第25話 楽しい余韻と目撃者
「なーんか、すっごいアットホームなお店だったねー」
顔にあたる冷たい風を心地よく感じながら、隣を歩く風くんに声をかけた。
「何度か行ってるけど、あんなのは初めてで驚いた」
風くんも同じように感じているのか、上着の前は開けたままだ。
乾杯の後、周りから色々と声をかけられ、受け答えしながら食べて飲んでいるうちに、結構飲んでしまった。
でも、お陰で微妙だった風くんとも、普通に話せてる。
「おじさん達、みんなイイ人ばっかりだったねー」
「おじさんしか、いなかったけどな」
「アハハ!確かに」
本当にどの人も気さくで、ご陽気で、ついさっきまで知らない者同士だったのがウソのようだ。
「すっごい楽しかったー。あんなに知らない人とワイワイ飲んだの、初めてかも。また一緒においでって、豊三おじさんが」
「誰、それ」
「カウンターの端にいた人」
「マジ!なんで?」
「あんまりにも嬢ちゃん、嬢ちゃんって呼ぶから、私は木村ですって言ったら、俺は豊三だって返されたの」
その時のドヤ顔を思い出して、クスッと笑ってしまった。
風くんは、明らかに呆れ顔だけど。
「はぁ?」
「豊三おじさんがね、風くんと私が付き合ってるって誤解してて。何度も違うって言ったんだけど。喧嘩はいいが、その後は絶対仲直りしなきゃならん、ってすごい力説してくるから、ふふっ、面白くって、もういっかーって、なっちゃった」
豊三おじさん風に、言ってみた。
狭い店内で、みんな個々に喋ってる感じだったけど、隣で豊三おじさんと大きな声で話していたから、風くんにも聞こえていたと思う。
『似てたかな』
と思っていると、
「面白くないだろ」
一刀両断されてしまった。
「えー、そうかもしれないけど、そこまでバッサリ言わなくてもー」
「なんの話だよ」
『わー、ぜんぜん伝わってなかったぁー』
ガックシきた。
「まぁ、いいや・・・だからね、今度は陽と一緒に行って、で、私の彼氏ですって紹介しようかと、」
「いやいや、待て待て。それはダメだろう」
気持ちを切り替えて話し出すと、風くんが驚いた様子で慌てて口を挟んできた。
「えっ、ダメなの? 陽にも、ジュワ上手おでん、食べてもらいたかったんだけどー」
「そうじゃなくて。ぜんぜん分かってないな。てか、陽も店に行ってるから、おでんの味は知ってる。じゃなくて、だな。俺と付き合ってるって誤解されてるとこに陽を連れてったら、ややこしくなるだろーがっ」
「え、ややこしく? そう? 別にややこしくはならないと思うけど」
「なるんだよっ」
なんで分からないんだ、という感じで見られた。
『なーんか、ご機嫌ナナメなようで』
「ふーん・・・・、じゃ、行く時は風くんも誘うよ」
「は? 今の、聞いてたか? 解決になってねーじゃん。だいたい、木村さんが見合いをハッキリ断ったって言ってくれれば俺だってあの時、てか、そもそも見合いなんか行かなきゃよかっただろっ」
「それは仕方ないじゃない、お母さんが勝手にお膳立てしたんだから。ハッキリ、ってねー、私は誤解のないように、キチンと話をしようとしただけよ」
「で、誤解されてたら意味ねーじゃん」
「誤解は風くんに、ってことよ。他の人は、イレギュラーでしょ」
お互いに、だんだんとヒートアップしてきて、声が大きくなってしまった。
店を出てから、再び商店街を歩く2人に、周りから視線が集まる。
「やめよーぜ」
小さく息を吐くと、風くんがそう言った。
売り言葉に買い言葉、風くんといると、いつもこんな感じになる。
『喧嘩なんてしたくないのにな』
そう思っていると、
「でも、考えてみたら、すっげーかも、俺」
急にククッと笑い出すから、何事かと思って、風くんの顔を下から覗き込んだ。
「ナニが?」
「だって、今まで女性とこんなふうに普通に言い合いしたの、初めてだ」
「またまたー」
「ホントだって」
何気に疑問が湧いてきて、聞いてみた。
「風くんって、本気で好きになって、つき合ったことないの?」
「ナイね」
サラリと答えられたので、こっちがビックリした。
「ウッソ、ホントに?」
「ホント。ノリとか遊びではあるけど、大抵相手の方から迫ってくるから、俺から好きになるってないな」
うわっ、出たよ、イケメン発言。
これだから、顔のイイ人ってのは。
「木村さんはあるワケ?本気でつき合ったこと」
「それは・・・」
自分の恋愛を思い返してみて、果たしてあれが本当に好きだったのか、と思うと微妙だ。
推し的に好きって部分の方が大きかったように思う。
前に陽と一緒の時にも漠然と思ったけれど、急に今、自然消滅の原因はそこにあったんだ、とすんなり納得というか、強い確信みたいなのを感じた。
今、陽のことを好きだと思う自分と、昔の自分は全然違う。
好きの度合が、ぜんぜん違うんだ。
「ほら、そんなもんだろ」
風くんが、見切ったように軽く笑いながら言ったから、何とも言えない複雑な気持ちになった。
「素のままで女性と喋ってるって、俺的にすげーレアだわ、ホント。木村さんってさ、俺に興味ないよね?」
「どういう意味?」
「あー、ヘンな意味じゃなくて。俺、大概、色眼鏡で見られるし、すぐ言い寄られたりするからさ。でも、木村さんには、そういうところがぜんぜんないから。だからかな、こんなに普通なのは」
うわー、すんごいこと言われた。
まぁ、私の好きは、そういう意味での好きではないもんねー。
隠してるし、でも推し的にはガッツリ、イケちゃう。
じゃなくて・・・
風くんも好きになった人の前で、そのままの自分でいられたらいいのに、と思う。
陽との繋がりがあるから、少しだけ私に気を許してくれているんだろうけど、でも、本当に誰かを好きになったら、こんなことも当たり前になって、これまで持ってた女性に対する感情も払拭されるんじゃないのかな。
「木村さんってさ、見た目、大人しそうなのに。結構ズケズケ言うよね。言い返すし」
「なによー、また喧嘩売ってんの?」
「違う、違う。ハッキリしてて、いいなって話」
うわぉ、その笑顔はダメでしょー、私に向けちゃ。
不覚にも、ドキッとしちゃったよ。
「私、思うんだけど。風くんもさ、もっといろんな女の人と関わってみたら?見た目とかで、そうできないところもあるだろうけど、ちゃんと風くんを見てくれる人は、きっといるよ」
「うーん、それはどうかなぁ。めんどくさそうだし」
「そんなこと言ってたら、いつまでも今のままだよー」
「ま、いいよ。暫くは、陽と木村さんのお邪魔虫してるよ」
「えー、それはイヤだー」
可笑しそうにハハッと風くんが笑うから、恨みを込めて、背中をパンッと叩いてやった。
そんな2人をジッと見つめる女性がいた。
「あれって・・・」
「どうした?詩織」
「ううん、なんでも。今日は、素敵なプレゼント、ありがとう。大事にするね」
「よかった。そのカバン、欲しいって言ってたもんな」
商店街の中を、仲良さげに歩くカップル。
女性は、洋風人形を思わせるような美人で、プレゼントの入った紙袋をとても嬉しそうに持って、男性に笑いかけた。
その笑顔は、花が咲き誇るかのように眩いほどで、行き交う人々の視線を集めていた。
その女性の名は、阿部詩織。
以前、風くんに告白した人だった。
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