第53話 2人の推し観賞!
お酒の勢いもあって、阿部さんに、飲もう、と力強く宣言していると、
「こんばんは」
と風くんがやって来た。
ガラリと引き戸を開けて、当然のように入口横のカウンター端に座る私達に顔を向けた。
でも、すぐ顔が曇った。
理由はもちろん阿部さんを見たから、だと思う。
彼女の存在を伝えていなかったから、当然と言えば当然の反応、なんだけど。
『いきなりその顔はどーなの』
と思ってしまった。
しかも、
「木村さん。また、付きまとわれているのか」
と開口一番、言ってきた。
ムッときて、言い返そうと思ったら、
「つきまとってません」
と阿部さんが真っ向勝負に出た。
「どう見ても、付きまとってるじゃないか。どーせまた、待ち伏せでもしたんだろ」
「いいえ、更衣室で一緒になったんです」
「ほら、更衣室で待ち伏せだ」
「違います。たまたま一緒になっただけです」
「あらあら、2人、仲がイイのねー。じゃ、こっちに来て。ここに座ってー」
入口前で睨みあうように、売り言葉に買い言葉、風くんと阿部さんが言い合っていると、レイカさんがカウンターの真ん中に席を用意し出した。
私の目の前にあったキズシもお酒も移動されていく。
「はい、はい、どうぞー。サクラちゃんもねー」
奥から私、阿部さん、風くんの順に用意してくれたのに、風くんは私の左隣に空いていた席に座った。
えーっ、と非難の顔で風くんを見ると、
「話しがあるって言っただろ」
と言い訳がましく言ってきた。
「あからさまな感じですけどね」
右隣の阿部さんが、聞えよがしにボソリと言って、お酒をクイッと飲んだ。
「俺が避けてる、とでも?」
「違いました?」
「避けてない。木村さんに話があるって言ってるだろ。ただ、ここに阿部さんがいたのは想定外だったけどね」
「なら、また会うと思うので、その時は驚かないで下さいね」
「なんで、会うんだよ」
「だって、ここ木村さんのお気に入りの店ですよね。私と木村さん、飲み友達なので、ちょくちょく来ると思います」
皮肉めいた笑みを浮かべた阿部さんに、風くんは、は?、という顔をした。
でも私は、阿部さんにとっては何気ない言葉だったかもしれないけど、飲み友達、という言葉にグッときた。
「どーする?ナニか入れよっか? はい、お水。良かったら、飲んでちょうだいね」
レイカさんがカウンター越しから、グラスに入った水を置いてくれた。
酔いのせいか、体が火照っていたから、有難く冷たい水を飲んだ。
「どういう流れで、飲み友達になってんだよ? ん? 顔、赤いな、結構飲んだのか?」
「うーん、どうかな、」
気にかけてくる風くんに答えながら、
『いや、そうかも』
と思った。
楽しくて、結構なペースで飲んだ気がする。
だったらここは、仕切り直し、とばかりに、
「レイカさん。生ビール、お願いします」
と言うと、
「え、ビールに戻っちゃうんですか?」
「じゃぁ、俺も生で」
両サイドから喋られた。
「日本酒、いきましょうよ。いい感じで黄水仙、飲んでたのに。今度は別の銘柄いきましょう」
「黄水仙?」
「美味しーい、お酒です」
「生でいいじゃん。木村さん、ビール派だろ」
「それ、ドコ情報ですか?木村さんは、日本酒好きですよねー」
「ビールだろ。よく飲んでるし」
「あの、やっぱり、チューハイレモンで」
目の前で繰り広げられる2人のやり取りの間から、小さく手を上げてレイカさんに言った。
飲み干した水の余韻か、サッパリとしたものが飲みたくなった。
「 「 「 カンパーイ 」 」 」
結局、阿部さんは生ビールに落ち着いたようで、私が持つチューハイジョッキに、両サイドから生ビールジョッキがガツン、ガツンと当てられた。
「うっま」
別で飲んできたはずなのに、風くんはゴクゴクとイイ感じの飲みっぷりだ。
