第23話 雨降って地固まる? -陽-

「お待たせしました。ホットコーヒーです」

「あー・・・・・、どうも」


 店員が去った後、ソファに身を沈めるように座った。

 ソファの後ろには、観葉植物が置かれているから、こっちを見ても俺だと分からないはずだ。

けれど、よくない事をしているという気持ちから、隠れたくなる。


「何やってんだ、俺」


 自問自答しつつも、意識は窓際の席へと向かう。

 カフェの入口近くに座ったので、ここからだと距離があって、話す内容までは聞こえてこない。

 伺い見ると、相手の男性とその母親は背中しか見えない。

 どんな顔かじっくり見たかったが、仕方がない。

 桜子は、母親共々、窓から差し込む光で表情まで、よく見えた。

 淡いオレンジ色の振袖は彼女によく似合っていて、光に照らされ更に彼女を輝かせて見せている。


「振袖って、聞いてないぜ」


 緊張しているのか、表情が硬い。

母親の笑った顔が、桜子の笑った顔と似ていて、少し微笑ましい気持ちになった。


「よく喋ってんなー。母親同士、友達だって言ってたもんな」


 本人同士が話している感じはない。

 愛想笑いでも、桜子が相手に微笑みかけているのを見ていると、イライラしてくる。

 自分の顔が歪んでいるのに気が付いて、見るのをやめてソファに座り直した。

『狭量だなぁ』

 そう思うと、溜息が出た。


「明日、10時にロイヤルホテルに来なさいよ」


 昨日たまたま耳にした、携帯のスピーカーから聞こえた言葉。

 それが、今日の見合いの時間であるのは、明白だった。

 知ってしまうと、どうしても気になって、10時、10時半、11時、と経過していく時間をじりじりと家で待ち続けるなど、出来そうになかった。

 正直に言えば、今日ここへ来るのは、自分の中で決定だった。

 とはいえ、桜子にカッコ悪くて、本当のことなど言えるはずもなく、こっそり来ることになったのだが、さっきは焦った。

 こっちが到着した後に、4人揃って、カフェに入ってくるのだから。

 慌てて、メニューで顔を隠したが、桜子は緊張のせいか、ぜんぜん気がついていなかった。

 結果はそれで良かったが、気がつかないっていうのも、面白くない。


 溜飲を下げる思いで、コーヒーを口にした。

 かぐわしい香りに、気持ちが落ちつく。

『もし、お互い気が合って、親も公認で、そうなれば、結婚、するのか? 桜子が俺の知らない誰かと結婚・・・・・想像できない、いや、したくない。あー、またイライラしてきた。小胆か、俺は』

 また、大きな溜息がでた。


 たまたま知ったけれど、本来なら、今日のことを俺は知らないはずだ。

だとしたら、桜子はどうしていただろう。

 俺と付き合っているとはいえ、母親が進める相手を断れるだろうか。

 もしかして、相手を気に入ってしまうかもしれない。


 そう思うと、ますます相手の顔を拝みたくなってきた。

 見ると、先程とさほど変わらない光景。

 短髪な男は背中しか見えないが、時折見える横顔は、よく日に焼けていてスポーツマンタイプのようだ。

 向かいの桜子は、控えめな態度で軽く目を伏せ、受け答えをしていた。


 桜子は、派手さはないけれど、凛とした美しさがあって、ころころと変わる表情が可愛くて、よく笑う顔がチャーミングで、相手を思いやる優しいところがあって、人とは違う視点を持っていて、ときどき気づかされたり、楽しませてくれたりする。

 すごく心根が真っ直ぐで、俺のことを好きだと言ってくれる。

 彼女のことを思うと、どんどん気持ちが溢れてくる。

 物陰から見ている自分が、片思いの相手に慕情してるみたいで、見るのをやめた。

 付き合っているのは、俺だ。

 それに、俺の気持ちは、決まっている。

 明確に結婚について考えている訳じゃないけれど、桜子と一緒にいるのが、俺の未来だ。

 昨日は、今日のことをすぐに言ってくれなかった桜子に、ひがみというか、不満から独占欲丸出しで、あんな態度をとってしまったけれど、結婚話を、あんな成り行きで言いたくなかった。

