様も、こんなに人がいたら、願いなんていちいち聞いてられないだろうな」


 リョウさんの感想に、同感だと思った。

 ここは、天之先稲荷神社。

 五穀豊穣、家内安全はもとより、商売繫盛の神様でもあるから、一般の人だけじゃなく会社を経営している人も数多くお詣りに来る。

『こんな、ごった返したような人混みを見たら、それだけで神様もウンザリするんじゃないの』


「桜子、大丈夫?」

「うん」


 人の多さに流されそうになるのを、陽が肩を抱いて防いでくれた。

 見上げる先に、優しく微笑む陽の顔を見て、混んでいるのも悪くない、と思ってしまった。

『あぁー、私ってホント、ゲンキン』


「初詣が終わったら、2人でご飯を食べに行こう。アイツらとは、ここで解散だから」

「そうなの?」


 思わず、トーンが上がる。


「あぁ、もともと2人で来るつもりだったんだ。

なのに、大智がついて来るから。リョウはさ、その為の助っ人。創作和食の美味しい店があるんだ。

そこに行こう」

「うん」


『あー、顔がニヤけそう。これが携帯だったら♡の連打、いっぱいつけちゃってるよー』

 正直、このまま抱きついちゃいたい。

 でも、ここは外。

 しかも神様の御前なんだから、グッと我慢、我慢。

 しおらしく、ニッコリと頷いておいた。


 陽との待ち合わせ場所の駅前に着いた時、人の、特に女性のざわめきを感じて視線の先を見た瞬間、膝から力が抜けるかと思う程、落胆してしまった。

 他と違うオーラを放つ男子3人組。

 驚き過ぎて立ち止まりかけたけど、ドラマや映画のようにスマートに進まないのが現実で、後ろから、立ち止まんなよー、邪魔だなー、と人に小言を言われながら、グイグイと彼らの前に押し出された。


「桜子」


 陽が、私に気がついて手を上げてくれた。

 でも、


「こんにちは。遠野さん、風くん、陽」


 微妙な挨拶になった。

 だって、そうじゃない?

