第42話 美味しい肴と美味しいお酒
「あ、この出し巻き、美味しい!」
「でしょ、でしょ」
阿部さんに私一押しの出し巻きを褒められて、すごく嬉しい。
「ここの出し巻きは、出汁が美味しいの。この焼き加減も絶妙だし、口に入れるとトロッとホクホクで」
説明しながら一切れつまんだら、我慢できなくて口に入れた。
『あぁー、たまらーん。美味しー』
「気にいってもらえて良かった。ホイ、今日は酢牡蠣、それと寒ブリ刺身」
アキさんが小鉢に入った、小ぶりだけど厚みのあるプリッとした牡蠣と、皿に盛られたサシの入った赤みがかった乳白色のブリの刺身をカウンターに置いてくれた。
『うわぁー、ヤバい・・・』
どう考えても、これは日本酒だ。
「カワハギ、美味し!」
口に手をあて、モグモグと美味しそうに食べている阿部さんを見ていると、益々思いは増すばかり。
先日、陽と飲んだ荷札酒を思い出して、
『あのお酒、絶対合うわ』
そう思っていると、
「すみません、日本酒ありますか?」
「早っ!」
思わず声が出た。
「ダメなんですか?」
「そうじゃないけど。即決だねー」
「だって、このカワハギ肝醤油、すっごい美味しんですよ」
「うん、知ってる」
「なら、日本酒って分かりますよね」
「うん、分かる~。だったらさ、荷札酒にしない?」
大きく頷いて、新潟のお酒、荷札酒シリーズの黄水仙を提案した。
陽の受け売りをそのまま伝えると、阿部さんも興味が湧いたのか、飲んでみることになった。
レイカさんが瓶とグラスを持ってきて、蓋を開けるとボンッと心地良い音が鳴った。
「いい音」
余韻に浸っていると、
「そそられる~」
阿部さんがうっとりした顔で言った。
その顔は、見惚れるくらい色っぽい顔で、でも、その目線の先が日本酒って、
『やっぱり酒豪だわ』
と思っていると、
「お酒好き、と言って下さいね」
と返してきたので驚いた。
「声に出さなくても、顔を見ればわかります。木村さんって、わかりやすいですよね。彼氏さんにも、そう言われません?」
「そんなことは、」
ナイ、と言いたいけれど、いつも先を読んで気遣ってくれる陽を思うと、違うとは言いにくい。
「はい、黄水仙。どうぞ召し上がれ」
レイカさんの言葉に、グラスになみなみと注がれた荷札酒を零さない様に持ち上げた。
乾杯をしたかったけど、危険なので先に少し飲んだ。
「んーっ、美味しい。すごく飲みやすい」
「ねー、このシュワッと感がいいのよ」
お互いに顔を見合わせ、改めてグラスを合わせて、また飲んだ。
白身のカワハギを濃厚な肝醤油に絡めて口に入れると、口の中に残る荷札酒の余韻と相まって、肝の甘さが際立った。
さらに身を噛むとあっさりとしながらもねっとりとした食感と旨味に、
「これ、クセになるわー」
と感動が声に出た。
「分かるー。カワハギって、こんなに美味しい魚だったんですねー、フグみたい」
「カワハギは、フグの仲間だから食感が似てるんだよ」
阿部さんの感想に、アキさんが焼銀杏をカウンターに置きながら教えてくれた。
「コレコレ、これもお酒に合うのよ、アツッ」
前に陽と食べた焼銀杏、嬉しくなって1つつまんだら、思いのほか熱かった。
「ジョッキで冷やします?」
阿部さんがビールジョッキを持って気遣ってくれた。
男前というか何というか、気遣う方向が、お酒絡みというのも可笑しくて、笑ってしまった。
「ありがと、でも大丈夫」
「もう酔っちゃったんですか?」
「ううん」
「じゃ、もう1杯、いっときます?」
驚いて阿部さんのグラスを見ると、カラになっていた。
「もう飲んじゃったの?」
「お魚との相性バッチリ。口当たりもいいんで、スイスイ飲んじゃいました」
ウフッと笑う顔がまた可愛過ぎて、こっちも勢い任せて残りをククーッと飲み干してしまった。
「さっすが、木村さん。すみませーん、お代わりください」
こっちが言う前に注文する阿部さんに、瞠目してしまった。
「別のが、良かったですか?」
「や、そうじゃなくて。なんか随分、感じが変わったなぁーって思って」
今更?というような顔をして、残っていた生ビールを飲み干した。
『うーん、かっこいい!』
「変わったんじゃなくて、元に戻しただけです」
「元に?・・・」
「まーた、聞かれるまでに時間がかかりそうなんで言っちゃいますけど、こっちが元々の私で、以前はキャラ作りしてたんです」
「へー」
「関心なさそうな返事ですね」
「そんなことないよ。なんか、聞いちゃったけど、聞いてよかったのかと思って」
「・・・・・木村さんのそういうとこ、イラッときます」
「あぁ、ごめん。キライ、ではなかった? あー、そんな顔しないで。冗談、冗談」
眉間に皺がよったので、慌てて訂正した。
「まぁ、いいですけど」
ため息交じりに阿部さんが言った。
丁度レイカさんが、また瓶とグラスを持ってきてくれた。
レイカさん、ナイス!
