第38話 嫉妬と勘違い?

 陽は、店員を呼んで新しい手拭きを貰ってくれた。

 やっと手も解放され、拭きながら隣を見ると、優しい笑みが返ってきた。

『なんなの、今日は甘過ぎじゃない?』


「陽、」


 今日はどうしちゃったの? と聞こうと思ったけど、水を差すような気がして口をつぐんでしまった。

『って、結局一番喜んでるの、私じゃん』

 自分で突っ込んで、脳内で身悶えてしまった。


「今日は、ごめんな、桜子」

「・・・うん?」


 升酒を手に、陽がポツリと言ったので、我に返った。


「暮から、大智が泊まりに来てたんだ」

「電話で、声、聞こえてたもんね」

「お互いがどっちかの家に行くっていうが、毎年の恒例でさ」

「なるほど」

「今日は、まさか、ついて来るとは思わなかった」


 陽は肘をついて、溜息を漏らした。


「初詣も、毎年恒例だったんでしょ」

「あぁ」


『だったら、ねぇ』

 と思ってしまった。

 だって、陽のこと大好きな風くんだよ。

 本当はラブと言いたいとこだけど、なんかイヤだから、大好きにとどめておくけど。

 わざわざ私に、良好な関係、なんて言ってくるぐらいの人だよ。

 そこは、ちょっと読みが甘いんじゃないかなー。


「で、リョウを呼んだんだ」

「あー、リョウさん、なんだか、お気の毒~。

あっ、もしかしてデートだったんじゃない?

ほら、天之先稲荷神社の狐のこと、デートの為とかって、陽、言ってたじゃない」

「あれは、まぁ、リョウの女性に対する処世術を言っただけで・・・、電話したらすぐオッケーだったよ」

「そうなんだ。んー、でもさ、なんか分かるなぁ。リョウさんって気さくだし、人当たりもいいし、モテると思うわー。それに、狛狐のちょっとしたミニ情報なんか教えてくれたりして、女の子からしたら、気持ち寄せちゃうよねー」


『あれ?返事が返って来ない』

 そう思って隣を見ると、何故か項垂れてるんだけど。

 なんで??


「地元なら、誰でも知ってる情報だよ」


 でも、すぐに顔をあげて、素敵スマイルで返してきた。


「そ、そう」


 作り笑いで答えた。

『落ち込んでた? ナニに?』


「桜子は、天之先稲荷神社は初めて?」

「うん。年末って実家に戻るから、初詣は、実家近くの神社なの」


『桜子。イケメン彼氏、連れて来てちょうだいよ』

 昨日の帰りがけ、母が言った言葉が頭の中で木霊した。

 イケメンは彼氏じゃないって何度も言ったのに、すっかり間違ってインプットされてる。

 母のことだから、何もしないまま放置してたら、急に押しかけてきそうで怖い。

 何か対策を立てないと。

 折角だし、陽の意見も聞いてみようか。

 結婚云々は別にしても、親に紹介するのは可笑しなことじゃないよね。


「桜子?」

「あ、・・・ううん」


 気遣う陽に聞こうと思ったけど、一瞬で怖気づいた。

 やっぱり、親に紹介、って言葉自体が重い。

 もっと軽い感じの言葉にしようと違う言葉を考えてみたけれど、思いつかない。


「陽は、いつも天之先稲荷神社?だよね。地元だもんねー」


 意味のない返しになってしまった。


「あぁ。子供の頃は、人も今ほど多くなくて、大智と上まで競争して駆け上がったな」

「えーっ、あの石段を? すごい」

「ははは、小学生の頃だからガキだったし、やたら元気が有り余ってたな」

「へー、なんか、いいかも」


 イケメンと知的男子の2人が元気よく石段を駆け上がる姿を想像して、ウットリしてしまった。


「良くないよ。外でばっかり遊んでたから真っ黒だったし、頭もくりくり頭だったからな」

「えー、イガーい」


 想像できなくて陽を見ると、ニッコリ、素敵スマイルが返ってきた。

『うわっ、眩しっ』


 今日の陽は、ヤバすぎる。

 直視出来なくて、意味なく升を掴んだり、手に持ったりした。


「そ、そんな子供時分から風くんと神社に行ってたんだねー。あ、それで知ってたのか。風くんがね、神社の名前の由来を、教えてくれたのよ。よくそんなこと知ってるなぁ、って感心してたんだけど、」


 チラリと陽を見て、ギョッとした。

 またまた、項垂れてる。

 しかもかなりの頭の落ち具合だ。


「陽?」


 心配になって声をかけると、


「ヘコむなぁ・・・」


 少しだけ顔を上げて、陽が言った。

『エーーーーーーー、ナニが? 何に凹んだの??』

 今の会話で落ち込む要素あった? 

