第45話 爆弾発言! -大智-

「なかなかいい出来じゃないですか」

「だろ。ここんとこの流れが、スムーズになったんだよ」

「へー、流石は、ハマさんだ」

「褒めても、なんも出ないぞ」


 設計部で、得意げに笑う濱田さんとようやく完成した図面を眺めた。

 最近はずっとここで、濱田さんと2人であーでもないこーでもないと新工場建設に伴う図面談議に明け暮れ、資料を読み漁り、やっと今日に至った。

『これであとは材料の計算と、作業の人数、時間を計算すれば完成だ』


「これ、もう1枚づつ、印刷してもらっていいですか?」

「おいおい、今からか?もう来週にしようぜ。納期まで、まだ時間があるんだし」


 ハマさんの言葉に時計を見ると、19時前。

 流石に今からじゃ、遅すぎる。


「そうですね」

「どうよ、今日。明日は久々の休みだし、祝勝に、飲みに行かね」

「ハハ、気が早いな、ハマさん。でも、もう少しまとめたいんで、それはまた後日ってことで」


 ハマさんに断りを入れて、エレベーターを待つのももどかしく、階段で駆けあがった。

『木村さん、帰ったかな』

 完成した図面を一番に見せたくて営業部に戻ったが、彼女は帰った後だった。

 一瞬、電話をかけようかと思ったけれど、退社した後に急ぎでもないのに仕事の電話をするのも気が引けて、やめた。

『それに、陽とデートかもしれないしな。って、なんでガッカリしてるんだ? 月曜日に話せばいいじゃないか。そうだよ、そうしよう』

 あぁ、今、冷たい生ビールがめっちゃ飲みたい、そんな衝動が沸き上がった。

 でも、つい今しがたハマさんの誘いを断ったところだし、今更という気もして、溜息と一緒に席に座った。


『やたら人が多いな』

 結局、仕事モードが切れてしまい、片付けてすぐに会社を出た。

 1人飲みならあそこだろ、ってことで立ち飲み屋に行こうと、足早に商店街を歩いていると、


「もう、終わりでしょ。イルミネーション」

「そうそう、今月いっぱいだったよね」


 ふと、行き交う人の声が耳に入ってきた。

 そういえば、陽が木村さんとイルミネーションを見たと話していたのを思い出した。

 取り立てて見たいという訳でもなかったが、人混みの多い商店街を抜けて大通りまで出た。

 通りを挟んで立つ街路樹には、色鮮やかな電飾が光り、暗い夜空を明るく照らしていた。


「へぇ」


 1人、感嘆な声を零して見上げた。

 大きな木1本1本に上から枝の先まで電飾がされ、所々色を変えながら通りのずっと先まで続いていた。

 光の道のようなイルミネーションを見上げながら、ゆっくりと歩いていると、


「風さん!」


 不意に名前を呼ばれ、見ると横断報道を走って渡って来る一ノ井と目が合った。


「おー、一ノ井じゃないか。久しぶりだな。今、帰りか?」

「はい、そうです」


 ハァ、ハァ、と息が上がっている。


「一人か?陽は一緒じゃねーの」

「あ、いや、篝さんは先に店に行ってて」

「お、いいね。俺も一緒に行くわ」

「あー・・・、はい」

「歯切れ悪いな。他に誰かいるのか?」

「クライアントと一緒なんですよ。でも、仕事も終わってるんで、いいかなって」

「あとで陽に怒られるんじゃないか?」

「アハハ! それはないですよ。俺に新しい恋が始まるかもしれない、って言ってくれましたし」

「なんだ、それ。相手は女性、だよな」

「はい。でも、バリキャリな感じの素敵な人で、俺なんてお呼びじゃないって感じもするんッスけど」

「合コンでもないだろうに」

「一応、慰労会っぽいです」


『ぽいって、なんだよ』

 疑問を抱きつつも、気持ちは一杯ひっかけたい思いでいっぱいだ、このまま一ノ井と連れ立って店に行くことにした。

