第21話 甘い瞳と心の知感
「料理、冷めちゃって、ごめんね」
悠斗や母親からの電話のせいで嫌な気分にさせた上に、折角の料理も冷めてしまって、申し訳ない思いいっぱいで謝った。
「いいよ。それより、体冷えただろ? スープでも頼もうか?」
「お酒、飲んだら、大丈夫」
「アハハ、ワイルドだなー」
なのに、陽はいつもの優しい笑みで、私を気遣ってくれるから、嬉しくなって親指を立てて答えると、可笑しそうに笑った。
『やっぱり、ハルちゃんのその笑顔、ステキ!
好きー!!』
「じゃ、ワイン頼む?」
「うん?」
珍しい選択に、疑問形になってしまった。
「桜子の誕生日のお祝いに、ワインで乾杯しよう」
「あーハハハ、そこも聞こえてた?」
「うん。出来れば、事前に言っといて欲しかったな。そしたら、日を変えなかったのに」
「まぁ~ね~。でも流石に、自分で言うって、
ちょっと恥ずかしくって」
「恥ずかしがり屋だなぁ、桜子は」
頬杖をついて目を細めて私を見る、その目がなんか、なんかっ、なんだけど。
「・・・うん、ごめん」
意味なく謝って、ドキドキする気持ちから陽を直視出来ずに、目線を彷徨わせ、少し間を置いてから見ると、バチッと目があった。
途端に胸がギュッとなって、更にドキドキして落ち着かなくなった。
「ま、俺としては、早く会いたくて今日にしたんだけど。出来れば、明日も会いたいな」
陽のストレート過ぎる言葉と甘すぎる視線に、お酒を飲まなくても、顔も体も火照ってきた。
と、膝が触れた。
只それだけなのに、ドキッ、と心臓が跳ねた。
「あっ、した、終わったら、電話する」
食事に集中しようと、春巻きを食べたけど、噛んでいても味がわからない。
ゆっくりと陽の片足が、ふくらはぎの間に入ってきて、ごっくんと飲み込んだ時に、片足を陽の足に挟まれ、春巻きが詰まりそうになった。
なんとか飲み込んで見ると、嬉しそうに甘く笑う陽と目が合った。
「うん、待ってるよ」
今日は、キュロットスカートにロングブーツで、陽だってズボンをはいてるし、足が触れるなんてありがちなことなのに、何故か生々しく感じてしまう。
ゆっくりと陽の体温が伝わってきて、気になって食事どころじゃなくなってきた。
「ボトルで頼もうか。白と赤、どっちがいい?」
ドギマギしている私をよそに、普通すぎる陽の態度に、恨めしさを感じる。
にこやかに笑みを浮かべながら、私の足と自分の足を絡めるように動かしてきた。
「・・・っ、ハルちゃん」
今ので、一気に急上昇。
切羽詰まって声をかけると、メニューを見ていた陽が顔を上げた。
「どした?」
「・・・イジワル、しないでよ~」
半べそ気味に、陽に懇願した。
こんなことは初めてで、気持ちがいっぱいいっぱい過ぎて、どうしたらいいのか分からない。
「えっ? イジワルなんかしてないよ」
「でも~」
足をもじもじと動かした。
すると、陽はクスクスと笑い出した。
「ゴメン。嫌だった?」
「嫌っていうか・・・私、どうしたらいいのか、わかんない」
「嫌じゃないなら、桜子はそのまま、座ってくれてたらいいよ」
「えー」
『そんなの、ムーリー』
と心の中で叫んだ。
「ほら、食べてると手が塞がるだろ。でも、ずっと繋いでいたいから、足、なんだよ」
『ぜんっぜん、意味わかんない』
そう思ったら、少し照れ臭そうに少し小声で、
「俺が、そうしていたいだけだから、ダメ、かな」
って、そんな可愛く言われたら、断れないじゃんっ!
