第22話 可笑しなお見合い

「娘の桜子です。よろしくお願いします」


 ビックリするくらいの猫撫で声で母が挨拶するので、後ろから手が出そうになった。

ついさっきまでとは、180度違う声と態度。


「まぁ、ステキな娘さんねー。やっぱり、女の子がいいわねー、木村さん」

「そんなことないですよ。文句ばかりで、女の子より男の子の方が断然優しくていいですよ」


『あぁ、どうして母親同士って、こんな不毛な話をするんだろう』

 顔が引きつって、愛想笑いも疲れる。


「母さん、話なら席についてからにしたら?」


 母の友達、後藤さんの後ろに立つ男性が、長くなりそうな話を上手く切り替えてくれた。

 短めの髪に、引き締まった体を誇張するようなスレンダーなスーツが似合う色黒のスポーツマンタイプの男性だ。

目が合うと、軽く会釈されたので、こちらも会釈して返した。

 ホテルの吹抜けの広いロビーの奥にあるカフェに入り、暖かな光が差し込む大きなガラス張りの窓際の席に案内された。

窓からは、庭園の緑が見える、落ち着いた雰囲気の店だ。


「息子のアキラです」

「後藤 成です。どうぞ、よろしく」


 母親の紹介から、本人が気さくな感じで名前を名のった。


「娘の桜子です」

「木村 桜子です。よろしくお願いします」


 こちらも名前を名のりつつ、心の中では、

『あぁ、この人、苦手かもー』

だった。

 見るからに、スポーツをやってます感がスゴくて、万年飲み三昧、うだうだゴロゴロが大好きな私とは、全く違う世界の人だ。

 それに、初対面で気さくに話すのも、一般的には好感度がイイのかもしれないけど、私からしたら軽視されているように思えて、ダメだ。

と、相手を観察しながら、逆を考えてみた。

『彼からすれば、私は自分に合わないって、フツーに思ってそうね。彼みたいな人には、もっとこう、ハツラツとした若い女性の方がお似合いだもん。

ハツラツなんて、とうの昔にどっかいっちゃったし、今日で三十路の私なんて、お呼びじゃないわね』


「どちらにお勤めなの?」

「ご趣味は?」


と、ありきたりな質問のような、会話のような話が続く。

 こっちに話が向いた、と思っても、答える間もなく、母達の話にすり替わっていく。

それはそれで無駄に話をしなくて有難いけど、後藤母の息子自慢がスゴ過ぎて、ちょっと引く。

 今のところ、分かったことは、有名AT企業の営業マンで、趣味はサーフィン、なんだそうだ。

ますます話は、合わなさそう。


「じゃ、あとは2人でね」


 小一時間は十分話し切った母達2人は、やっと重い腰を上げて店を出て行った。

 ホッとして、吐息が漏れるのを最小限に留めていると、


「はぁ~」


 大っぴらな吐息が目の前の人から聞こえた。

見ると、ソファの背もたれに両腕を引っ掛け、顔を上にあげて、のけ反っていた。


「アンタも、母親に言われてついてきたクチだろ」


 そう言って指を、指された。

その動作に少しイラっとしたけど、間違ってはいないので頷くと、彼は店員を呼んでビールを頼みだした。


「アンタは?」


 またアンタって言ったので、これにもイラっとしたけど、もうお見合いではないな、と思うと、無性にビールが飲みたくなって頷いた。

 店員が去った後、スーツのポケットに手を突っ込んで、タバコを取り出すと、


「ちょっとワルい。吸ってくるわ」


 そう言うと、サッサと立ち去ってしまった。

 騒がしい人だな、と彼の背中を見送りながら、ソファの背に身を任せた。

 今日のお見合いといっていいのか分からないけど、相手も形だけだったみたいで、良かった。

にしても、うちのお母さんの方が、着合い入ってたみたい。

『朝早くから電話をしてきて、早くホテルに来るように言われて、来たらいきなり振袖だもんなぁ』

わざわざ着る必要は、全くなかった。


「・・・疲れたなぁ」


 結婚していないから、振袖を着るのは普通なんだけど、自分の年齢を思うと、少し恥ずかしい。

今回がダメって知ったら、お母さん、また次って考えそうで怖い。

その度に、これを着せられるのかと思うと、もっと怖い気がした。

『でも、その可能性はあるわけで・・・』


「あの、」


 目を閉じて、物思いにふけっていたら、若い女性の声がして、目を開けた。

 ショートカットの、ほっそりとした背の高い若い女性が立っていた。


「後藤 成、を知っていますか?」


 一瞬、誰か分からなかったけど、今しがた目の前にいた男性が、そんな名前だったはず。

 頷いて、ハイ、と言いかけると、彼女は最後まで聞かずに、私の隣にスッと座った。


「彼と、お見合いだったんですよね、今日」


 ジッと見るその目は真剣そのもので、少し切羽詰まっているようにも見えた。

『正直に言っていいのかな? お見合いはダメになったけど、それを知ってるのは今のところ私と彼だけだし、そもそも、この女性が誰か分からないのに答えるのってどうなんだろ。

でも、わざわざ彼を探しに、ここに来たってことは』


「彼女さん、ですか?」


 疑問を、そのまま聞いてみた。

 なのに、


「・・・・・いえ、今は、付き合ってないです」


 彼女じゃナイんかーい。

 って、今はって、どういうこと?