 一ノ井は、陽の会社の社員で、何度か一緒に飲んだことがある。

 人懐っこい性格で、俺にもやたらなついてくるから、今じゃカワイイ後輩みたいな存在になっている。


「どこまで行くんだ?」

「えーっと、創作料理の店らしいです。ほら、ここです」


 携帯を開いて、一ノ井が見せてきた。


「人気店じゃん。よく予約取れたな」

「そうなんですか?店は、宮野さんが取ってくれたみたいです」

「宮野さん?」

「はい。すごいんですよ、食品会社の新工場建設の担当者で、しかも美人なんです。あぁー、やっぱ、俺、頑張って、いやぁー、ムリかなぁ」


 1人悩む一ノ井をよそに、宮野、という名前で思いつく人は1人しかいない。

『しかも、食品会社って』

 何気に聞いてみると、まさにその人、本人だった。

『でも、どうして陽んとこに?』

 陽の会社は設計会社だから、仕事的にアリではある。

 でも、ウチ同様に、工事を請負う予定の会社なら分かるけれど、設計会社に直接依頼する意味が分からない。


「すっごい偶然ですよね。お互い同じ人を知ってるなんて、すごくないですか?ちなみに、風さんは、宮野さんと、どこで知り合ったんですか? クククッ、もしかして、」

「その仕事って、どんな内容だったんだ?」

「えっ? あー、それが、めちゃくちゃ大変な仕事で、図面内容をちまちまちまちま、調べ直していったんですよ~。目がおかしくなりそうでした」

「図面を、調べ直した?」

「そうなんです。何枚もの図面を、ちまちまと。

データでくれれば拡大出来るのに、めちゃめちゃ面倒でした」

「なんっだ、それっ!」

「うおっ、どーしたんッスか」

「その図面、ウチの社名入ってなかったか?」

「いえ、どれも名前は消されてて、って、風さんとこの会社の図面だったんですか?」

「わからんっ」

「えーーーーっ! ボ、ボスと相手の部長さんが知り合いで、それで来た話だって聞きましたけど」


 知り合いかどうかなんて、どーでもいい。

 ウチの図面を他に出したって事が問題なんだっ。

『ハマさんや設計部のみんなが頑張って書いた図面なのに。やっていいことと、悪いことがあるだろっ。絶対、文句を言ってやるっ』


「クソッ」

「ちょ、ちょっと、風さん、待って下さい」


 怒りに任せてズンズンと歩く俺の後を、一ノ井が小走りに追いかけてきた。

 店に着きガラッと引き戸を開けると丸い石畳の奥にもう一つドアがあり、店員が開けてこちらを迎え入れた。


「いらっしゃいませ。ご予約様ですか?」


 店員の言葉を無視し、店内を見回して、カウンターに座る陽と宮野さんを見つけた。

 慌てて店員が制止するのも押しのけ、後ろで一ノ井が店員とやり取りしているのを残して、2人に近づき、カウンターにバンッと手をついた。

 2人は驚いてこっちを見た。


「だ、大智?」


 手前に座っていた陽は、驚いて振り向き、奥に座っていた宮野さんは、唖然として俺を見上げた。


「宮野さん、どういうことなのか、説明してもらおうか」

「風さん、どうし、えっ、な、何を?」

「ウチからの図面、外に出しただろっ」


「おい、大智。落ち着け」


 陽が遮る様に立ち上がった。


「今、宮野さんと大事な話をしてるんだ」

「そんな雰囲気じゃないけど」

「どけよ」


「あわわ、あの、遅れてスンマセン、シタッ」


 一乃井が横に立ち、直角に頭を下げた。


「電車カードは無事、ロッカーで発見しました。これです。ここにあります」


 コートの内ポケットから電車カードを取り出して見せてから、また直した。


「お騒がせして、すみませんでした。で、こっちに来る途中、風さんと偶然会っちゃいまして、それで一緒に来たんですけど。宮野さんのことを話しちゃって、でも俺、知らなかったんで、すみません。