むぅっと返答に困っていると、
「じゃぁ、こうかな」
そう言って、足を動かして自分の靴で私のブーツを挟んだ。
「これくらいなら大丈夫だろう」
「・・・うん」
もう、ダメだ。
陽の私に対する甘々な気持ちが伝わってきて、頷いてしまった。
『どうしちゃったの?ハルちゃん。もともとストレートな感じだったけど、今日はグイグイ来る~』
「んで、どっちがいい? 白と赤、ロゼもあるよ」
「白で、お願いします。グラスでもいい? ワインは、そんなに飲めないから」
「んー」
少し残念そうな陽には悪いけど、ビール派の私としては、ワインの良し悪しが正直あまり分からない。
「じゃ、明日、また食事に行こうか。どこでも桜子の好きなとこ」
「えっ、いやいやいやいや、流石に明日なんて無理でしょ、クリスマスだし。それに、明日は、どうなるか、分からないし」
「そっか」
急に空気が沈んでしまった。
この話題に触れたくなくても、ついさっきの今で、気にならないワケがない。
「明日は、お母さんの友達の息子さんと会うみたい。あ、お母さんも一緒だよ。お見合いっていうより、顔合わせな感じ? いい歳して独り身の私を心配しての、お母さんなりの親心みたい」
「俺と付き合ってるって、言ってないの?」
「言ったよ。でも、会う話が決まった後だったから、形だけでもってことになったの」
『って、言った後、すかさず陽と結婚するのかって、聞かれたんだけど』
でもさ、そんなの分かんないじゃん。
付き合ったばっかりで、結婚なんて、いきなり聞けないし。
私だって、陽のことは好きだけど、結婚って言われると、実感がわかな過ぎて、分からない。
「明日が済んだら、桜子のご両親に挨拶しに行くよ」
「えぇっ!」
「そんなに驚かなくても。なんか、問題ある?」
「・・・ううん、ぜんぜん」
ビックリして、声が大きくなってしまった。
『そんなことになったら、お母さんのことだもん、結婚は?って聞いてくるよ、絶対』
きっと、深くは考えていないだろう陽に、どう伝えればいいんだろう。
「と、りあえず、明日会って、ちゃんと断ってくるね」
「あぁ」
「じゃぁ、やっぱり、ワインじゃなくて、生ビール頼んでもらおっかなー」
「ハハ、オッケー」
陽が、店員に手を上げた。
「今日は、ありがとう」
買ってもらったマフラーを早速つけて、店を出た。
「こっちこそ、手袋、ありがとう」
陽も、私が選んだ牛革の黒い手袋をつけてくれた。
「このチェックがイイよねー」
裏地の赤いチェック柄が、さり気なく見えるところが、お洒落だ。
手袋をはめた陽の手を持ち上げ、見ていると、クスクスと笑う声が聞こえた。
「なーに?」
「いや、本当だな、と思ってさ」
「何が?」
「つけていると、毎日一緒にいるみたいだって、そう言ってただろ。さっき」
あの時は、本当にそう思って言ったけど、改めて言われると、恥ずかしくなってくる。
と、陽が今、はめたばかりの手袋を片方取って、私に差し出してきた。
「はい」
「私? ハルちゃんが付けなきゃ。手が冷たくなっちゃうよ」
「うん、だからね。こうするんだよ」
急かされるように左手に手袋をつけさせられ、空いた右手は陽に握られ、彼のコートのポケットに納まった。
「これなら、2人とも寒くないだろ」
ニコッと笑う陽の顔が子供みたいで可愛くて、寒いどころか、熱いくらいに胸がギュッ、となった。
きっとこの手袋を見るたび、今日のことを思い出して胸が温かくなるんだろうな、と思いながら歩いていると、
「手袋をつける楽しみが出来たな。つけるたびに、桜子を思い出すよ」
陽も、同じようなことを言うから、
「私も、マフラーをつける楽しみが出来たよ。陽を思い出すから」
嬉しくなって、そう答えると、
「一緒だ」