「カナデ?」


 ぐるぐると考えていると、当の本人が戻って来た。

やっぱり、知り合いみたいだ。

名前を言ったし、それに、2人の間に流れる微妙な雰囲気が、友達とは違う感じがする。

 彼女は、サッと立ち上がって、彼と向き合った。


「アキラ・・・」

「何しに来たんだ」

「ごめんなさい。でも、私、」

「もう俺達は、別れたんだろ。カナデが、無理だって言ったじゃないか」


 エー、なにー、この展開。

 目の前で、ドラマのような事が繰り広げられて始めた。


「うん、アキラのお母さんに反対されて、私じゃ、無理って思ったの。私じゃ、アキラに相応しくないって」

「なんだよ、それ。勝手に、決めんなよ」

「うん、ごめんなさい」


 彼女は俯き、今にも泣いてしまいそうだ。

 いやにシンッとした空気に、周りを見ると、誰も彼もがこちらを見ていた。

 ホテルの静かな雰囲気の中で、大ぴらに言い合っているのだから目立つのは当然で、でも2人は、そんな周りなど見えていないのか、まだ話を続けていく。


「私、やっぱり、別れたくない。もう一度、やり直したいの」

「・・・今更、遅いよ」


 エー、未練アリアリなのに、どうしてー。

 折角、彼女が言ってくれてんのにー。


「今日の見合いの相手は、母さんのツテのある人だから、無下に出来ない」


 そう言って彼が私を見た。

すると、彼女もつられるように、私を見た。

2人して見られ、驚いたのは、こっちだ。


 ちょっと、ちょっとー、私?

 私が原因?

 アンタだって、あ、アンタって言っちゃった。

 ま、いっか。

 アンタだって、さっき自分で言ってたじゃない。

 母親に言われてついてきたって。

 なんで、私のセイみたいに、なってんのよ。


「お見合い、断ってくれませんか? アキラは、かっこいいし好きになるのは分ります。

でも、私、アキラのこと、真剣に好きなんです」


 今にも泣きだしそうな潤んだ目で、彼女がまた私の隣にきて言った。


 いやいやいやいや、ちょっと待って。

 私がコイツのこと、好き?

 ありえないでしょ。


「カナデ、やめろよ」

「どうして? 私の方がアキラのこと、好きなのに」


 いやだぁー。

 公衆の面前で、こんな恥ずかしいこと言う人、初めて見た。


「あの、私は別に、好きってワケじゃなくて、」

「じゃぁ、やっぱり、お義母さんの顔を立てて、ですか?」


 話を訂正しようと言いかけたのに、熱くなり過ぎてるのか、彼女に話をすり替えられてしまった。


 人の話を最後まで聞いてよ。

 そんなこと、言ってないじゃん。


「俺の親だけの問題じゃない。彼女の親にも会っているし、今すぐ、俺達だけで決められないんだ」

「それは、そうだけど」


 盛り上がる2人に、邪魔者でしかない私。

 なんだか、だんだん、ムカムカしてきた。


 なんなの、いったい。

 いきなりやってきて、2人で勝手に盛り上がって、勝手に話進めて、勝手な解釈してさ。

 お見合い自体もそうだけど、アンタたちの恋愛事情なんて、私に関係ないじゃん。

 私にだって、陽っていう、素敵な恋人がいるんだからねっ。


 バンッとテーブルを叩いて、怒鳴ってやろうかと思った。

 その時、


「大切なのは、お互いの気持ちでしょう」


 後ろから、聞き馴染みのあるバリトンボイスが聞こえた。


「親も大事だけど、お互いが強く思い合っているなら、2人で分かってもらうまで、親を説得するべきだ」


 声がだんだん、近くなる。

 聞き間違うはずのない声。

 私の座るソファの横に立つ、その人を見上げた。


「でも今は、お互いの気持ちを確かめ合う方が大切じゃないですか?折角、彼女がこんな所まで来てくれたんだから」


 私の隣に座る彼女に優しく笑いかけ、それに勇気をもらったのか、彼女は立ち上がった。

見つめ合う2人。


「・・・確かに、そうだよな。俺、カナデに無理だって拒否られて、腹が立って、意固地になってた。当てつけのつもりで、母さんに言われるまま、ここに来たけど。ホントは、俺も、カナデと別れたくない。カナデが好きなんだ」

