第40話 受付嬢への対抗策

「わー、すごい、カオス感」

「言ったとおりだっただろう」


 工場の正門から構内を少し歩き、一画に立つビルの広いエントランスホールに入った。

 壁には工場の歩みや歴史が年表と共に紹介されていて、工場内で作られている商品や協賛している商品が見目楽しい説明と共に並べられ、購入できるように奥には売店も併設されていた。

 受付で事務所へ連絡を入れてもらい、案内役の受付嬢について歩いていると、案内の人が1人、2人、3人と増え、見る間に5人にまで膨れ上がった。


「あけましておめでとうございます、風さん」

「風さん、これ、お土産なんですけど、良かったら、どうぞ」

「来週、新年会があるんですけど、風さんも参加されませんか?」


 などなど、風くんへの女性達の猛アピールが目の前で繰り広げられ始めた。

 あの手この手で風くんとお近づきになろうと必死で、私と部長は、風くんの枠から少し離れて、後ろをついて歩いた。


「ちょっと、どいて」

「いつまで隣、歩いてんの、代わんなさいよ」

「邪魔しないでよ」

「イッタッ、足、踏まないでくれる」


 風くんの両サイドを確保しようと、女性達が言い争っている図はなかなかに迫力がある。

 当の本人の風くんは、嫌がるでも愛想を振りまくでもなく、至って普通、平常心といったふうで、部長が言っていた、周りにいい顔してたらキリがない、の意味が分かった気がした。


「いつも、こんな感じなんですか?」

「そうじゃないかな。一緒に出向く時は、いつもこんな状態だから」

「はぁー」


 社内でも人気はあるけど、みんな耐性が出来たせいなのか、ここまでではないからビックリした。

『本当にファンクラブがあったりして』

 パーテーションで仕切られた商談室があるフロアを抜けて、応接室に案内された。


「こちらでお待ちください」


 騒がしかった女性達がいなくなり、室内は静かになった。


「アイドルの追っかけを見ているようだったわ」

「女性のパワー、すごかっただろ」


 部長の言葉に、大きく頷いた。


「そのパワーを毎回あてられてる身にもなってみろ。精魂尽き果てるわ」


 風くんが、うんざりしながら言った。


「でも、羨ましくもあるけどな。俺には、縁のないことだから」

「部長、それは寂しすぎますよ。私も、一緒ですけどー」


 部長と2人、顔を見合わせて笑った。


「失礼します」


 ノックの音の後、スラリとしたスタイリッシュな女性が入って来た。

 長い黒髪を後ろで束ね、切れ長のクールな瞳がキツイ印象を受けるけど、形の良いふっくらとした唇が女性らしさを醸し出していて、気品を感じさせる女性だ。


「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」


 すぐに部長と風くんが挨拶をして頭を下げたので、私も一緒に頭を下げた。


「新年早々ご足労頂いて、ありがとうございます。すぐに近藤も参りますので、どうぞお座りになってお待ち下さい」


 そう言って、手に持っていたお盆から蓋つきの茶碗を茶托にのせてテーブルに置いた。

 一連の彼女の流れるような所作と色白のほっそりとした手がとても綺麗で、ソファに座りながらジッと見入ってしまった。

 どうぞ、とお茶を出された時に目が合って、同性なのにドキッとしてしまった。


「お待たせして、すみません」


 男性が2人、入室してきた。

 部長と風くんがすぐに立ち上がったが、私は一拍遅れて立ち上がってしまい、少しふらついてしまった。

 でも、風くんがさり気に支えてくれたので、事なきを得た。


「今日はまた、女性が一緒とは、珍しいですね」

「はい、第2グループで事務担当をしております木村です。今後、電話でのやり取りなどは彼女が窓口となりますので、ご挨拶に同行させました」


 若い感じの男性の言葉に、部長が答えて私を紹介したので、私は頭を下げた。


「それは、ご丁寧に。こちらは、部長の塩原。私は近藤といいます。よろしくお願いします」


 2人共名刺を出して挨拶をしてくれたけれど、私は名刺がないので1人1人に名前を名のった。


「それとこっちが、宮野です。私の補佐役です。今度の新工場は規模が大きいので、私一人ではなかなか手が回らないところも出てくるでしょうから、私が抜擢しました。彼女は現場も知っているので、話を進めていくうえで頼りになりますよ」


 若い感じの男性、近藤がスタイリッシュな女性を紹介した。


「宮野です。よろしくお願いします。御社から頂いた資料を拝見しましたが、少ない時間にもかかわらず細かく精査されていて、全体的にこちらの希望に近いものに感じました。まだ正式な決定ではありませんが、より良い工場に作り上げていきたいと思っておりますので、お力添えよろしくお願い致します」


 と、爽やかな笑顔で返してきた。


「ありがとうございます。こちらとしても、ご希望に添えるように頑張ります」


 頷いたものの、いきなりの内容の話に、どう答えればいいのか分からず固まっていると、すぐに横から風くんが代わりに答えてくれたので、頑張ります、と言った時、一緒に深々と頭を下げた。