 もっと2人で、2人の速度で進めていきたいと思っている。

 でも、その前に、肝心の桜子の気持ちを確かめないといけないんだけど。


「まだ、手しか握ってないんだよなー、俺」


 独り言ちて、何気にロビーに目をやると、結婚式があるのか、黒留袖やタキシード、スーツやカジュアルドレスを着た人達がエレベーターから下りて来た。

 その中に、似つかわしくない服装の女性が一人、目についた。

 コートを片手に、デニムのスキニーパンツにざっくりとした黒いニットをあわせた格好で、背も高くなかなかにスタイルのいい女性だ。


「後藤さん、今日はありがとうございます。いいお話を頂いて」

「いえいえ、こちらこそ。本人同士の相性もありますから、これからおいおいと、」


 女性の話し声が聞こえたと思ったら、母親2人が俺の座るテーブルの横を通って、カフェを出て行った。

 どうやら、見合いは終わったようだ。

 さぁ、ここからだ。

 この後、2人がどうするのか・・・

 すぐに見たいが、見た瞬間、桜子がいつものあの可愛い笑顔で相手と話をしていたら、と思うと振り向けない。

 フッ、と軽く息を吐き振り向くと、こちらに向かって精悍な顔つきの男性が歩いてきた。

 それがすぐに桜子の見合い相手だと分かったが、何故だ。

『今しがた、母親達が出て行ったのに、すぐに相手の男性も出て行くとは、何があったんだ』

 桜子を見ると、緊張が抜けたのか、それとも相手の奴にナニか言われたのか、ソファにもたれかかる様に座っていた。

 すぐにでも桜子のそばに行きたくなる衝動が沸き上がった。

 けれど流石に今、自分が現れたら桜子が引くだろう。

 ストーカーさながらな行為をしている自分に、今になって気がついた。

『カッコ悪すぎて、顔は出せないな』

 そう思っていると、俺の横をさっき見た黒いニットを着た女性が通り過ぎ、真っ直ぐに桜子に近づいて行った。

 驚いた桜子の顔。

 どう見ても初対面なのに、女性は桜子の隣に座った。

 と、いいタイミングで相手の男性が戻ってきて、黒いニットの女性を見た瞬間、顔つきが変わり、ゆっくりと近づいて行った。

 男性の存在に気が付くと、黒いニットの女性は立ち上がり、何か言い合いを始めた。

 雰囲気からして、2人は知り合い、いや、元恋人同士といったところか。

『もめている、のか?』

 声のトーンも大きくなってきた。


「私、やっぱり、別れたくない。もう一度、やり直したいの」


 叫んだ女性の声が、ハッキリ聞こえ、やっぱり痴話喧嘩か、と思った。

 男性も、未練がましい態度で、そんなんでよく見合いに来れたもんだ、と呆れた。

『お前に、桜子は勿体なさすぎる。ありえねー』

 見ていると、だんだんと話の矛先が桜子に向いて、桜子せいで、こじれてしまったかのように言い出した。

『おいおい、なんで、そうなる! そうじゃないだろう!!』

 堪りかねて、立ち上がってしまった。

 誰もが彼ら2人に気を奪われていて、こちらを見る者はいない。


「大切なのは、お互いの気持ちでしょう」


 ゆっくり近づきながら、相手2人に向けて言った。

だがそれは、自分自身にも言えることで、言葉に熱がこもった。


 新たに登場した俺に、周りが一瞬色めき立ち、好奇の目を向けられた。

 この茶番を、面白がって見ているに違いない。

 俺も、まさか加わるとは思っていなかったが、桜子が苦しい立場に立たされているのに、知らぬ顔など出来るはずもない。


「親も大事だけど、お互いが強く思い合っているなら、2人で分かってもらうまで、親を説得するべきだ」


 自分で言いながら、気がついた。

 桜子が、どうしてすぐに相談してくれなかったのか、付き合って短い期間というのもあるだろう、でも、親に紹介できなかった、とするならばどうだろう。

 俺が、挨拶に行くと言った時、ひどく驚いて、拒んでいた。

 それほど、彼女は俺を好きじゃない?


