第47話 実はあざとい!? 宮野さん -大智-
「そんなに気負う事ないと思いますよ、宮野さんなら。ヘンに焦るより、ゆったり構えている方が、良い縁が巡ってきますよ」
「そうでしょうか。でも、もう27なので、やっぱり焦ります」
「女性にとって年齢は、気になるとこですもんね」
陽と宮野さんの会話に一乃井が分かった風に言うから、
「えらく分かった風に言うなぁ」
と心の声がそのまま口に出てしまった。
「俺、姉が2人いるんですけど、下の姉からよくそうこと聞くんッスよ」
「へぇ」
「そういうもん、なのか。いらないことを言ってしまったな。すみません、宮野さん」
一乃井の言葉に、意外にも陽が驚いたように答えた。
「いいえ、そんな」
「ちなみに、好みのタイプとかあるんですか」
純粋な興味から、宮野さんに尋ねた。
「えー、そう、ですね。特にある訳じゃないですけど、話をしていて楽しい人がいいですね。物知りだとこっちも勉強になりますし、話を聞いてくれる人だと、こちらも話しやすいので。お互い話し合えて、気づかいのできる包容力のある人、でしょうか」
特にない、と言ったわりに、しっかりと答えてきた。
それに聞いたのはこっちなのに、どうして陽を見て答えるんだ?
「包容力か。なら、年上がいいのかな」
って、陽も普通に答えてるし。
「年上の男性だけが包容力があるとは言えませんよ。要は相手に対する思いやりだと思います」
またもや思いがけない言葉を一乃井が言ったので驚いた。
『これはマジで、宮野さんのこと考えてるのか?』
と思ったのに、
「うちの上の姉の旦那は、姉より年下ですけど、包容力は抜群です。姉の、あの容赦のない愚痴を毎日のように聞かされても嫌な顔1つしないで、聞いてるんですよ。その度に、姉のこと労わってますし」
ガクッ。
もっと自分をアピールするのかと思ったら、また身内の話かよ。
「一乃井の上のお姉さんって、旅館を継いだ人だよね」
「そうです。母親が女将やってますけど、女の戦いというか、身内だからか、母親と姉がいつもバトルしてるんですよー。お客さんの前ではニコニコしてますけど、裏に回ったらもう、言い合いばっかりです」
「ご実家が、旅館をされているんですか?」
宮野さんが興味を示した
「はい、京都の山奥ですけど」
と一ノ井。
『おい、今日は頑張るんじゃなかったのか?折角聞いてきたのに、もっとアピールしろよ』
こっちがヤキモキしていると、
「以前、社員旅行で、みんなで行ったんですよ」
「そうなんですか」
横から陽が話し始めてしまった。
『ほら、話が取られてしまったじゃないか』
「一乃井」
「はい」
「もっとアピールしろよ。今日は頑張るんじゃなかったのか?」
「一応、そのつもりだったんですけど。やっぱり、共通の話題が無いのは難しいですよね」
「だったら、家のこと聞かれたんだし、もっと旅館の話をすればいいじゃないか」
「旅館は、実家がやってるだけで、俺自身のことじゃないんで」
「そうだとしても、聞いてきたんだから興味を持ったってことだろ。仲良くなるキッカケだよ。そこから話を広げていけばいいじゃないか?」
「んー、でも無理じゃないですか?」
俺を見ていた一ノ井が、向いの2人に目線を移した。
楽しそうに笑みを浮かべ、陽と話している宮野さん。
「座る位置からしても、宮野さんは、篝さん押しっぽいですよ」
一乃井が、耳打ちするように小声で言った。
まぁ、確かに・・・
「こういう時の篝さんって、めっちゃ普通で、ある意味スゲーって思うんスよ。俺なんて、あんなに押してこられたら、ついグラッと来ちゃいますよ」
『うーん、さり気に腕に手を置くって、宮野さんってあざといのか?』
仕事で知っている彼女とは、あまりにもかけ離れ過ぎていて、結構引いた。
『顔も真っ赤だし、陽を見る目もとろんとしてるし、あっ!』
と思ったら、陽の肩に頭をコツンとのせた。
「宮野さん?」
陽が普通に声をかけた。
「おい、陽」
普通過ぎんだろ、と思って声を上げた。
『もっと驚くとか、動揺するとか、あるだろーがっ』
「しっ、大智、声が大きい。宮野さん、酔っちゃったみたいだ」
「はぁ?」
驚いて宮野さんの飲んでいたジョッキを見た。