 あー、でも、そんな悲しい顔をしないで欲しい。

 こっちまで、悲しくなるよ。


「私、何かイヤなこと言った? ごめんね、気がつかなくて。って、今も分かんないんだけど。

でも、気をつけるから、イヤなこと、絶対言わないから、だから・・・・・、どこらヘンがイヤだったとか、そこを詳しく、教えて欲しい、です」


 最後は、声が小さくなってしまった。

 陽がイヤだと思うことなら、悪いところは直す自身はある、てか、絶対直す。

 でも、それが分からないと直しようがないから、彼女として情けないけど、思い切って聞いてみた。

 驚いた顔をした陽だったけど、すぐに優しい笑みに変わった。


「イヤなことなんて、何もないよ」

「そうなの?」

「うん」

「じゃぁ、なんで」

「桜子は、優しいなぁ」


 と陽がしみじみと言ったから、

『どこが?』

 と思って、


「優しいのは、陽でしょ」


 とすぐに切り返した。


「俺は、優しくないよ。優しいのは、桜子にだけ。桜子が俺のこと優しいと思ってくれてるなら、俺の思惑がうまくいってるってこと」

「意味、わかんないんだけど」

「今日、俺、下心アリアリだしね」

「えっ?」


 下心、というフレーズに心臓が跳ねあがった。

 自分の中の、愛欲が頭の中で渦巻いた。


「あー、下心って言っても、桜子の中で俺がいつも一番でありたい、っていう下心だよ」


 言い訳するように、少しぶっきらぼうに言って、グイッと升酒を飲み干した。

『いやいや、そういう不意打ち、ヤメテ・・・』

 内心、ホッとする気持ちと残念な気持ちが沸き上がった。

『陽のそれは、下心じゃなーい。私の方が、よっぽど下心アリアリだよー。私が一番って。

私にとって、陽はいつも一番なんだけど・・・・・あっ、これって、まさかの、気持ちのズレ、なんじゃないの? ここままだとだんだん気持ちが離れていっちゃうとか? ダメー、それはダメ。ちゃんと伝えなきゃ、私の気持ち』

 今の気持ちをキチンと伝えようと、姿勢を正して、陽に向き直った。


「陽。私が一番好きなのは、陽なの。だから、そんな心配する必要はまったく、ぜんぜん、本当に、これっぽっちもナイから。私、陽のことが一番大好き」


 真っ直ぐに陽を見て、宣言するように言い切った。

 溢れる思いをもっと伝えるべきか、考えていたら、陽の顔が赤く染まり、顔をそむけた。

 お酒の酔いもあるかもしれないけど、でもこれは、

『照れている! いつもは沈着冷静な陽だけど、こんな顔、初めて見た』

 そう思うと、めちゃくちゃ可愛く思えた。


「あんまり、見ないで、恥ずかしいから」


 陽は片手で顔を隠した。

『カワイイ!』


「ホント、桜子には、かなわないな。カッコ悪いところばっかり見られてる」

「そんなことない。今の陽も、可愛くて、カッコイイ、私の素敵な彼氏だよ」


 心に沸き上がる思いそのまま、口に出た。


「カワイイ?」


 言うつもりじゃなかった言葉も出てしまって、陽の疑問の言葉に慌てて首を振って、言い直した。


「カッコイイ! すごくカッコイイの。 いつものスーツ姿もステキだけど、今日の私服はオシャレで、すごく似合ってるし、いつも私を気遣ってくれるのも素敵だし、好きってなっちゃうし、何気にスマートにエスコートしてくれるのも素敵でカッコイイし、今日は特に笑顔が素敵すぎてドキドキしっぱなしだし。陽の笑顔、すごく素敵、大好き。笑いかけてもらえると、ホッとして安心するっていうか、」

「わー、もう、いいから」


 思いつく限りの陽への思いを話そうとする私に、陽がストップするように手を出して、小さく息を吐いた。


「あんまり言われると恥ずかしすぎる・・・・・、よーするに、俺のつまらない見栄なんだよ。桜子が、大智やリョウのこと、良く思ってくれるのは友達として嬉しいけど、褒めたりすると、ちょっと、良い気がしなくて」

「褒める? ・・・褒めてたかな?」

「リョウの人柄がいいとか、言ってただろ」

「あれは、世間一般論ってやつで」

「大智の、神社の名前の話とか」

「あれは、褒めるというより、ただ感心しただけで・・・・・ 陽って意外に、嫉妬深いの?」

「だったら?」


 開き直る様に、逆に聞き返された。

『なんか、可愛いなぁ』

 自分より年上の、いい年をした男性に、こんなことを思うのはヘンかもしれないけど、そう思った。

 だって、どれもこれも私の事が好きっていう気持ちの裏返しなんだもん。


「それでも、好き。大好き!」


 私が断言すると、


「知ってる」


 今日一番の甘々な笑顔で、陽が笑った。

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