「はいはい、間、ごめんなさいねー」
そう言って、新しくグラスを置くと、またなみなみと注いでくれた。
「お酒もカワハギも、すっごい美味しかったです」
「良かったわー。このブリもね、かなりイケるわよぉー。お酒に絶対合うから」
阿部さんがレイカさんに話しかけて話す姿を見ていて、こっちの阿部さんの方が断然いいなと思った。
話し方もハキハキしていて気持ちが良いし、少しキツイ感じもするけど、さばさばした性格が清々しくて、すんなり受け入れられる。
『それに、見た目と性格の差がまた、ギャップ萌えだわ』
つい拝んでしまいたくなるのを我慢した。
「私、思ったんだけど、今の阿部さんの方が、すごくいいと思うよ」
レイカさんが厨房へ戻ったあと、私の溢れんばかりの気持ちを伝えたくて、率直に言ってみた。
すると阿部さんは驚いた顔をして、でもすぐにムッと怒ったような顔に変わった。
「評判は、あまり良くないですけどね」
そう言って、プイッと横を向いてしまった。
「そうなの? 今の方が、絶対イイと思ったんだけど」
「木村さんに言われても・・・」
言い方が気に入らなかったのか、それとももっと理由を聞くべきだったのか、ぐるぐる考えながら横から覗き見るように阿部さんの顔を見た。
『顔が、赤い?』
お酒を飲んだから?とも思ったけど、これは違う。
まさかの、照れているのでは?
私の視線に気がついて阿部さんは少し慌てたように、目の前に置かれたグラスをパッと掴んでククーッと飲んだ。
「えっ、いきなり?」
半分以上飲んだかと思うと、グラスをタンッと置き、
「テレてませんっ」
と私を睨むように見て、言い放った。
『これもまた、ギャップ萌えだわ』
何も言ってないのにムキになって言い張る阿部さんが可愛くて、おまけに観賞根性がムクムクと沸き上がってきて、顔がニヤリと緩んでしまいそうになった。
「うん、そうだね」
やっぱり耐えられず、でも、なんとか笑顔に押しとどめた。
そんな私を横目に、阿部さんは寒ブリ刺身をパクリと食べた。
「美味しっ」
瞬間、表情がトロけた。
堪らず私も、寒ブリにパラリと塩をかけて、パクリと食べると、
「あ、トロける~」
口の中でブリの油がトロリと溶けて、そこに塩味が加わり、油の甘い旨味に変わった。
『このブリ、ヤバーイ』
そこに黄水仙を含んだら、口に中でマリアージュ、更に美味しくなった。
「あー、これは陽に報告しなきゃ」
前に、黄水仙とホタテを一緒に食べた時よりも、ブリと食べた方が断然美味しく感じられた。
油が多い魚の方が、美味しさが倍増するのかもしれない。
「このお酒、ホント、いいですね。お刺身に合うし、それでいて飲み後スッキリだもの」
すっかり機嫌も直ったのか、上機嫌な阿部さん。
『やっぱり、美味しいモノって、世界平和に匹敵するわ!』
阿部さんの笑顔を見て、そう思った。
また新しくお酒に合う美味しい肴を選ぼうとメニューを物色していると、阿部さんが聞いてきた。
「風さんって、木村さんから見て、どんな人ですか?」
「ブレないねー。阿部さんって、本当に風くんのこと好きなのね」
「んー、どうなんでしょう。最近、分からなくなってしまって。最初は、好きって思った時もあったんですけど、最近はあからさまに避けられてるみたいだし、そんなに嫌われてるなら、もういっか、って思ったりしてます」
「その、元に戻したっていうのも、風くんのこと思ってなんでしょ」
「半分はそうですけど、半分は、もういいかなって感じですかね。キャラも、元々は周りに合わせる為にやってたようなものなので。この見た目で、この性格のままでいると、イメージと違うとか言い方がキツイとか、色々言われるんですよ。なので、学生の頃はトラブルにならない程度に猫かぶってたんですけど、もう必要ないかなって」
『この見た目、って言ったー。すごい、流石は阿部さん』
でも、反論する気持ちは全然起こらない。
だって、正にその通り、なんだから。
にしても、顔のいい人って男女問わず似たり寄ったりなんだなぁ、とつくづく思う。
「私の視点から言うと、今の阿部さんの方が脈アリなんじゃないか、と思うよ」
「え?」
「風くんも同じで、顔で苦労してるから、そこはお互い共通で気持ちが通じ合うところがあるんじゃないかと思うのよ。まぁ、結構ズケズケ言う人だから、そこんところは耐性があった方がいいと思うけど」
「そう、なんだぁ・・・」
少し俯き加減に気持ちを揺らす阿部さんの表情は眼福もので、また拝んでしまいたくなってくる。
「あ、でもこれは、あくまでも私の見解だから、ね」
ヘンに引導してるみたい?って気もしたけど、
『大丈夫よね。私の考えだもん。でも、この恍惚とした表情は・・・』
隣で、うっとりと頬を染める表情を見て、
『余計なこと、言っちゃった、かな・・・』
一抹の不安が、胸を過ぎった。
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