と言って、繋いだ手をグイッと引っ張り、もたれかかって来た。
「ハルちゃん、えっ、なんで、重いんだけど。ちょっと、離れて、歩きにくいよ」
そんな私を見て、陽が楽しそうにグイグイと押してくるから、こっちも仕返しとばかりに、押し返しながら歩いていると、大通りに出た。
「わっ、キレー!」
通りに植えられた木々にカラフルなイルミネーションが飾られ、頭上から光が降り注ぐように輝いていた。
「近くで見ると、圧巻だなぁ」
「見て見て、ハルちゃん。色が違うよ」
通りを見ると、先も後もゴールドやホワイト、ピンクやパープルといったカラフルな色がずっと先まで輝いている。
「エリアごとに、色が違うんだって」
「へぇ、そうなんだー。いいなぁ、ハルちゃん。毎日、見れるんでしょ」
「・・・正直、あんま見ない、かな」
「なんで?」
「そこ、地下鉄の入口だろ。すぐに降りてしまうから」
「じゃぁ、今日は、次の駅まで歩いて堪能しようよ」
「結構、距離あるよ。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
子供みたいに、繋いだ手をユラユラと揺らして歩く。
見上げると、イルミネーションがキラキラしていて、夜空を明るく照らす天の川みたいに見えた。
「幻想的~」
届くはずもないけれど、手をあげて伸ばしてみた。
と、自転車がサッと走って来て、陽にグイッと引っ張り寄せられた。
「あっ、ぶな~。大丈夫か?桜子」
私を心配して、真上から陽が顔を覗いてきた。
光の幻影を映す、陽の瞳の中に自分の影が見え、思いのほか距離が近い事に気がついて、お互いに慌てて離れた。
そんな自分達2人が可笑しくて、くすぐったくて、笑いが込み上げてきた。
「ふふっ、なーんか、可笑し」
「やっぱ、手はココが一番、だろ」
笑う私の手を優しく取り、陽はまたポケットに入れた。
2人して、またゆっくりと歩き出す。
陽を見ると、私に優しく笑みを向けてくれるから、私も笑い返した。
お互いに、言葉は少ないけれど、キラキラと降り注ぐ光の中を一緒に手を繋いで歩くのは、すごく素敵で、すごく満ち足りた気分だ。
『すっごいステキなクリスマスイブ。こんな素敵なのは、初めてだな』
これまでの自分の人生を思うと、こんなに自分を好いてくれて、気遣ってくれる人に会ったことがなかった。
自分のことを思ってくれる、大事にしてくれるって、こんなにも嬉しいことなんだと初めて知った。
『自分が、推しが好きで、好きでいるのとは、全然違うな。好きの度合が違うんだけど・・・そっか、私、ちゃんと恋愛、してなかったんだ。
相手をちゃんと見てなかった、表面でしか見てなかったんだ』
これまで付き合った人と、いつも関係が上手くいかず自然消滅してきたのは、自分の会話力とか、話を盛り下げるとかって思っていたけど、そうじゃなくて、私が相手の見たい部分しか見ていなかったから。
ちゃんと向き合っていなかったんだ。
ふっと、風くんが、女は顔しか見ていない、と言った言葉が頭に浮かんだ。
私も、その女性達のうちの1人だと思うと、申し訳ない気がしたけど。
『私の場合、そこは恋愛じゃなくて、推しだもん。心の内で思うのは、私の自由でしょ』
と、推しについては勝手に理由づけした。
「疲れてない?」
「うん」
陽が優しく声をかけてくれた。
その気遣いに、また心が温かくなる。
『明日は、絶対、お母さんにナニを言われようと断ろう。結婚とか、先の事は分からないけど。でも、陽を好きだって気持ちは、本当だもん。私も陽の気持ちにちゃんと向き合おう』
そう、強く思った。
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