第6話 冷えたビールとこれからの対策? -大智-
「なんで、あんなこと言ったんだっ」
「だからさ、どんな奴か見てやろうと思っただけだって」
「奴じゃない、サクラさんだ。おまえが見たいっていうから、連れてったのに。怒らせてどうすんだよ」
「えー、でも、見てよかったじゃん。アレはダメだろ」
「ドコがっ」
かなりの剣幕で怒鳴る陽を、ウンザリして見た。
『ハァ、ダメだこりゃ。ちゃんと見えてんのか? フィルターかかり過ぎじゃね』
小料理屋『梅野』の常連女、(陽が思いを寄せている奴)に一言二言、言うつもりが、つい嚙みついてしまった。
女は無視して店を出て行くし、こっちはこっちで店に居づらくなって、早々に店を出て、今は、駅近の焼き鳥屋のカウンターで飲み直しだ。
やっぱ、一品は『梅野』の方がイイな、と思いながら、きゅうりのたたきをポリポリと食べた。
「あの女の恰好見ただろ。スエットにキャップ帽被って、明らかにすっぴんで、あれじゃ髪も手入れしてないんじゃないか。そんな女が1人、居酒屋の隅で酒をナメてるって、普通の女じゃねーだろ」
陽の目を覚ましてやろうと、とくとくと説明してやった。
「舐めてない、飲んでたんだ。サクラさんはいつもビールだからな」
「あー、ハイハイ」
どーでもいいことを訂正してくるので、またウンザリして返事した。
いったい、どこがイイんだか。
あんな身なりで1人酒って、昭和の演歌じゃあるまいし、今時の女性じゃありえないだろ。
氷が解けて、少し薄くなった酎ハイをグイッと飲んだ。
「大智は、女性に対して偏見が強過ぎるんだよ」
「偏見じゃない、事実を言ってる」
「自分勝手で、打算的で、自分のことしか考えてない、だっけ? そんな子いるか? 仮にいたとしても、サクラさんが、そうとは限らないだろ」
陽が砂ズリを、串の頭から引っこ抜くように頬張った。
「甘い。俺は実体験から言ってんだよ」
同じように頬張ると、コリコリとした食感とあっさりとした鶏の旨味と塩味が口の中に広がった。
「ハハ、大地の女性経歴と比べたら、俺なんて雲泥の差だから反論できないよ」
「経歴とか言うな。とにかく、あの女はヤメロ」
陽の顔に串の先を向けて、断言した。
「サクラさんの何が気に入らないんだ」
体をこちらに向けて、真っ直ぐ俺を見て聞いてきた。
「おまっ、人の話聞いてなかったのか?」
「聞いてたさ」
「じゃぁ、逆に聞くけど、陽はあの女のどこが良かったんだよ」
そう返しつつ、やっぱり焼き鳥にはビールだろ、そう思って手を上げ、陽の分と2つ追加注文した。
「そうだなぁ。初めは、美味しそうに食べるなぁ、だったな。それから、食べる前に必ず手を合わせてるって気がついて、あと、食べ方が綺麗だなって」
「食べるとこ、ばっかじゃん」
「飲み屋だし、気になったキッカケなんて、そんなもんじゃね。で、店の人にも、ありがとう、って感謝の気持ちを忘れないし、頼んだものは、いつも綺麗に完食するし、気配りのできる気持ちのいい子だなって思ったんだ。それから、だんだん気にして見るようになって、素敵だなって思うようになったんだよ」
『素敵? アレが?』
目の前で照れながら、だらしなく話す陽を見て、口に出そうになった言葉を辛うじて飲み込んだ。
スエットにキャップ帽だぜ。見た目はどーでもいいのかよ。
「顔は、どーなんだよ」
「うん、可愛いよ。店で見かける時はスッピンかな、あまり化粧っ気がないけど、可愛らしい顔をしてる」
『マジかよ、信じらんねー。フィルター曇りっぱなしじゃねーか』
スッピンで可愛いなんて、よっぽど元が良くなきゃ、ありえない。
キャップ帽のせいで顔を拝めなかったけど、雰囲気からして、そんな感じじゃなかった。
見栄えダメ、顔イマイチ、となると、性格か?性格がいいのか?
