第7話 次の約束と縮まる距離 -陽-


「ふふっ、もう、ぜんぜん気にしてませんから~。だいたい、篝さんは悪くないんだし、それなのに、たくさん頂いて、私の方が申し訳ないです~」


 うぉ、名前呼びじゃなくなってる。

 大智曰く、親密度を増すには名前呼びが必須って、明らかに距離置かれてんじゃん。

何した? ナニしでかしたんだ、俺。

いや、考えるのは後だ。

ヤバい、ヤバいぞ。このまま別れたら、『梅野』で客①、いや、客⑤くらいの認識で終わりだ。


「サクラコさん、今度、一緒に飲みに行きませんか?」

「え?」


 わー、警戒されてるーーっ!

 そうだ、インスタだ。


「あの、インスタやってるって、言いましたよね。いろんな店に行くのが好きで、気に入った店をインスタに載せてるんです。で、」


 次の約束を取り付ける為に、無理矢理こじつけた。

 って、大智曰く、グイグイ押せばイケるって、全然イケてないじゃん。


 胸ポケットから携帯を取り出そうとして、手から滑り落ちた。


「わっ、大変! あ、でも画面は、無事みたいですよ」


 慌てて、サクラコさんが落ちた携帯を拾い上げてくれた。


「・・・す、すいません」


 その時、目深に被っていたキャップを上げたので、彼女の顔が月明かりの下、露わになった。

大きな瞳に、ふっくらとした頬、小さな鼻に形のいい唇。

『かっ、可愛いっ』

 思わず、じっと見入ってしまった。

サクラコさんが顔を上げ、少し首を傾げた、その仕草が、またまた可愛いっ!


「それで、あの、今一番、気に入ってる店があって、ですね。イン、インスタの写真とか、ご教示願えたら、じゃなく、いやそうだけど、えーっと、スゴク美味しい店があるんで、一緒に行ってくれませんか?」


 かなりのハイテンションのまま誘ったら、言葉がおかしくなってしまった。

最後は懇願するみたいになったけど、もういい、なりふり構っていられない。。

『私、謝って欲しいわけじゃないし、そもそも、会いたくないので』

 不意に、そう言っていた彼女の言葉が頭の中に蘇った。

店に入る少し前、引き戸を開けようとした時、彼女の声が聞こえてきた。

 頻繁に店に行って迷惑がられているかも、とは思っていたけど、そこまで嫌われているとは思っていなかったから、結構、胸にグサリときた。

でも、ここで終わりにしたくない。

只々その思いだけで、大智曰く、じゃないけど、かなりグイグイ押しまくった。

 好印象に変えようと、やたらと気を回して尽くしまくったし、隣に座って距離もツメた。

そんな俺の1つ1つの行動に、彼女は驚いたり、恥ずかしそうに顔を赤くしたり、いちいち反応が可愛いいから、つい度を越していた感は否めないけど。

『引かれてしまった? ダメ、なのか?』


「フフッ、クククッ、・・・アハハハハ」


 俺の思いとは裏腹に、彼女が笑い出した。

言動がおかしかったからなのか、酔っているからなのか、

『笑ってる顔も可愛いな。でも、大爆笑って、ちょっと傷つくなー』

と、思っていると


「はい、是非、一緒に行かせて頂きます」


 笑いながら、そう言ってオッケーしてくれた。

ヨシッ!っとばかりに拳を握りしめると、彼女がまた笑い出したので、こっちも伝染して一緒に笑ってしまった。

 最終的に大智のアドバイスは微妙だったけど、とにかく、次の約束はゲットした。

『はぁぁぁぁ、良かった~』


「あのー、篝さん」

「はい」

「・・・・・・、いえ、何でも、ナイです」


 ふふっと照れ隠しのようにサクラコさんが笑った。

『なんだ? いったい、どうし、アッ、これは、あれか、実は私、彼氏いるんです、とかって流れか?』

動揺しながらサクラコさんを見ていると、少し首を傾げて、ニコッと返された。


「お店って、どこにあるんですか?」


『ダーッ、可愛いけどーっ、今の笑みは、ナンなんだー』

喉元まで出かかった言葉を飲み込み、


「貝原駅の近くです。駅からは歩いて数分といったところです」


と、微妙に引きつる顔で答えた。


「そうなんですね。行く日は、いつにしますか?」


 何気にウキウキとした感じがするのは気のせいか? 逆に気持ちがザワついてくる。

『実は、彼氏の会社が近いんです~、とか、帰りに彼氏と待ち合わせしよ~、とかって考えてるとか?ダメだー、思考が良くない方向にいってるー』


「ハァ、まぁ、サクラさんの都合のいい日にしてもらえたら」

「じゃ、次の金曜日にしましょうか。篝さんのご都合はどうですか?」


 話し方も、結構な敬語になってきてる。

 もう、これは絶対、線引かれたって感じだなぁ。


「俺は、いつでもいいんで」

「あ、」

「えっ?」

「俺って、言いました、よね。・・・やっぱり、ずっと気を使ってくれてたんですね。気遣いがすごいんで、ホントのとこ、どうなんだろって思ってたんですけど。そうですよね、そうでなきゃ、こんな私に、あんなにしてくれるはずないもの。なのに、私ったら・・・ホント、すみません」


