第46話 美味しい料理といたたまれない状況、からの!? -大智-

『今すぐ、この話題を終わらせたい』

 切実にそう思う。

 だが、目の前に座る陽の顔からは、詳しく聞きたい、という気持ちが滲み出ている。


「風さんの彼女、可愛いんですか?」


 しかも、隣の一ノ井も興味津々で、


「目の大きな、可愛らしい人でしたよ」


 斜め前の宮野さんは、追い打ちをかけてきた。

 受付嬢除けの軽い嘘が、こんな状況で露呈するとは思ってもいなかった。

『ウソを言った俺が悪い。でも、本当のことは絶対言えないしな』

 上手い具合に陽が勘違いしたが、宮野さんが木村さんを知っているだけに、いつバレるか分からない。

 話を続けるのは危険すぎる。


「この話、やめようぜ。それより、早く食べよう。テーブルがいっぱいになってきた」


 聞かれたくない体で言い、テーブルの料理に視線を移した。

 入れ替わり立ち代わり注文したモノが運ばれてきて、すでにテーブルの上は皿でいっぱいだ。

 料理から立ち上る匂いが、減り過ぎている腹を刺激してくる。


「食べますよー。食べますけども、もっと聞かせて下さいよ。風さんの気持ちを射止めた人なんでしょ。どんな人か知りたいじゃないですか。てか俺、めちゃくちゃ気になります」

「俺も聞きたいな。今までそんな素振り全くなかったのに、なんかあったのか?」


 一乃井と陽が、食い下がって聞いてきた。

 そもそも誰とも付き合ってないから、話などあるワケがない。

 それよりも今は、胃袋の方がヤバい。

 以前どこかで、食欲や睡眠といった生理的欲求を邪魔されると、人はモノ凄く嫌な気分になると聞いたことがある、正に今がそうだと思った。

 聞く耳持たずの態度を見せつける為に、ワザと箸を大仰に割り、手を合わせて、刺身に箸を伸ばした。

 大きな四角い黒い皿に盛られた刺身盛りの中からマグロをとり、山葵をのせ、醤油をつけて口に放り込んだ。

 大きく切られたマグロは、それだけで口の中がいっぱいになり、噛むと口内の熱も手伝ってマグロの油が甘く溶け出し、醤油の香ばしさと山葵の爽やかさが合わさって絶妙な旨さとなった。


