第39話 やっぱり風くんは凄かった・・・
「新年あけましておめでとうございまーす」
「おめでとうございます」
会社に入ると、あちらこちらから聞こえてくる挨拶の言葉。
そういう私も営業部に入ると、
「新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
と、部長、課長など管理職の方々に頭を下げ、各グループの社員の方達にも頭を下げた。
こういうところは、中堅会社のいいところ。
きっちりとした堅い挨拶よりも、やんわりとした軽めの挨拶の方が好感を持ってもらえる。
「こちらこそ、今年もよろしく」
「あけましておめでとう」
「休みはゆっくりできたか?」
周りから声をかけられ、笑顔で答えながら、香織さんに挨拶をした。
「あけましておめでとうございます」
「こちらこそ、あけましておめでとうございます。実家に、戻ってたんでしょ」
「はい、久しぶりに母の小言を聞いてきました。
香織さんは?」
「ダンナの実家で掃除三昧、家事三昧だったわ」
「あー、私も似たようなもんです」
「あけましておめでとうございまーす」
と唯ちゃんがやってきた。
こちらも挨拶を返すと、
「今日の仕事のメイン、何か知ってます?」
意味ありげに唯ちゃんが言った。
「それはもちろん、毎年の事だしね。お茶だしでしょ。確かもう、アポは何件か入ってたし」
香織さんが答えると、
「そうなんです、そうなんですよー。だからね、順番決めません?」
唯ちゃんは後ろ手に持っていた割り箸3本を、シュッと差し出してきた。
割り箸の先には番号が書かれている。
「そうよね、新年の挨拶って、ホーントいろんな人が来るから」
「なので、これで恨みっこなしの交代は、どうですか?」
「新年早々、運だめしみたい」
唯ちゃんの言葉に、香織さんと私は参戦した。
「どうする? いっせーのーで、で引く?」
「ちょっと、混ぜようよ」
「3本で混ぜるって、意味ないんじゃない?」
3人でわちゃわちゃと相談していたら、
「悪いけど、2人でお茶だし、してくれる?」
と後ろから声がして、振り向くと風くんが立っていた。
「風くん。どうしたの?」
「これから新年の挨拶に部長と行くんだけど、木村さんも一緒に行って欲しいんだ」
「私?」
内勤なのに何故、という思いしかない。
「年末に見積作っただろ。そこの会社に行くんだ」
「いや、でも、なんで私?」
「もし工事が取れたら、頻繁にやりとりすることになるから、先に顔合わせしとこうって話になったんだ。お互い顔を知ってる方が、今後話しやすいだろ。それに、挨拶には花があった方が、インパクトあるしな」
「えー、それなら阿部さんの方が断然いいと思うけど」
暮に垣間見た、彼女の真剣さを思い出し、何気に推してみた。
「彼女は総務部だろ」
でも、サラリと返された。
「えー、じゃぁ、私はダメですかー? 同じ営業部ですし、ここでは私が一番若いですしね」
横から唯ちゃんが、話に加わってきた。
ね、と言った時に少し首を傾げ、風くんを上目遣いに見て、カワイイを演出しているのがすぐに分かった。
『ホーント、あざといっていうか、なんというか。上手く自分の可愛さを主張してくるのが、凄いわ』
「今回の工事は第2グループの案件だ。当然、窓口は木村さんになってくる。顔繫ぎの意味も含めての新年の挨拶だから、永井さんが行っても意味がないだろ」
折角の演出も、風くんの前ではバッサリ切られてしまった。
ムッとした顔の唯ちゃんは、香織さんが、2人で交代でやろっか、と声をかけても、気持ちを隠そうとはせず、フンッといった感じで横を向いた。
私はというと。
「急に言われても、スーツじゃないのよ、私」
「どんな格好?」
「パンツにセーター、上着にコート」
「大丈夫だろ、コート着てれば見えないし。15分後には出るよ」
「そんな急に」
言いすがろうと思ったけど、拒否権はない、とばかりの無言の圧に仕方なく更衣室へ急いだ。
「すみません、お待たせしました」
部に戻ると、すでに出たと言われ、急いで駆け出すとエレベーターホールに高橋部長と風くんが待っていた。
「木村、急に悪いな」
「いえ。でも、私でお役にたてるかどうか・・・」
小太りの柔和な笑顔がトレードマークの高橋部長の言葉に、気の良い返事を返したいところだけれど、大きな案件の、大事なお客様のところへ私が一緒に行って大丈夫なのか、不安しかない。
「大丈夫、大丈夫。顔を見に行くくらいの気持ちで、気楽に構えてくれたらいいから」
「はい・・・」
「背筋、伸ばして堂々としてたら、イケるって」
風くんが、軽く背中をポンっと叩いて笑った。
『うぅー、素敵スマイルっ。至近距離は、ヤバいな』
緊張を解くための笑顔で、ワザとじゃないんだろうけど、違う意味でドキドキする。
エレベーターに乗り込み、言われた通り背筋を伸ばして、ジッと階の数字を見上げた。