さっきまで日本酒を飲んでいたはずの阿部さんも、めちゃくちゃフツーな飲みっぷりで。
『わぁ、すっごいアウェーな感じ~』
私は喉を潤す程度に、ゴクン、と飲んだ。
「他に、なんか頼みます?」
阿部さんがメニューを開きながら聞いてきた。
「そりゃ、食べるだろ」
「木村さんに、聞いてるんです」
「適当に頼めばいいんじゃん」
「適当って。風さんは、食べてきたんですよね」
「たしなむ程度に」
「なんですか、それ。まだ食べる気ですね」
「いーじゃないか。梅野にきたら、やっぱ、出し巻きだろ」
「もうさっき、私達は食べましたー」
阿部さんが、私にしな垂れかかるようにして言うと、
「何回頼んでもいいだろ。ここの出し巻きは美味いんだから。木村さんも、そう思うだろ」
「う、うん。そうだね」
ムッとして風くんが言い返し、私に話を振ってきた。
目の前に空間が出来て、やっと手にしていたジョッキをカウンターに置くことができた。
2人のやり取りは、漫才の掛け合いのようにポンポンと言葉が飛び交うので、圧倒されて入っていけない。
『もう、いっそのこと2人で座ってくれないかな。私は、その横でゆっくり飲んでいたいよ』
「じゃぁ、出し巻き、頼みます」
「ムリして食べなくてもいいよ。こっちは木村さんと食べるから」
そう言うと、風くんは私の肩をグイッと引き寄せた。
「いーえ、頼むのは私なので、私も食べます。それより、お酒飲みましょうよ、木村さん」
メニューのお酒ページを開き、私の肩に置かれた風くんの手をベリッと引き剥がした阿部さんは、私の腕を引っ張った。
「今はまだビール、じゃない、チューハイ飲んでるだろ」
「次に飲むのを、相談してるだけです~」
クスクスと楽しそうに笑いながら答えている、阿部さん。
言葉はとげとげしいけど、風くんとの会話を楽しんでいるようだ。
少し前のことを思うと、かなりのキャラ変だけど、素の阿部さん、いいように作用してるみたい。
風くんも、嫌がってたわりに普通、とは言い難いけど、普通に話してるし。
「ナニ、1人で笑ってんの」
「なんか、嬉しくなっちゃって。2人とも、打ち解けたみたいで、よかったーって」
人知れず、嬉しくなってニンマリしていたのを、風くんに見咎められた。
でも私の言葉に、風くんは苦虫を潰したような顔をして、
「毛嫌いされてる、の間違いじゃないか?」
と阿部さんを見た。
「嫌ってなんて、いません。・・・先に嫌ってきたのは、そっちじゃないですか」
阿部さんも負けてない。
大智くん、とうっとりしていた顔からは想像もできないくらい、臨戦態勢な顔つきだ。
「してないだろ」
「さっき、顔を見た時、イヤそうな顔、してましたよ」
「あれは・・・、阿部さんがいると思わなかったから」
「いて、悪かったですね」
少し不貞腐れるような、それでいて耐えるように、ギュッと唇を引き結んだ。
横で見ているこっちが、胸を打たれる表情だ。
「いや、うん、ごめん。また・・・言い寄られるのかと勘違いしてしまって。・・・今日の阿部さん、いつもと随分雰囲気が違うね」
風くんは、ジッと阿部さんを見た。
「・・・ダメ、ですか?」
気恥ずかしそうに少し俯き、上目遣いに見つめ返す阿部さん。
「いや、今の方がいいな。話しやすい。でも、もう少し言い方は柔らかい方がいいかな」
風くんが、フッと可笑しそうに笑うと、
「気をつけます。でも、風さんもですよ」
阿部さんの顔も、パッと花が咲いたような素敵な笑顔になった。
・・・・・そんな2人の間に座っている、私。
『あぁぁー、いたたまれなーい。でも、ものすっごい位置で、ものすっごい光景を、目の前で見てしまったわーーーー』
なんなの、この神々しい素晴らしいショットは。
眼福だわ、眼福。
美しい、あーん、そんな言葉では表現できないくらい素晴らしいショットだわ。
秀美? 醇美? 耽美?