『生ビール2杯、いや1杯半ってとこか?』
2杯目に頼んだビールは、半分ほど飲まれて残っている。
「最初にあまり飲めないって聞いてたんだけど、ここまで飲めないとは思ってなかった。途中から顔が赤いから大丈夫かなって思ってたんだけど」
宮野さんは陽の肩に顔を寄せ、すぅすぅ、と眠っている。
「はぁぁーーー」
呆れるのと、気が抜けるので、嘆声が出た。
「知ってたら、ウーロン茶とかにしたんッスけど」
「めちゃくちゃ迷惑な人だな」
「そう言うなよ、大智。こうしてても仕方ない。帰ろうか」
「じゃ、俺、会計言ってきます」
「俺の財布から出しといてくれ。上着のポケットにあるから。経費で落とすから、領収書貰っといてくれ」
「了解ッス」
一ノ井は部屋を出て行った。
「普段の宮野さんからは、想像もできない姿だな」
「新工場の担当になって、大変みたいだよ。責任も大きいし、それこそ仕事に没頭してるんだろうね。今日、うちの会社に来てたけど、図面の目途がついてホッとしたのかもしれないな」
宮野さんが倒れないように、肩を抱く陽。
それを見ていて、ふと、このシチュエーション全てがお膳立てされたような、そんな奇妙な気分になった。
「そうだ、大智。宮野さんが言ってたぞ。今回の仕事、大智んとこに決まりそうだってさ」
「また、情報漏洩だ」
「俺も、言わば関係者だろ」
「教えてもらわなくても、分かってたよ。もっといい内容で見積出すから、絶対ウチに来るよ」
「へぇー、すごい自身だな」
「そりゃぁ、ね」
今日、完成した図面を思い出し、木村さんに見せたかった思いも再び沸き上がってきた。
『ここでの話もして、口裏を合わせてもらわないとな』
そう思うと胸が弾んで、後で電話してみようと思った。
「お待たせしましたー」
「悪いな、一ノ井」
「ご馳走さんです」
一乃井が戻ってきて、陽に財布を渡した。
俺はすかさず、ペコリと頭を下げた。
「調子いいな」
「会社モチだろ」
お互い顔を見合わせて笑ったが、一ノ井が隣で、あわあわ、してるから
「またヘンな想像してんなよ」
「分かってますけど、」
陽と宮野さんを指さした。
「寝てんだから、倒れちゃ危ないだろう」
「さぁ、お姫様は起きてくれるかな」
陽が揺り起こして、何度か名前を呼ぶと、宮野さんは目をあけた。
「ん? 私・・・あ、すみません、寝てました?よね、私」
「ククッ、はい、寝てました」
慌てて起き上がる顔が面白く、陽が笑いを含んで答えた。
「帰りましょう。立てますか?」
「は、はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけして、」
急に立ち上がったせいで、よろめいた宮野さんを陽が抱き止めた。
「おっと、あぶない。大丈夫ですか?」
「す、すみません・・・」
「俺、駅のタクシー、見てきます」
そう言って、一乃井が先に店を出て行った。
靴を履く宮野さんに、手を貸している陽を見て、
『なんてことナイ、ただ気を遣って手を貸しているだけだ。宮野さんも酔っているから、仕方のないことなんだ』
と思うのだが、またあの奇妙な思いが胸を過ぎった。
一乃井の活躍のおかげで、すぐにタクシーに乗ることができた。
先に宮野さんを乗り込ませ、
「じゃぁ、俺は、宮野さん1人じゃ心配だから、送ってから帰るよ」
「分かった。一乃井、お前も一緒に乗って行け」
「え、俺も?」
陽に返事を返し、すぐに一乃井の背中を押した。
「宮野さん、酔ってるから、陽1人じゃ大変だろ」
「あぁ、そうですね。一緒に手伝います」
納得して頷くと一乃井はタクシーに乗り込み、続いて陽が乗り込んだ。
「気をつけて、お疲れ様」
そう言って後部座席に座る3人を見た。
陽は軽く手を上げ、一乃井は、お疲れ様です、と答えながら笑顔で頭を下げた。
奥の宮野さんは、ぼんやりとした表情だったが、俺と目が合うと笑顔を浮かべて頭を下げた。
ドアが閉まるとタクシーが走り出した。
その走り去っていくタクシーを見送りながら、
『ただの直感だけど。女の色香に、陽1人じゃ危ないだろ』
と心の中で呟いた。
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