 俯いて、途中声が小さくなったから、全部聞き取れなかったけど、最後は大きく頭を下げられた。

俺の思惑なんて、とっくに見透かされていたのかと思うと、自分が情けなく、恥ずかしくなった。

『慣れないことはするもんじゃないな。いくら大地にモテを教わっても、大智の猿マネじゃ意味がない。もっと自分らしく、向き合わないと』

一歩踏み出し、サクラコさんの間近に立った。


「気をまわしてたのは、自分の印象を良くしたかったからです。最初が、あんなだったし、サクラコさんによく思われてないのもわかってたんで。でも、無理をしてたわけじゃない。サクラコさんと一緒に飲むお酒は最高に美味しかったし、始めはそうだったけど、途中からは普通に一緒の空間を楽しもうって思ってやってた。だから、気を使ってばかりじゃなかったです」

「今日、私、本当に楽しかったです。一緒に美味しいモノ食べて、一緒に飲んで、一緒に共感するってすごく楽しいんだなって、ホント、実感しました」


 俺を見上げ、黙って聞いていたサクラコさんが頷いて、しみじみと言った。


「1人で飲むより2人で飲む方が、同じビールでもスゴク美味しいし、珍しいお魚、アカヤガラも2人で感想言い合ったりして食べて、すごく楽しかった。うふふ、実は私、篝さんが来る前に、先に食べて、だから、2皿も食べちゃったんです。今季初の牡蠣もプリプリ濃厚で美味しかったし、今日はホント、楽しくて贅沢な飲み会でした。篝さんも一緒に楽しんでくれてたなら、もう全然、問題ナシですよ」


 少し緊張して立っていた俺を知ってか知らずか、サクラコさんは楽しそうに話して、最後にグッと親指を立てた。

そんな彼女の砕けた態度に気も解け、俺はまた性懲りもなく、次の約束を口にした。

そこは絶対に、外せない!


「じゃ、また飲んで食べて、次も一緒に楽しい飲み会にしましょう」

「篝さん、一押しのお店ですね。体調、万全にしときます」

「クハッ、どんだけ飲むの」

「実は、私」


 何の脈絡もないのに、その次に来る言葉を想像して、一瞬ドキッとした。


「牡蠣を食べる前に、日本酒、頼もうかと考えてたんです」


 全く関係のない言葉。

 当たり前のことなのに、ホッとしてしまった。

 って、日本酒。


「なら、金曜日に頼んで一緒に飲もう。日本酒のラインナップも色々あったよ」

「ワッ、ホントに。楽しみ~」


 ついさっきまでの少しギクシャクとした雰囲気が、打ち解けた雰囲気に変わった。

もっと一緒にいたい、そんな自分勝手な思いが浮かんだけど。

『今は、まだ早い。会いたくないって思われていたのに、次も会えるくらい距離が縮まったんだ。今日は、それだけでヨシとしよう』


「あ、時間。電車、まだあるかな。篝さん、ちょっと急いだほうがいいかも」


 時計を見ながら、駅に向かって歩き出そうとするサクラコさんに声をかけた。


「家は近くですか?」

「エッ。はい、そっちの角を曲がったとこなんで」

「じゃ、近くまで一緒に行きましょう」


 逆の道の先を指さすので、そっちに向かって歩き出した。


「えー、なんで、なんで、篝さん」

「サクラコさん」

「はい」


 追いかけるように走ってきたサクラコさんに、振り向いて名前を呼ぶと、俺を見上げて返事をした。

その顔に、少し屈めて自分の顔を近づけ、笑いかけた。


「カガリは呼びにくので、ハルと呼んで下さいって、俺、言いませんでしたっけ?」

「・・・・言い、ました」


 驚いたように目が、大きく見開かれた。

 そのまま、また道をゆっくり歩いていく。


「なんか、キャラ変わってない?」


 背中に声が飛んできた。


「そんなことない。これが俺なんで。もっと俺を知って下さい。サクラコさん」


 振り向き、後ろ向きに歩きながら答えた。

走り寄ってくるサクラコさんに向かって、お道化るように大きく両手を広げた。

と、拳が飛んできた。

腹に当てるフリをするから、こっちも当たったフリをして、腹を抱え大仰に痛がってみせた。


「なんか、腹立つ」


 口を少しとがらせて言う、そんな彼女が可愛くて、俺は大きく笑った。

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