「アキラ・・・」


 とうとう、彼女の涙が決壊した。

 ぽろぽろと流す彼女を、彼が優しく抱きしめた。

と、パチパチ、パチパチ、と数は少ないけれど、周りから手を叩く音が聞こえてきた。


 私の見上げる先に立っているのは、陽。

いつものビジネススーツではなく、茶色の千鳥格子柄のスリーピーススタイルで、帽子を被っている。

 大きなガラス張りの窓から差し込んできた光が、まるで陽自身が光っているみたいに、陽のシルエットを浮かび上がらせた。

 輝く陽が私を見降ろして、優しく目を細めるのを見た瞬間、胸がギュッとなって、目頭が熱くなった。


「あの、」


 声をかけられ、そちらを見ると2人しっかりと手を繋いで、寄り添うように立っていた。

陽と私を、交互に見るその仕草で、もう分かっているんだと思った。

 立ち上がろうとすると、陽が手を差し出してくれたので、その手をギュッと握って立ち上がった。


「彼は、私の恋人です。もともとお見合いは、お断りするつもりでした。でも、もう、その必要はないみたいですね」


 こちらも意図を含んだ言い方をすると、2人見合わせて、ニッコリと笑みを浮かべた。


「今日は、ご迷惑をお掛けして、すみませんでした。母には、自分から話をしておきます。

カナデの事も、これから根気強く伝えていくつもりです」


 2人共、吹っ切れたようなすごくいい笑顔だ。

 周りから、生暖かい目線というか、よかったねー、と小さく声が聞こえてきて、急に現実に引き戻されたような恥ずかしさがやってきて、2人は軽く会釈した後、いそいそと出て行ってしまった。

 残された私達も、早くここから出ようと思っていたら、


「あのー、ご注文のビール、ですけど、」


 と、店員がビールを持ってきていた。

 出すタイミングを失っていたようだ。


「ありがとう。もらいますよ」


 陽が答えると、店員はホッとしたようにテーブルに置いた。

陽は、周りを気にすることなく、私をもう一度ソファに座らせ、ついさっきまで彼が座っていた目の前のソファに腰を下ろした。


「陽」


 私としては、早くここから出たい思いで彼の名前を呼んだのに、すごく嬉しそうに笑うから、何も言えなくなってしまった。


「俺、桜子に名前呼ばれるの、好きだな」

「え?」

「特別な名前みたいに聞こえる」


 それは、私も同じ気持ちだけど、周りの人の目を思うと恥ずかしくて、上手く言葉に出来ないまま黙っていると、陽は真面目な顔になって、話し出した。


「今日、桜子からの電話を、大人しく待ってるつもりだったんだ。でも、どうせ後で会うならって、色々考えてたら、結局、来てしまった。

そしたら、こんな綺麗な恰好で座ってるし、正直、少し焦った」


 なっ、んの、カミングアウトなの?

 しかも、キレイって。

 そんな欲目で見てくれるの、陽だけなのに。


「カッコ悪いなぁ、俺・・・・、呆れた?」


 ドギマギしながら胸を押さえると、陽は少し俯いて聞いてきた。

 でも、そんなことで呆れるはずもなく、ふるふると顔を横に振った。


「声が聞こえた時は、驚いたけど。姿を見たら、ふふっ、なーんか素敵すぎて感動しちゃった。

私ね、もうちょっとで、またやらかしそうだったの」

「やらかす?」

「うん。だから、陽がきてくれて本当に良かった。助かっちゃった」


 初めは黙って聞いていた陽が、少し驚いた顔になって聞き返してきたので、以前、市役所で大声を出した話を聞かせた。

すると陽は、可笑しそうに笑い出した。


「そんなに、笑わなくていいじゃん」

「桜子らしいなぁ、と思ってさ。じゃ、今日の俺は、桜子の救世主ってとこだったのかな」

「ホント、それ。ちょっとヤバかったのー。テーブル叩いて、叫んじゃうとこだったもん」


 また、笑い出した。

 あんまり楽しそうに笑うものから、こっちもつられて笑えてきた。


「少しぬるくなったけど。カンパイ」


 ひとしきり笑った後、陽がビールグラスを持ち上げたので、私も持ち上げ、軽くグラスを合わせると、コンッといい音がした。

 汗が浮いて、雫が滴るグラス。

 飲むと、


「苦い」

「うん、苦いね」


 ぬるくなって、ビールの苦みが際立っている。


「冷たい上手いビール、飲みに行きませんか? お姫様」

「ハイ・・・・その前に、一般人に戻りたいです」


 陽が、少し冗談めかして言ってきた。

 折角のお誘いで、すぐにでも行きたいとこだけど、そろそろ着物姿が窮屈になってきた。

 袂を引き上げて答えると、陽がまた可笑しそうに笑った。

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