第26話 奇妙な集まり
「木村さーん。お昼、ご一緒していいですか?」
今、唐揚げを頬張ったばかりで、口の中がいっぱいで言葉が出なかった。
頬張ってなかったとしても、今の状況では、きっと言葉は出なかったと思うけど。
それぐらい、驚きの出来事だった。
会社のお昼休み。
唯ちゃんと香織さんの3人で、食堂で定食を食べていた。
もう数日で年末に突入という時期で、月末というのもあって仕事は大忙しだ。
だから、少しでもスタミナを、と思って今日は唐揚げ定食にしたんだけど、そこに阿部さんがやってきた。
しかも1人で。
返事も出来ずに、口を押えてもぐもぐしていると、
「お昼から唐揚げって。胃もたれしません?」
軽くジャブを打ってきた。
『大きなお世話っ』
と思ったけど、もぐもぐ中だったので、心の中で毒ついた。
「そういう阿部さんは?」
「はい、手造りのお弁当です」
向かいの席に座る、香織さんの言葉に、阿部さんは手に持つお弁当の包みを軽く上げて、可愛く笑った。
「お母さん、朝から大変ねー」
「自分で、作ったんです」
唯ちゃんが口を挟むと、力強く言い返して、私の隣に当然のように座った。
「近藤さんと岡田さんは、今日は休み?」
「いいえ、来てますよ」
驚いて、当然の疑問を唯ちゃんが口にすると、普通に返してきた。
想定内なのか、はたまた気にしていないのか、阿部さんは動じることなく、持参のお弁当を広げだした。
卵焼きにアスパラの肉巻き、ブロッコリーにふかし芋、それに小さなおにぎり3つ、といった見た目にも彩り豊かな内容で、彼女にピッタリの小さくて、可愛らしいお弁当だ。
私の視線に気が付いたのか、
「焼く時に、油はしっかり落とした方がさっぱりしてて美味しいですよ」
アスパラの肉巻きをお箸でつまんで、口にいれた。
何気に棘を感じつつも、もぐもぐと食べる阿部さんの姿を、ついジッと見てしまった。
『綺麗な人推しとはいえ、ナニ見てんの、私っ』
自分に叱咤しつつ、冷静を装いながら聞いた。
「2人とは、別なの?」
「ここの野菜のスムージー、すっごくいいんですよ。足りないビタミン、ミネラル、食物繊維なんかを一度に補えるんですから」
「・・・うん」
意味が分からず、生返事になった。
見ると確かに、ストローの刺さった青々としたミドリのスムージーがお弁当と一緒に置かれている。
「これ人気なんで、早く来ないとなくなっちゃうんですよねー」
「いっがーい。2人に、買いに行かせてるのかと思ってた」
「そんなこと、しません。これを買いに、自分で早め来たんです」
唯ちゃんが驚いた顔で答えると、少しムッとしたようで、自分という言葉に力がこもった。
「2人に仕事押し付けて、1人で早めに来たワケね」
「・・・・」
今度は、香織さんが切り返すと、無言になってしまった。
『エー、黙るって。認めるんかーい』
言いたい言葉を我慢して、
「私に、なんか用事?」
不穏な空気を変えようと、声をかけるとハッとしたように、阿部さんは私を見た。
長いまつ毛に縁どられた瞳は黒目が大きくてパッチリしていて、スベスベしたピンク色を帯びた頬は張りがあり、赤い艶のある唇は可愛さの中に色っぽさを醸し出していて、間近で見る阿部さんは、本当に可愛くて、女の私でもドキッとしてしまった。
「詩織」
何かを言いかけようとした時、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
見ると、近藤さんと岡田さんがこちらに来るのが見えた。
「今日は、どうしたの?」
「たまたまね、一緒になったのよ」
近藤さんの目が、どうしてここに座っているのか、といった感じで私達3人を見た。
「たまたまじゃないでしょ。声をかけてきたのは、そっちでしょ」