 私は陽と2人だと思っていたのに。

 それならそうと事前に教えてくれればいいものを、そんな陽の意地悪への、少しばかりの仕返しだ。

『いや、だけど2人で、とは言われてない気がする。だとしたら、これは私の独りよがりなのかな』

 モヤモヤした気分は晴れないまま、上手く笑えているのかも微妙で、陽の顔を見れなかった。

 でも、リョウさんが名前呼びでゴネてくれたおかげで、気持ちを少し紛れさせることが出来た。


「桜子、ごめんな。出かけしなに大智に言ったら、一緒に行くって言い出して」

「初詣は、毎年のことだろ。木村さんだって、俺がいても気にしないよな」


 当然と言わんばかりの風くんの顔に、以前彼が言っていた、良好な関係、という言葉が頭に浮かんだ。

『良好な関係、というより只の嫌がらせな、感じがするけど』

 メンバーが集まってしまっている、この状態で、文句を言っても仕方がない。

 恩を売る気持ちで、


「うん。ぜーんぜん、気にしてないわ」


 と言ってやった。


 だけど、だけどだけど、やっぱり陽はちゃーんと考えて、くれてたんだ。

『そりゃそうよねー、陽から誘ってくれたんだし、これって、やっぱりデートよね、デート!』

 ウキウキする気持ちを押し殺して、御前に手を合わせた。

 さぁ、これからがデートの本番、と思っていたら、風くんがどんどん奥へと進んで行く。

 えっ? と思っていたら、


「上まで行くだろ」


 と、さも当たり前のように言ってきた。


「ここって、鳥居が頂上まで続いてるんだろ」

「頂上は、流石にいくらも立ってないよ。奥の院までなら、ずらっと並んでる」

「へぇー。わ、スゴッ」


 リョウさんと風くんの話が進む中、人の流れに押されるように、私達もどんどん奥へと進んで行く。

 朱塗りの鳥居が見えてくると、鳥居の前は写真を撮る人達で大混雑になっていた。


「こっちこっち」


 風くんが先導する中、歩いていくと鳥居が幾重にも重なる様に立ち並ぶ石畳に入った。

 石畳は2つあり、奥側の通路に矢印が書かれていた。


「観光客、すごいな。こっちから奥の院へ行こう」


 人が多すぎて、行くか行かないか、選べる状況ではなくなってきた。


「奥の院までは、すぐだから。お詣りして、戻ろう」


 陽も同じように思ったようだ。

 頷いて見上げると、立ち並ぶ朱塗りの鳥居は、さながら赤い回廊のようで、鳥居のすき間から差し込む日差しが幻想的な雰囲気を醸し出している。

 けれど、そんな思いも束の間で、たくさんの人達の喧騒に、すぐかき消されてしまった。


 奥の院も大変な人の賑わいで、手水しようにも、先程の手水舎よりも規模が小さいのでかなりの順番待ちだ。

 しかも、一緒にいるのが、この男子3人組だから、周りの女子率が格段に上がったように思う。

『やっぱり一番人気は風くんかぁ。あの人、ワザと風くんから柄杓、受け取ったよね』

 リョウさんの横にも2人組の女の子がいて、話しかけたいオーラ満載で柄杓を受け取ろうとしていた。


「はい、桜子。足元、濡れるから気をつけて」


 私の順番がきて、陽が柄杓で水を汲んで、私の手にかけてくれた。


「ありがとう」


 私も陽にかけてあげようと思ったけれど、見てる間に、陽は自分で手を濡らた。


「羨ましい・・・」

「普通、逆じゃない?・・・」

「彼氏?あの人の?・・・」


 などと、小声が聞こえてきた。

『はい、はい、分かってますって。私が釣り合ってナイって言いたいんでしょ』

 そう思っていると、陽はハンカチまで出してくれた。

 もうホント、彼氏が完璧すぎる~。

『どーよ、ウチの彼氏』

 と、周りに自慢したい気分だ。

 でも、


「桜子、しんどい? 戻ろうか?」

「ううん、大丈夫。もう少しだし、折角だから、お詣りだけして戻るよ」


 あんまりの人の多さに、気分が悪くなってきた。

 陽の言葉に、そう答えたけれど、人酔いしてきた感じだ。

『張り切って、頑張って歩くとは言ったものの、ここまでの人混みは想像してなかったなぁ』

 人の流れにまかせて並んでいると、急に風くんが私の腕を掴んで引っ張った。


「ちょっ、風くん?」


 というのが精一杯で、引っ張られるまま列から離れ、人をかき分けるように進み、頂上の社へと続く鳥居の階段に入った。


「なんなの? 急に」

「気分悪いんだろ。こっちまで、そんなに人は上がって来ないから、少し休めよ」


 さっきまでの人の熱気がウソのように、空気が冷たくて、心地いい。

 間隔が広くとられた鳥居の間からは、山の木々が見えた。

 少し湿気を含んだ冷たい空気を胸いっぱい大きく吸い込んで、吐き出すと、人心地つけたように感じた。

 何度か深呼吸していると、頭も気分もスッキリしてきた。


「はぁ・・・、なんか、少し、落ち着いた」

「だろ」


 風くんが、笑った。

 行き交う人達が、見入るような、アッとした顔をして風くんを見た。

 それくらい人目を引く、清々しい笑顔だった。


「急に連れていくなよ、大智」


 陽が走って来た。


「ごめん、ごめん。でも、あんな人混みにいたら、気分が悪くなる。この先は、人が少ないから、ゆっくり行こうぜ」

「や、大智。もう、俺らは戻るよ」

「陽、もうちょっと、先に行こう。私、今、あそこに戻るのは、ちょっと」


 つと、口から出た言葉。

 人の多さに戻りたくないのは本当で、もう少しここにいたいと思った。


「おいっ、俺を、置いてくなーっ」


 後ろから、ぜー、ぜー、と息を切らしたリョウさんの声が聞こえた。

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