第27話 一難去って・・・
「社長決裁、貰えた。うわ、もうこんな時間、ぎりぎりだな。先方に、これ持って行ってくるから直帰にしといて。あと、今回の伝票分だけ処理、よろしく。じゃ」
そう言って風くんは、書類をまとめてカバンに入れると、急いで出て行った。
私はそれを、呆然と眺めるように見送った。
お昼明け、風くんに引っ張られながら、階段を全力で駆けあがったせいで、ぜーぜー、と息が上がった状態の私に、風くんはすぐに参考見積を作れと言ってきた。
息も整わないうちにパソコンの前に座らされ、横からあーだこーだと指示されて、大まかとはいえ大量の材料費を調べながら打ち込むこととなった。
毎回定期的に行っていた工事を見直し、新しく工場を立て直そうかという話が先方から出てきたらしく、風くんはその新工場の案である、たたき台が必要だったらしい。
もし、上手くまとまれば、億単位の仕事になるから、必死になるのも分かる。
分かるんだけど・・・
そんな大きな案件をこんな短時間で作るなんて、無茶苦茶すぎる。
「大丈夫?サクラちゃん」
「うん、まぁ、なんとか」
机の上に突っ伏していると、唯ちゃんが来て、椅子を引っ張ってきて、横に座った。
「風くんが必死すぎて、ビックリー」
「おっきな案件だから、取りたいんだろうね」
「そういえば、長谷くんもその会社に調査行ってたなぁ。急に決まったって」
「他と競争になるだろうし、少しでも先手打っときたいんだろうね」
「必死になる、風くんかぁ。ちょっといいかも」
「えー、どうしたの?」
「いつもは余裕スマイルのスマート男子なのに、必死になって仕事に打ち込んでる姿って、グッとこない?」
「エー、怒涛すぎて、鬼に見えたけど」
「アハハハハ、見てて、気の毒~って、思ってた」
「でしょー」
「でも、風くんってさ、何気にサクラちゃんにはガード弱いよねぇ」
「え?」
「人当たり良さそうに見えるけど、女子には近づかないっていうか、一定の距離をとるでしょ。それなのに、サクラちゃんには距離が、異常に近いのよねー」
異常に、って言葉に、力がこもったように感じたのは、気のせいかしら。
確かに、陽のこともあって、最近は接触が多いように思う。
こんな時の為に、頑張って進めてきた接触注意事項、気を引き締め直さないと。
「そりゃそーでしょ。すっごい数だったのよ、調べるの大変だったんだからー。1人じゃ、到底ムリ」
誇張するように、横に置かれたカタログをポンポンと叩いてみせた。
「まぁーねー、新工場ともなるとねー。でもさー、急にサクラちゃんの腕を掴んで階段を駆け上がるなんて。そうないと思うけど。なーんか、映画のワンシーンみたいで。見てた女の子達からキャーッって叫ばれてたわよ」
思い出したくないことを言われ、またまた突っ伏してしまった。
「ハァァァ、それね。風くんもテンパってたし、仕方ないよー。あぁ、また、あれこれ言われるんだろうなぁ。考えたくなーい」
「言われるのは、言われてたけど。今回は仕事絡みだって分かってるから、ヘンな噂にはならないと思うよ」
「ナニ、それ。どういうこと?」
「この件で、風くんがあっちこっち動き廻ってて、設計にも直接話をしに行ったみたいだから。社内でも、」
「そこじゃなくて。噂?って、ナニ」
ものすっごい気になる事を言われ、聞き返した。
「えっ、だから、風くんの噂」
「うん、それはそうね、そうなんだけど。そこにさ、私の名前とか出てきたりするの?」
「それは、あるよー」
「えーーーー、教えてよー。唯ちゃんっ」
ビックリし過ぎて、思わず唯ちゃんの手を握ってしまった。
「アハハ!大丈夫よー、サクラちゃんには、出来立てほやほやの彼氏がいるから、って言っといたから」
『間違ってないけど、その表現はどーなの』
なんとなく、棘というか、なんというか、微妙だ。
「私、パソコンの前で2人して頭を突き合わせて仕事してるの見てて、思ったんだけど、サクラちゃんと風くんって、すっごい仲良いよねー。友達以上恋人未満?、みたいな。うふふ、やっぱり、サクラちゃん。2人の男性の間で、揺れ動いちゃってるのかしら?」
人差し指を頬にあて、可愛い笑顔で軽く首を傾げて話す唯ちゃん。
すっごく可愛いいんだけど、その笑顔の目に影を感じる・・・
出来るだけ普通に、素な気持ちで答えた。
「ぜんっぜん、ナイから、それ」
「えー、ホントにー? つまんなーい」
のけ反る様にして声をあげた、唯ちゃん。
あぁ、彼女はこういう人だった、と改めて思った。
悪い人じゃないんだけど、何でも聞きたがって話を大きくするというか、ちょっと話に余計なスパイスを加えたい人なのだ。
「ぜんっぜん、つまんなくないからっ」
「あー、アハハ、ジョーダンだって。あ、他に入力あったら手伝うよー」
「うん、大丈夫、ありがと」
少し強めに言うと、軽く笑って、唯ちゃんは席を立っていった。
複雑な気持ちで、唯ちゃんの後ろ姿を見送った。
『もっと、気を引き締めないとダメだなぁ。今日は仕事だったから、仕方なかったとして。他の人にどう思われてるか、分かんないや。大体、風くんも普通に言ってくれればいいのに。あんな目立つこと。あーあぁ、阿部さん、見てたよねー。わざわざ声をかけてきたってのも、気になるし。また更衣室で、質問攻めに合わされるのかなぁ、ヤダな~』
見積作成で、ものすっごい疲れたのに、更に疲れが上乗せされたように感じて、溜息をつきつつ、入力画面を立ち上げた。
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