「うっま!」


 思わず声が出た。

 すぐに3人共、刺激されたようで、みんな箸を取り、食べ始めた。

 次は、さっきからロックオンしていた牛タタキだ。

 口の中に肉の旨味が広がる。

『絶妙なレア感も、たまらんっ』

 和風ダレで、山葵もいいクセントになっている。


「ここの刺身は、どれも大ぶりですね」

「食べ応え充分」

「海老もプリプリ~」

「この牛にぎり、シャリがさっぱりしてて美味しい!」

「こっちのも、どうぞ。アツアツで美味いっすよ」

「刺身を食べると日本酒を飲みたくなってくる」


 すっかり料理談議が盛り上がり、内心ホッとしていると、


「篝さんも、風さんも、食べる前に手を合わせて、きっちりされているんですね」


 感心したように宮野さんが言った。

 俺はワザとで、そんなつもりは全くない。

 でも陽は、


「あぁ、これは桜、・・・彼女の受け売りなんだ」

「おっ・・・、これ美味いな」


 桜子と名前を言いそうになって言い換えたが、こっちはドキッとして声が、おっ、と大きく出てしまった。


「さっき、カフェでかかっていた電話。あれ、彼女さんからだったんじゃないですか?」

「あー、ハハ、バレました? 普通に話してたつもりだったんですが」

「フフッ、顔が、優しい顔になってましたよ」

「ハハハ」

「付き合われたのって、最近ですか?」

「えぇ、去年の12月からで、」


『なんなんだ?』

 目の前で繰り広げられている光景は。

 話の内容は、宮野さんが陽の彼女を褒めている、といった感じだが見た目は、仲の良さげなカップルのようだ。

 宮野さんの、さり気ないボディータッチに、妙に近い距離。

 ツンツン、と隣からつつかれた。

 一乃井も感じ取っているようだ。

 という陽は、分かっているのかいないのか、すっげー普通だ。


「なーんか、入っていけない感じです」

「だなぁ」

「ってワケで、風さん。話、聞かせて下さいよ」

「は?」

「だって、向かいは彼女話、ならこっちも彼女話しましょうよ」


 ニマニマ~と一乃井が笑った。


「いやしない。てか、その笑い方、やめろよ」

「えっ、いい笑顔でしょ。これでも俺、心配してたんッスよ。風さん、モテるのに、ぜんぜん女の子に興味ないから」

「大きなお世話だ。なんで一ノ井に心配されなきゃなんねーんだ」

「篝さんが気にしてましたから。最近、彼女できたでしょ、篝さん。あ、そういえば、篝さんの彼女も、風さんとこの会社の人ですよね」


『いらんこと、言うなよ、陽』

 心の中で文句を言いつつ前を見ると、陽と宮野さんが楽しそうに笑い合って話をしていた。

『やっぱ、近すぎないか?』


「風さんとこの女の人って、レベル高めなんですか」

「なんだ、それ」

「だって、同じ時期に同じ会社の人と、2人とも彼女が出来たから」


『まぁ、同じ人だから当然だよな、って、違うし俺は』

 頭に木村さんの顔が浮かび、慌ててかき消した。

 本当の彼女でもないのに納得するとは、どうかしている。


「どうしたんですか、風さん」

「なんでもない。関係ないよ、レベルなんか。それより、なんでそんなに知りたいんだ。ただ流れで、そうなっただけで、話すことなんかなんもねーよ」


 食品会社へ毎回行く度に、周りで群がられるのが鬱陶しかっただけだ。

 今後、もし工事が取れたら、また何度となく行くことになるだろうし、だから、木村さんを偽彼女にして女除けにしようと思いついただけだ。

 そりゃ、悪いと思ったけど、木村さんが今後、あの会社へ行くことはほぼないだろうし、問題があっても俺がどうにかすればいいことだ。


「流れでそうなるって、やっぱ違うッスね~。俺、そういう流れっていうのがイマイチ分からないんですよ。どんな話から、そうなるんですか?」


 イライラ気味に答えたのに、一乃井の温度差の違う答えに拍子抜けした気持ちになった

とはいえ、恋愛で言えば、俺自身も一ノ井と大差ない。

 真剣に付き合ったことなどないのだから。

 でも、そこは、俺的にプライドが許さない。

 ウソも方便、とばかりに適当に答えようと思ったら、


「俺も聞きたいな」


 と、向かいから陽が加わってきた。

 陽にだけは絶対言えない、と思うあまり俺は多分嫌な顔をしたんだと思う。

 陽が、少し驚いたような顔をして、


「ま、今日は慰労会だし。こんな話ばっかりじゃつまらないだろう。飲んで食べて、楽しまないとな。宮野さんも誘って頂いたのに、すみません」


 と、こっちの意図が伝わったのかは分からないが、この話を切り上げるように言い換えた。

 そう思っていたのに、


「いいえ、そんなことないです。私も聞きたいです。新年の時にお会いしただけですけど、お2人、とても仲が良かったので」


 などと、宮野さんが言ってきたから、驚いてあんぐりと口を開けそうになった。

 俺を見て、何かを思い出したようにクスッと楽しそうに笑うと、


「新年の挨拶の時、応接室に部長と課長が入って来たんですけど、皆さん一斉に立ち上がられて、その時、風さんの隣にいた木む、」

「ンンッ、ゴホッ、ゴホンッ」


 木村、といきなり名前が飛び出たので、驚いてマジで喉が詰まった。


「大丈夫ですか、風さん」

「あ゛ぁ、は、い」


 生ビールで流し込み、


「ゴホッ、あの時は、ゴホンッ、彼女、急に立ち上がってフラついたみたいだったから、支えただけですよ」


 また名前を言われたらマズいので、こっちで話を続け、彼女、って言葉も強調して言った。


「ですけど、その光景がすごくいい感じだったんで。それに、あれから大変だったんですよ。ウチの受付の子達、お2人のことを詳しく知りたいみたいで、私、暫く質問攻めにあってたんです」