でも、ここは、やっぱり、ハッキリしといた方がいいと思うんで、あ、でも、宮野さんの気持ちもあると思うんで、3人でじっくり話し合って下さい。

あと、俺、誰にも言いませんからっ」

「は?」

「なんの話をしてるんだ?」


 俺と陽が、一乃井の話している内容が分からなくて言うと、


「エッ? いや、だからその、お2人が、宮野さんを、取り合っている、と」


「 「 はぁぁぁ!? 」 」


 陽と2人して、ハモった。


「どこで、どうやったら、そんな解釈になるんだよ~」

「まったくだ」


「エェッ?? 違うんですか? なっ、その顔やめて下さいよ。俺は真剣に心配してるのに」


『はぁ~、こいつの頭ん中、どーなってんだよ』

 陽と2人、呆れ顔で一ノ井を見た。


「あの~、個室のお席が空いたので、移動の方を」


 店員が恐る恐る声をかけてきた。


「あぁー、了解。ごめんね、騒がしくして」


 すっかり毒気を抜かれ、さっきのこともあったから、にこやかに答えた。




「はぁ~、なんで、あんな勘違いができるんだ。今日は、仕事の慰労会だって言っただろ」

「いやぁ、スンマセン。カウンターでイイ感じで2人座ってるし、風さんはいきなり怒り出すから、てっきり」


 陽に怒られて、一乃井は、恐縮しきりだ。


「カウンターに座ってたのは、個室が空くのを待ってただけだ。ほら、宮野さんにも謝れ、失礼すぎるぞ。すみませんでした、宮野さん」

「すみませんでした」


 陽と一ノ井が、2人揃って宮野さんに頭を下げた。


「いえ、ぜんぜん。初めは、驚きましたけど、途中からは面白かったです」


 宮野さんが、ふふっと笑った。

 仕事で見た笑顔と違って、柔らかな笑みだ。


「大智、お前も謝れ」


 と、お鉢がこっちにも回ってきた。


「俺は、謝らない。本契約じゃないとしても、契約違反だろ」

「それに関しては、本当に申し訳ありませんでした。こちらの落度です。ただ、新しい工場を良くしたいと思ってのことで、他意があったわけでは、決してありません」


 訴えるように見てくる宮野さん。

 こっちだって、仕事とはいえ、いいモノを作ろうと試行錯誤してたんだ、ましてや、宮野さん、当の本人は担当に抜擢されて余計に頑張っていたんだろう、とは思う。

 だけど・・・


「はぁ、・・・もう、いいですよ」

「本当ですか?」

「はい。図面が他社に渡ったワケでもないですし。こっちも少し感情的になり過ぎました。すみません」


「お待たせしましたー」


 丁度いいところに、先に頼んでいた生ビールがやってきた。


「なんだかんだで、ここの全員、関係者ってことですよね。ってことで、乾杯しませんか?」


 隣に座る一乃井が、ニコニコと声を上げた。


「なんだ、お前。急にまとめに入りやがって。話を切り替えようとしてるだろ」

「いえいえ、そんなんじゃないです。風さんと篝さんがケンカしてなくて良かった~、と思ってるんです。いつも、仲がいいのに、だから、少し焦りました」


 一乃井がそんな風に考えているとは思っていなかったから、罪悪感を感じてしまった。

『間の抜けたところもあるけど、根はイイ奴なんだよな』


「お2人は、どういったお知り合いですか?」

「大智とは、子供の頃からの友達なんですよ」

「まぁ、そうですか」


 向かいに座る陽が、宮野さんに話ながら生ビールのジョッキを渡した。


「ここまでくると腐れ縁、ですかね」

「ふふふ、仲がイイんですね」


「それじゃ、皆さん、ジョッキをお持ちください。それぞれ仕事は違いますが、同じ仕事に関わる者として、今日はお疲れさま、です」


 一乃井の乾杯の音頭と共に、ジョッキ4つがコツンッと合わさった。

 待ちに待った念願の生ビールだ。

 グビグビと勢いよく飲んだ。


「うっまー」


 お預けくらった感があっただけに、格別に上手い。


「一乃井、今のおかしくないか?仕事は違うのに、同じ仕事なのか?」

「うーわー、篝さん、細かすぎ」

「そこはさ、仕事は違いますが、同じ企業に関わる者、だろう」

「意味が通じているなら、それでいいじゃないですか。はい、食べ物、どうしますか?」


 一乃井が手書きのメニューをテーブルの真ん中に広げて置いた。

 こっちとしては、腹が減り過ぎてヤバいくらいだ。


「刺身盛、頼もう。これは外せないだろ、4人前。あと、長芋の梅肉豚巻き、これもいいな」

「2つ頼もう。牛タタキの山葵のせも2つ、海老天のタルタルも2つな。宮野さんも好きな物、頼んでくださいよ」

「はい。この、和牛にぎりってソソられません?」

「じゃ、それも2皿いっとこう。出し巻きも。一ノ井は?」

「大丈夫です。バンバン入れてるんで、抜かりないッス」

「生も追加しとこう。宮野さんも生でいいですか?」


 思い思いに口走る言葉を聞き取り、一ノ井がタブレットにどんどん入力していく。

 一通り注文し終わる頃には、生ビールがやってきた。


「早いな」


 とはいえ、勢いよく飲んだので、もうほとんどない。

 最後をグイッと飲み干して、ジョッキを店員に渡した。


「店員さん、さっきと違いますねー」


 一乃井がニマニマしながら言った。


「どういう意味だよ」

「そりゃ、風さん目当てでしょー。また次に来る子は違うと思いますよ、俺」


 まーた面倒くさい事を言ってる、と思っていると、


「お待たせしました」


 別の子が生ハムとチーズの盛合わせを持ってきた。


「ほら、ね」


 ナニが面白いのか、一ノ井がまたニマニマと笑った。

 舌打ちしたくなるのを、ビールを飲んで誤魔化そうと口にした時、


「でも、風さんには彼女がおられるから、」

「ウッ、グッ」


 宮野さんが驚くことを言った。

 危うくビールが口から吹き出そうになった。


「えーっ、本当ですか?篝さんに引き続き、また仲間が減ったーーー」


 一乃井の言葉が追い打ちをかけてくる。

 ググっとビールを喉に押し込んだ。


「大智、彼女できたのか?」


 驚いた顔で、陽が俺を見た。

『ヤッバーーーーーーッ、どう言う?どう言うよ?? いや、いやいやいやいや、やっぱ、言えねーーー、言えるワケねー』

 背中に冷たいモノが走った。


「はい。新年の挨拶の時に、会社へ一緒に来られたんですよ」

「へー」


 宮野さんがまた、爆弾発言を落とした。

 万事休すっ!


「あ、前に会ったあの子か?立ち飲みやで会った、」

「そう、そうそう、そうなんだ、そうなんだよ、陽!」


 勢い余って、テーブルを叩いてしまった。


「うおっ、どうした」

「悪い」

「ハハ、動揺する大智なんて初めて見たな。可愛い子だったもんなぁ。でも、それなら教えてくれてもよかったのに」

「い、忙しかったからな」

「そうか。お互い、そうだったもんな」


 目の前で、にこやかに笑みを浮かべ話す陽の顔を直視できない。

『どうすればいいんだ・・・』

 恐ろしいほどのジレンマに、生唾を飲み込んだ。

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