阿部さんの言葉に、香織さんが反発した。
「席を探してたら、たまたま木村さんがいたのでご一緒させてもらったんです」
慌てるように説明しだしたけれど、明らかに偶然じゃないと思っているこちらとしては、
「ふーん」
だった。
「混んできたんで、すみません、私達もご一緒させてもらってもいいですか?」
後ろから、岡田さんが言ってきた。
ある意味、すごいな、ときっとここにいる全員が思ったはず。
だって、この空気。
普通、避けるでしょ。
とげとげしい空気の中、岡田さんは向かいの香織さん、唯ちゃんの並びの隣に座り、引きずられる様に、近藤さんは阿部さんの隣に座った。
「唐揚げ定食、いいですねー。もう、SOLD OUT になってましたよ」
そう言って、岡田さんはケチャップのかかったオムライスをパクリと、食べ始めた。
『KY なの?天然なの?それとも大物なの?』
どちらにしても、岡田さんのお陰で空気がシラけて、おのおのが食事を進めた。
「総務でも、最終日は掃除とかやってんの?」
「あります、あります。半日しか稼働出来ないので、もう最終日は予備日のつもりでやってます」
「そうよねー、どこの部署も、同じね。うちの課長、こんな時だけ、やたらと張り切るからさー」
「結構マジで掃除するよね」
「そう、そう」
「そうなんですねー。総務では、個々でやってる感じです」
向かいの席では、3人が話を繰り広げ始めた。
こっちサイド3人は誰かがしゃべるというよりも、向かいの話にワザと加わってるといった感じで、頷きつつ、もくもくと食べ進めた。
私としては、わざわざ声をかけてきた阿部さんに真意を確かめたかったけど、今更聞くのもどうかと思えたし、あと、どうしても一抹の不安がよぎって聞くに聞けないでいた。
『阿部さんが私に関わってくるって、どう考えても、風くんがらみだよねー。でも、もし、本当にたまたまだったらって、ナイかぁー。あー、なんだろ。仲を取り持て、とかって話かなぁ』
悩ましい現状にうんざりしながら、最後の唐揚げにかぶりついた。
食事も終わり、奇妙な集まりもやっと解散となった。
「じゃーねー」
「はーい、頑張って下さーい」
唯ちゃんと岡田さんは、意外にも打ち解けたようだ。
2人を横目にエレベーターホールをぬけて、階段を目指した。
総務部は1階、営業部は4階だから、軽く運動も兼ねて階段で上がって、途中でトイレに寄って化粧直しして、と考えていたら、名前を呼ばれた。
「木村さん、探してたんだ。昨日、帰りに話してた伝票の話、」
振り向くとエレベーターホールからこちらに走り寄ってくる、風くんが目に入った。
と同時に、今別れた阿部さん達の背中も風くん越しに見えて、こちらを振り返ったのが見えた。
しかも、『昨日、帰りに』と言った言葉に、心臓が一気に跳ね上がり、パッと顔を背けてしまった。
『阿部さんは、今の、聞いた?』
別に悪いことをしているワケじゃないし、堂々としていればいいのかもしれない。
でも、そこまで面の皮は厚くない。
お昼休み、ただでさえ社員の往来の激しい時間だ。
阿部さんだけじゃない。他の人にも今の状況をどこまで把握されただろう。
「木村さん、聞いてる?」
風くんにグイッと腕を引っ張られ、自分の思いに沈んでいたことに気がついた。
反応の薄い私に苛立ったのか、風くんは腕を掴んだままエレベーターへ私を引っ張っていこうとするから、そちらへ行きたくない私は、ググっと踏ん張って抗った。
「ちょっと、ごめん。私、か、階段で、戻るから、」
「急いでんだよ」
最後まで言い終えないうちに、グイグイと引っ張られ、階段を走って4階まで上る羽目になってしまった。
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