第36話 識者と陽の不満?

 ひたすらに続く石階段をぜー、ぜー、言いながら上る。

 石も大きさが不揃いなので、テンポよく上がれず、みんな息が上がって交わす言葉も殆どない。


「うわー、スゴイ階段。足、ヤバいかもー」


 堪りかねて、上へと続く階段を見上げながら、げんなりして言うと、


「もうすぐだよ」


 陽が優しい笑みを浮かべて、教えてくれた。

 その笑顔に力を貰い、大きく頷いて、

『もうすぐ、頂上』

 そう思って、また階段を上り始めた。


 奥の院から、4人で頂上を目指して上ってきた。

 陽は始め、釈然としない感じだったけれど、幸か不幸か、登山のような参拝にそれどころじゃなくなったみたいだ。

 私としては、さっきまでの悪かった気分がウソのように解消され、思えば、人の多さに少し酸欠状態になっていたんだと思う。

 風くんが言ったとおり、行き交う人はまばらで、吐く息が白くなる程寒いのに、頬に触れる冷たい空気が心地いい。


「すげー、いい眺め」


 頂上への最後の階段を登り切ったところで、風くんが声をあげた。


「ホント」


 私も同じように山下を望むと、青い空がどこまでも続くかのように、市内全域が見渡せた。

 火照った体に、冷たく拭く風は気持ちよく、登り切った達成感が半端ない。


「天之先(あまのさき)稲荷神社って、昔は、天之先(てんのさき)稲荷神社って呼ばれてたらしい」


 ポツリと風くんが言った。


「そうなんだ」


 相槌を打つように答えると、


「神社には、先まで見える、先を見通す、っていう謂れがあって、名前もそこからきてるらしい」

「へー。じゃぁ、この景色から、そう、言われてるのかもしれないね」


 今、見ている、この景色は、天の先と呼ぶに相応しいくらいの見晴らしのいい景観だった。


「あぁ、そうかも」


 風くんも、そう思ったのか、頷いた。

 景色を堪能している間にも、下から上がってきた人達が同じようにここで足を止めるので、人が溜まってきた。

 移動しようとして、さっきまで隣にいたはずの陽がいなくて、キョロキョロしていると、


「あのさ。暮に電話しただろ。ほら、おでんの立ち飲み屋に行った日」


 風くんが、少しバツが悪そうに言ってきた。

 確かに、そうだった。

 あの時は、阿部さんが一緒だったし、なんやかんやで、忘れかけてたけど。


「あー、うん、そうだったね」

「新規工事の参考見積、急ぎで作ってくれただろ。あのおかげで、相手側には好印象だったんだ。

まだ決まった訳じゃないけど、そのことを言っときたかったんだ」

「えー、本当?やったじゃん。よかったー。見直しもそこそこだったから、気になってたのよー」


 あの時、めちゃめちゃ頑張ったのを思いだし、嬉しくて手を上げると、風くんがハイタッチしてきた。


「ハハ、正確な金額はのちのちでいいんだ。大体が分かれば。助かったよ、サンキューな」

「そんなのいーよ、仕事だもん」


 あの風くんが、私にお礼を言ったので、ちょっとビックリした。

 でも、頑張った甲斐があったようで、本当にすごく嬉しい。


「まだ詰めないといけないところは、沢山あるけど。また、よろしく頼むよ」

「もちろん。うふふ、これでボーナスもUPするかなー」


 私の半分本気の言葉に、風くんは可笑しそうに笑った。


「ナニナニ?こないだ言ってた、仕事の話?」


 リョウさんの声がして振り向くと、陽とリョウさんがペットボトルを持って近づいてきた。


「お茶で良かった?」


 陽が私にペットボトルのお茶を見せてきた。


「あ、ごめん。ありがとう」


 わざわざ買ってきてくれたんだと嬉しくなって、受け取ろうと手を出したら、キャップを緩めて差し出してくれた。

『あぁー、陽が尊すぎるっ』

 いちいちこういう気遣いをしてくれる陽に、毎回やられてしまう。


「あれ?俺のは?」


 横から風くんが言うと、


「自分で、買え」


 陽は親指で自販機を指差した。

 ちぇー、と言いながら風くんは買いに向かった。

 それを見送る陽の顔が。

『何気に、不機嫌? 気のせい? いや、男友達ってこんなもんなのかな』

 陽の、私と風くんに対する対応に、差があるように感じられた。


「そういえば、ここの狐、境内のいろんなとこに石像があるって、知ってる?」


 リョウさんが、お茶を飲みながら言ってきた。


「狐? 入口の狛狐みたいに鎮座してる他に、ですか?」

「そう、そう。いろんな格好の狐がいるんだよ。ほら、あそこ」


 リョウさんが指さす先を見ると、岩の上に狐の石像があった。

 今にも動き出しそうな、前のめりに前足をついた格好の石像だ。


「こういうの探しながら上っても、面白かったかもしれないね」


 軽く笑ってリョウさんは言ったけど、私的には、今言う? だった。


「それ、もっと早く教えといて下さいよー」

「しんどくて、それどころじゃなかっただろ?」

「そう、なんですけどー」


 本当にしんどくて足元ばっかり見てたけど、知ってたらもっと周りを見て歩いてたと思う。

 少し残念だったけど、でも、帰りは気にして見ようと思っていると、


「ちなみに、帰りは同じ道じゃないから」

「えー」


 と言われ、ガックリしてしまった。


「だったら、尚更、早く教えといて欲しかった」

「帰りは、帰りで狐の像はあるから、大丈夫だよ」


 陽が、私を慰めるように言ってくれた。

『陽ぅ~』


「でも、よく知ってますね、リョウさん」


 地元でもないのに、詳しく知っていることに感心して言うと、


「リョウのは、デートの下調べで、知ってるだけだよ」


 隣から、陽の声が飛んだ。


「デート、なるほど」


 と答えつつ、陽を見ると、顔がまた・・・

『やっぱり不機嫌?っていうか、なんか、怒ってるっぽい?』

 ぐるぐると頭の中で回想してみたけど、怒る要素が思い当たらない。

 と、1つ思いついた。


「陽、お茶のお金、返すの忘れてた。ごめん」


 急いで財布を出すも、


「いや、いい」


 と、普通に断られ、余計に雰囲気が悪くなったように感じた。

『なんで??』

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