「でも今は、お互いの気持ちを確かめ合う方が大切じゃないですか?折角、彼女がこんな所まで来てくれたんだから」


 違う。

 俺は、また自分の考えに偏ってしまっている。

 目の前の彼女だって、相手を思って、ここまで来たんだ。

 俺も、向き合って、確かめよう。

もう、今ここに立っている時点で、俺のストーカーまがいの行動はバレてしまっているし、今更、ナニを隠すっていうんだ。

 いつだって、桜子は真っ直ぐに、俺に気持ちを返してくれるじゃないか。


 桜子を見ると、ジッと見上げる彼女と目が合った。

 少し潤んだ瞳の中に、安堵の色が伺えた。


「あの、」


 2人も、雨降って地固まる、じゃないが、ゴタゴタしたぶん、思いは通じ合ったようだ。

 立ち上がろうとする桜子に手を差し出すと、ぎゅっと握って立ち上がった。


「彼は、私の恋人です。もともとお見合いは、」


 迷いのない、その言葉を聞いて、桜子の手を握る手に、力がこもった。

 彼女の一言一言、一挙手一投足に心が揺さぶられる。

 そうだ、俺は桜子の恋人なんだ。

 迷いが消えて、自信が漲る。

 彼女が俺の恋人だと、誰かれかまわず、言いまわりたい気分だ。

 2人が出て行った後、店員がビールを持ってきた。

 彼らの置き土産のようだが、一番は桜子ファースト、桜子をソファに座らせた。


「陽」


 突然、名前を呼ばれた。

 ハルちゃんでも、・・・陽でもなく、陽、だった。

 自分でも驚くくらいに嬉しくて、


「俺、桜子に名前呼ばれるの、好きだな」


 思いそのまま、口から出た。

 桜子は、こんな俺に戸惑っているけど、俺からしたら、桜子にとって特別だと言われているみたいで、嬉しくてたまらない。

 でも、黙って俯く桜子に、現実に引き戻された。

『俺がここにいるのを、不審がってるんだろうな』

 もう、何を言いつくろっても仕方がない。

 本当のことを伝えよう。


「今日、桜子からの電話を、大人しく待ってるつもりだったんだ。でも、どうせ後で会うならって、色々考えてたら、結局、来てしまった。そしたら、こんな綺麗な恰好で座ってるし、正直、少し焦った」


 桜子は、俺の話を聞いて、少し驚いたような顔をした。

 この後、ナニを言われるのか、少し俯き、


「カッコ悪いなぁ、俺・・・・、呆れた?」


 ボソリと、弱音を吐いた。

 でも、桜子はふるふると顔を横に振って、


「声が聞こえた時は、驚いたけど。姿を見たら、ふふっ、なーんか素敵すぎて感動しちゃった」


 俺の予想とは遥かに違う、斜め上のことを言ってきた。

 しかも自分がやらかしそうだったから、俺が来て良かった、助かったと言った。

『やっぱり、桜子には適わないな』

 こんな彼女を好きにならずには、いられない。

 ますます好きになっていく。

 市役所での出来事を、身振り手振りで話す彼女があんまりにも可愛くて、抱きしめてしまいたくなる衝動から、目の前に座っていてよかったと、本当に思った。


「少しぬるくなったけど。でも、ま、カンパイ」


 無事に?かは分からないが、見合いが終わり、気持ちも引き締め直し、とばかりにビールを飲んだ。


「苦い」

「うん、苦いね」


 流石に時間がたってぬるくなっていた。

 でも、2人で顔を合わせて軽く笑い合えば、こんなことすら今日の俺には、楽しくて仕方がない。


「冷たい上手いビール、飲みに行きませんか? お姫様」


 目の前に座る、俺のお姫様。

 今すぐにでも、奪い去ってしまいたい。

 そんな邪な思いとは裏腹に、


「ハイ・・・・その前に、一般人に戻りたいです」


 桜子が、また斜め上の返事をしてきたから、可笑しくて笑ってしまった。

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