あぁ、分かんないけど、幸せ過ぎる~。
これぞ、観賞女子としての究極よ。
でも、この位置はちょっと微妙だなぁ。
もうちょっと、離れて見るのが理想なんだけど。
移動したい、あー、でも今更だし、空気悪くしたくなーい。
ここは、そう、空気、空気になろう。
祈る様に手を組んで、ジッと固まった。
「木村さん?気分、悪いのか?」
風くんが声をかけてきた。
『ううん、いいの、いいの。私は空気、私は銅像、気にしないで』
と言いたかったけど、そういうワケにもいかなくて、
「ううん、違うよ。ハハハ」
推し推しの麗しき光景に脳内大爆発だ、と説明するわけにもいかず、笑って誤魔化した。
「出し巻きの他にも、頼みましょうよ」
阿部さんが言うと、
「鱧天のネギ醤油と海鮮ピザ、頼んで。前に食べたけど、美味かったからさ」
「へぇ。鱧天のネギ醤油、お酒にあいそう」
「ハハ。ホント、日本酒、好きなんだな」
「えっ。ふふっ、はい」
『わぁ、やっぱり今日は空気決定だわ』
和やかな雰囲気に、生暖かい目で2人を見た。
「あら? いらっしゃい」
ガラリと戸が開き、冷たい風が店内に流れ込んできて、レイカさんの言葉にひかれるまま入口を見ると、息を切らせた陽がそこにいた。
え?、と思っている間にズンズンと私の横までやってきた。
「陽?」
急にどうしたのかと思って、携帯を思い浮かべたけど、運悪くさっき移動したときに、カウンターに置いていたのをカバンの中に入れたんだった。
慌てて陽に謝ろうと思ったけれど、陽は、困惑しているような真剣な顔で私を見た。
「お、陽。良かった、無事に帰れたんだな、お疲れさん。宮野さんは、大丈夫だった?後で連絡しようって思ってたんだ。なんか、あった?」
風くんも阿部さんもすぐに気がついたけど、陽の様子が少し変だと思ったみたいだ。
「大智、俺に言うことあるだろう」
「え・・・、あ、あぁ。宮野さんから、聞いたのか」
「あぁ」
店内の喧騒が、妙に大きく聞こえるくらい2人の間に静寂のような沈黙が流れた。
「どうしたの?2人とも」
堪らず声をかけたけど、私を見る陽の顔が怖いくらいに真剣だ。
「陽、俺と木村さんのことは違うんだ。ちょっとした話の流れっていうか、」
「言い訳はいい」
風くんが話し出すと、陽が遮る様に言った。
普通に声音なのに、胸に突き刺さるような強い言葉に風くんが動きを止めた。
「帰ろう」
陽は、背もたれに置いていた私のカバンを持って、私を促した。
「あらあら、もう帰っちゃうの? ハルちゃん」
「はい、今日はサクラコさんを迎えに来ただけなんで。また伺います」
カウンターから出てきたレイカさんに、陽はにこやかな笑みを浮かべて答えた。
普通の笑顔なのに、何故か妙に怖い。
陽が、財布からお金を出して支払いをしようとしているから、自分のお金を出さなきゃと思うのに、いつもと違う陽が、いや、いつもと変わらない、すごく普通なのに、どうしてかひしひしと感じるものがあって上手く言葉が出てこない。
「陽、ちょっと待て、聞いてくれよ。木村さんと阿部さんが先に2人で飲みに来てて、俺はたまたま合流しただけなんだ。まだ2人とも、飲んでる途中だし、陽もここに座って、」
風くんは立ち上がって、席を立とうとしていた私を席に戻そうと肩に手を置いた。
その瞬間、
「触るな」
陽の強い怒気を含んだ一声が飛んだ。
一瞬で店内は静かになり、陽は、すみませんでした、と頭を下げて、私の腕を掴むと外へ出た。
風くんは驚きのあまり呆然といった感じで、レイカさんは追いかけてきて、気をつけてね、とコートとマフラーを手渡してくれた。
いろんなことが起こり過ぎて、私の頭の中はパニック状態だ。
手を繋いで隣を歩く陽に色々聞きたいけど、何をどう聞けばいいのか分からない。
さっきも、外に出てすぐコートを着たけど、マフラーをしようとしたら、陽が私の手からマフラー取って、
「今日、思ったんだ。気持ちが暖かくなって、いつも一緒にいるみたいだって。桜子が言ったことは、本当だったよ」
そう言って、巻いてくれた。
意味深すぎて、分からなさすぎ。
『要は、私、なんか、疑われてる? 私の陽に対する気持ちに、一点の曇りもないのに。清々しいくらいに、好き、なんだけど。いや、違うか、大好き、だったわ』
どこに疑う要素があるのか、分からない。
時折、強い風が吹き、息が詰まりそうになると、陽が歩みを緩めて私を気遣ってくれる。
顔を上げて陽を見ると、ニッコリ甘々な笑みが返ってきた。
いつもなら嬉しくてテンション上がりまくりなんだけど、今日は、その笑みに別の意味が込められているような気がして。
『あぁ、私も笑顔で返したいのに、寒くて顔が引きつる~』
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