『そんなの、関係ねぇ』

 思わず言いそうになった。

『興味本位で知りたいだけの、名前も知らない奴らに、どうして教えなきゃいけないんだ。だいたい知ってどーすんだよ。どうせ、文句に変わっていくだけだろ。こういうのが嫌いなんだよ、女ってのはさ』

 心の中で、文句が山のように出てきた。


「はぁ~、やっぱ大智は、どこへ行っても大人気だな」

「ホントですねー、そんなこと、マジであるんだ」


 ムカつきまくってるのを他所に、陽と一乃井の温度差の違う答えに溜息が出た。


「少し話を聞かせてもらえれば、あの子達も大人し、いえ、静かになるかと」

「酒の肴にもならないような俺の話、聞いても面白くないですよ。それより、宮野さんはどうなんです?美人だし、結構モテるんじゃないですか?」


 話をふった腹いせに、宮野さんに矛先を向けた。

 もう、これ以上この話は勘弁だ。

 なら手っ取り早く、違う話にすり替えるのが一番だ。

 嫌な加わり方をしたのもあって遠慮していたが、最初からこうすればよかったんだ。


「えぇ、私ですか?私なんて、そんな」

「クールビューティーって感じですよね」

「お、一乃井、いいこと言うじゃん」


 謙遜する宮野さんに、隣の一乃井が称賛した。

 真っ直ぐな長い黒髪が彼女自身を表すかのように、スッとした据わる姿勢も切れ長な黒い瞳も、上品な自立した女性を感じさせる。


「うん、確かに。仕事も丁寧にだし、渡された資料も要点がまとめられていて、分かりやすかったな」


 陽も深く感じ入る様に頷き、宮野さんを見た。


「そんな、ほめ過ぎです」


 お酒のせいもあるかもしれないが、宮野さんはポッと頬を赤く染めた。


「彼氏はいるんですか?」


 一乃井が聞いた。

『そういや、頑張るって言ってたもんな』

 なかなかの直球だが、頑張っている一乃井、ナイスだ。


「いないんです。私、なかなか、ダメで」

「どうして?」


 陽が顔を覗き込むように聞くと、宮野さんは顔を赤くして少し俯いた。


「それが・・・私、仕事好きなんですね。結構、没頭しちゃう方で、それで、いいなって思う人がいても、気がついたらもう他の人と付き合ってたりしてて、出遅れちゃうんですよね。そしたら、また仕事に没頭しちゃって、みたいな感じです」


 宮野さんの仕事ぶりを見ていただけに、なんでもキッチリこなす人だと思っていたので意外だった。


「いいじゃないですか、仕事できる女性、バリキャリで」

「俺もそう思うな。仕事そっちのけで喋ってる女、多いからなぁ。見たら思うもん、仕事しろよって」


 一乃井の言葉に、俺も同意して答えた。


「なんて言いますか、恋愛は恋愛、仕事は仕事と分けて考えてしまって。その日、デートの約束をしても、仕事がちゃんとメドがついてから行きたいといいますか。その、一緒にしたくないんです」


「へぇ」

「なるほどねー」


 彼女には彼女の理由があるみたいだ。

 でも、彼女らしい理由だと思って妙に納得してしまった。


「ダメじゃないと思うな、俺は」


 宮野さんの隣で黙って頷いて聞いていた陽が言った。


「仕事オタクでいいってことですか?」

「うん。多分だけど、本気で好きじゃなかったんじゃないかな。もし、本気になれる人と出会ったら、仕事も恋愛も一緒くたになるよ」


 宮野さんの表現が面白くて、クスッと笑えたのに、陽がスゴイことを言うから、イッとなった。


「篝さん。それ、実体験からですか?」


 一乃井が茶化すように言うと、陽はまんざらでもない笑みを浮かべるから、俺も一乃井も声をあげてひやかした。

 宮野さんは、そんな俺達を笑いながら見ていた。

 でも、時折隣の陽を見るその眼差しが、何故か少し気になった。

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