でも、声をかけたのは、今日が初めてらしいし。
学生時分からの付き合いだけど、陽は色恋に意外とタンパクで、ガツガツしてないっていうか、彼女もいたにはいたけど、大抵、告られて付き合ってるのが多かった。
「陽の好みが分からねー」
「そうかな。可愛い子、好きだよ」
「そーじゃねー」
気配りができる子、か。
結構失礼なこと言ったのに怒ってこなかった。
只、関わりたくないってのもあるし、何も言わないのが、周りへの気配りだったとか?
いや、ないわー。
ハルが声かけてんのに、片手を振って答えたんだぜ。
厨房には、声かけてたくせに。
・・・声。
さっきの情景が脳裏に蘇った。
『すいません、帰ります』
聞いたことのあるような声、だったような。
お待ち~、とばかりにビールがやってきた。
溢れそうな泡と汗の滴るジョッキが五感を刺激した。
まずは、喉を潤してっと、互いに思うところは同じ、冷えた生ビールをグイグイッと飲んだ。
やっぱ、合うな~、焼き鳥とビール。
柚子胡椒がのった串をかじると、ジューシーな鶏の旨味とピリッとした辛みとで、またビールが飲みたくなった。
「美味いな、柚子胡椒」
「この辛さがクセになるな」
腹が減っては、いい考えも浮かばない。
仕切り直しだ、とばかりに、ググっと生を飲み干して、ネギマにカワ、生ビールを2つ追加注文した。
「ピッチ、早いな」
「陽も飲めよ。対策、考えないとな」
「対策?」
「まずは、相手を知らないと、どうにもならない」
「サクラさんのことか?」
「他に何があるんだ」
「大智の方が気合はいってんじゃん、アッ」
疑惑の目で俺を見るから、
「違うからな」
すかざす、言い返した。
「お前が女性のことで一生懸命になるなんて」
「だから、違うって」
「ホントか?」
ぜんっぜん、違う方向で心配をしている陽に言ってやった。
「お前が、珍しく好きな奴ができたって言うから、俺としては、上手くいって欲しいと思ってさ。それに、印象悪くしたしな、力になるよ」
「ハハハ、改めて言われると照れるな。経歴の多い大智に指南してもらえれば、鬼に金棒だな」
「馬鹿にしてるだろ」
「してないよ」
結構、マジで話したのに。
「経歴とかいうなって。鬼に金棒って。久々に聞いたな、そのことわざ」
「あー、そうだな。俺も初めて言ったな」
「ウソつけ」
焼けたネギが食欲をそそるネギマに、パリッと焼かれたカワ、生ビールが到着した。
店に来た時の険悪な空気から一転、和やかな空気の中、互いにジョッキをかざして生ビールを飲んだ。
『俺は、あの女を認めねー』
陽には悪いが、心の中では、その思いでいっぱいだった。
女なんてのは、腹ん中でロクでもないことばっか、考えてるもんなんだ。
俺の、陽の言うところの経歴からすると、俺の知ってる女ってのは、大概がそんなのだ。
あと、付け加えるなら、女は見た目に弱い、だ。
イケメンから言い寄られると、すぐに落ちる。彼氏がいても、お構いなしで乗り換えてくるのさ。
だから、あの女の化けの皮もキレイに剥いで、陽の目を覚ましてやる。
そう思うと、メラメラと闘志が満々と沸き上がってきた。
とりあえず今は、女を調べるのが先決だな。
『待ってろよ、スエット女!』
ネギマを横からかぶりつき、ギュイッと引っこ抜いた。
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