1階に着くと、運がいいのか悪いのか、阿部さんがいた。
すぐに風くんに気がつき頬を染めたけど、その次に私を見つけて、少しイヤな顔になったのは見間違いじゃないと思う。
「あけましておめでとうございます。新年の挨拶周りに行かれるんですか?」
すぐに声をかけてきた。
こういうところは流石だな、と感心していると、部長に可愛い笑顔を向けたので、案の定、部長の顔が綻んで足が止まった。
すぐに風くんに声をかけるんじゃなくて、部長から攻略していくところも、流石だと感心していると、
「部長、約束の時間に遅れますよ」
風くんが、サラリと言った。
「すみません、風さん。あの、木村さんもご一緒なんですか? ちょうど、営業部に行くところだったんですけど」
仲の良い感じで、あたかも私に用事があるというような素振りで話しかけてきた。
『なんで? 彼女なりの作戦? ここは話を合わせる方がいいのかな』
と思っていると、
「阿部さん、悪いけど戻ってからにしてくれる。部長、木村さん、少し急ぎましょう」
また風くんはサラリと言うと、私の腕を掴み、部長を急かす様に外へ向かって歩きだした。
阿部さんの顔が少し曇ったように見えたけど、これは絶対、見間違いじゃない。
「ちょっと、風くん」
「何?」
「もう少し、柔らかめで話そうよ」
「普通だけど」
「いやー、もうちょっとさー」
「風くんは、うちのホープだし、男前だから大変なんだよ」
意外にも部長がフォローを入れてきた。
「大変かもしれませんけど、もう少しやんわりでもいいと思いません? 部長」
「木村さんは知らないだろうけど、今日行く会社でもさ、彼のファンが大勢いるんだよ。周りにいい顔してたらキリがない。だから、仕方ないんじゃない」
「えーっ、ファンが大勢、いるんですか?」
「そうそう、今日、行けば分かると思うけど、前に行った時も大変だったんだよ。手紙やら土産やら、やたら渡されて。ああいう時の女性のパワーってすごいよね、本当に」
思い出したのか、可笑しそうに部長は笑った。
私としては、驚きの事実に、言葉が出なかった。
『イケメンだとは常々思ってたけど、やっぱり風くんってすごかったのね。でも、また性格に難が出そうだわ』
「可哀想な目で、俺を見るなよ」
「見てないよ。大変そうだとは思ったけど。それよりも女性達の方が、可哀想だわ」
「なんでだよ」
「だって、頑張っても冷たい対応されちゃうんでしょ」
「どうでもいい人に言い寄られても、仕方ないだろ」
「じゃぁ、いっそのこと作っちゃえば、好きな人」
心の中で、阿部さんを思い浮かべながら言った。
彼女の風くんへの思いを知ってから、私は断然、阿部さん推しになってしまった。
『美男美女、絵になるじゃん。阿部さんのあの強気な性格も、風くんには合ってるように思うんだけどなぁ』
「簡単に言うなよ。作れないから、困ってるんだ」
「まぁ、そっか」
『言い寄られてばかりじゃ、好きになる機会もないか』
風くんの性格からして、とりあえず付き合ってみよう、ってことにはならなそうだし、だったら余計に阿部さんがいいと思うんだけどな。
「それなら、木村さんと付き合ってみたらいいんじゃないか?」
「 「えっ」 」
部長がビックリするようなことを言ったので、風くんと私、ハモッてしまった。
「いやいやいやいや、それはナイですよー、部長」
「そうか? お互い、気が合ってるように見えるけどな」
「部長には、そう見えますか?」
冗談っぽく笑いながら風くんが言うから、腕を叩いた。
「イッ、タイなー」
「何、言ってるのよ、話を膨らませないで。私、彼氏、いるんでダメです」
言葉強めに言うと、
「そうか、ダメかー。いいコンビだと思ったんだけどな」
と部長。
「漫才じゃないんですからー」
「ウチは工事会社だから、女性が少ないしなー。あとは、総務の女性陣くらいか。そういえば、設計の事務の子、工事部の坂下と付き合ってるって聞いたな」
苦笑いしながら話す部長の話を聞きながら、部長が情報通なのに驚いた。
「ウチは、社内恋愛禁止とかないんですか?」
とまた、風くんが口を挟んできた。
「ないない。仕事に支障がなければ問題なしだ。俺の嫁さんも、もともと総務で働いていたんだ」
「えー、そうだったんですね」
相槌を打ちながら、風くんがこの手の話に加わってくるのが珍しくて、顔を見ると、私の視線に気がついて、どうした? というようなやんわりとした笑みを返された。
『こんな風に、誰にでも普通に接すればいいのに』
と思いつつ、
『はぁ~、ダメだ・・・』
耐性があるとはいえ、こんな顔を向けられたら、変にトキメいちゃうじゃないかー。
陽が大好きな私でも、グッときてしまった。
『ごめん、陽・・・』
風くんの恋愛は前途多難だなぁ、としみじみ思った。
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