 自分が明らかに戦力外過ぎて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「期待しています」


 彼女の声には、聞いてるこっちが頑張って期待に答えようという気持ちにさせる力があった。

 その後、ソファに座り座談会が始まる中、こんな女性がいるんだ、としみじみ感心して見惚れてしまった。

 私の視線に気がついても、彼女は嫌な顔1つ見せずに軽い笑みで返され、座る姿勢も背筋がピンと伸びていて、とても清廉なキャリアウーマンだと思った。




「はぁ、間に合ってよかった」


 小一時間ほどして、ようやく終わり帰ることになった。

 座談会の最中、緊張からかトイレに行きたくなり、とはいえ、途中で席を外すなど、私の立場で言えるはずもなく、ずっと我慢していた。

 手を洗い外に出ようとしたところで、宮野さんが入って来た。


「あ、お疲れ様です」


 恐縮して、ポロッと口から出てしまった。

 彼女は、優しく目を細めて、お疲れ様です、と返してくれた。

『できる人は、どんな時でもスマートだなぁ』

 と思っていると、


「この後は、また別の会社に行かれるんですか?」


 と話しかけて来てくれた。


「いいえ、私は、たぶん帰社するだけかと。部長と風は、わかりませんけど」

「そうですか。でも今日は、あまり寒くなくて良かったです。構内は風通しがいいので、少し歩いただけでも底冷えしてくるんですよ」

「すごい、広いですもんね。大きなタンクがいくつも見えました」

「タンクとタンクの間は、ビル風みたいな強い風が吹くので要注意なんです」


 工場あるあるの話を聞かせてもらって楽しく思っていると、外で声がして入口から覗くと、風くんの周りに受付嬢達が群がっていた。


「うちの受付嬢達だわ」

「あー、風くん目当てですねー」

「騒がしくして、ごめんなさい」

「いえ、逆にこちらの方が、ご迷惑おかけしてるみたいで」


 どちらが悪いわけでもないのに、互いに謝り合っていると、


「もう、終わった?」


 風くんが女性達の輪を抜けて、こちらに近づいてきた。

『ギャー、来ないで』

 お慌てて、宮野さんに頭を下げてトイレを出た。


「ごめん、お待たせ」


 面倒なことに巻き込まれないように、風くんに声をかけ、横をすり抜けて部長のもとへ急いだ。

『ここへ来るたびにこれじゃぁ、風くんも大変だ』

 そう思っていると、


「 「 「 エーッッ!! 」 」 」


 と大きな歓声が上がった。 

 驚いて振り向くと、女性達全員が私を見ていた。

『ナニナニ、どうしたの? なんか、睨まれてる? なんで?』


「それでは、失礼します」


 風くんはお辞儀をすると、大股でこちらへ来たかと思うと、私と部長を急かす様に歩き出した。

 振り向いて見ると、ついさっきまで可愛らしく笑顔を振りまいていた彼女達だったのに、今は恐ろしいくらいの鬼の形相に変わっていた。

『 怖っ 』




「ちょっと、最後のあれは、なんなの?」


 駅まで向かう道すがら、我慢できなくて聞いてみた。


「あー、ごめん。あんまりしつこいから、つい言ってしまったんだ」

「ナニを?」

「やー、だからさ。彼女だって言っちゃったんだよ」

「は?・・・・・・」


 優に5秒はフリーズした。


「だから、木村さんが俺の彼女だって言ったんだ」

「ハァァァー??」

「彼女がいるって言えば、少しは大人しくなるかなって思ってさ」

「ってその前に、私は風くんの彼女じゃないでしょ」

「うん。でも彼女達には分からないだろ。木村さんがここに来ることはもう・・・・多分、ないと思うし」


 さっき見た彼女達の顔を思い出して、一瞬ゾワッとした。


「分からなかったとしても、意地悪されそうじゃん、恨まれそうじゃん。どーすんのよ、不幸の手紙とかイタ電とかバンバンきたらっ。会社帰りに待ち伏せされるかもしれないじゃんっ」

「えらく古典的だな」


 部長が横からボソッと言った。


「ぶちょ~!」

「うん、そうだな。流石にダメだな。ウソはダメだ、風」


 私の困り果てた言葉に、部長が肩を持ってくれた。

 風くんは仕方ないといった体で、肩をすくめた。


「思いつきとはいえ、悪かった。なんかあった時は助けるんで、言ってくれたら、」

「なんかあってからじゃダメでしょー」

「なら、どうすればいいんだよ」

「そもそも、風くんが私を助けたりしたら、余計に話がややこしくなるー」


 こっちの窮境なんてお構いなしの自分勝手な風くんに腹が立った。

『あー、阿部さん達とは和解ができて、またフツーの生活に戻ったって思ってたのに。ナイと思いたいけど、怒った女性って本当に怖いからなぁ。何もないと信じたいっ』


「ま、そんな深刻に考えなくても、なんとかなるだろ」

「部長、そんなこと言って、何かあったらどーするんですか」

「その時は、風がなんとかするだろ」

「だから、それが火に油を注ぐだけなんですって」

「大丈夫だろ。いつかは風だって彼女つくるんだろうし、その予行演習だと思えば、」

「私はどうなるんですか」

「・・・だからその時は、風がなんとかするだろ」


「大船に乗ったつもりいてくれよ」


 などと、風くんがのたまった。

 まーったく信じられない私は、


「泥船でしょ、それ」


 と言い返した。

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