第52話 美味しいお酒と風くんの攻略!?
お酒を飲むペースが速かったのもあって、良い感じでほろ酔いになってきた。
『なーんか、楽し』
阿部さんと飲むお酒が楽しくて、顔が勝手にニヤけてくる。
「んぅー、牡蠣もイケるー、濃厚!」
美味しそうに食べる阿部さんを見て、『梅野』に一緒に来て良かったと思った。
阿部さんのカラになったグラスを見て、
『もうちょっと頼もうかな』
と思っていたら、携帯が鳴った。
最近は、陽からかかってきてもすぐに出られるように、それこそパッと出れるように、携帯を横に置いている。
携帯を見ると、
「えっ」
画面に映る名前は、『 風 大智 』。
『ナニ用?』
そう思って一瞬、唖然と見てしまった。
あっ、と思って隣の阿部さんを見ると、すでにガッツリ見られていて、
「早く出て」
と真顔で言われた。
「もしもし」
『木村さん?』
こっちの気分とは真逆の陽気な声音。
「はい、そうですけど」
『相変わらずブレないなー、そのイヤそうな言い方』
クククッと楽しそうに笑いながら話す風くんに、
「用事がないなら、切りますけど」
イラっときて答えると、隣からバンッと肩を叩かれた。
『イッ、タ。ちょっと、ナニ。私、曲がりなりにも先輩よ』
と思ったけど、阿部さんが鬼のような形相で、
耳にあてた携帯を指さし、(風さんを)
次に、指を下に向けてカウンターをコツンと指さして、(ここに呼べ)
ジェスチャーされた。
『はいはい、分かってますって』
電話の向こうでは、私の言葉など気にする様子もなく、
『あのさ、話したい事があって』
と含んだようなことを言ってきた。
風くんの言葉って、殆ど揉め事ワードだから、どうしても返す言葉が曖昧なものになってしまい、
「はぁ」
と答えた。
『今日、偶然、陽の会社の飲み会に参加して、そこで宮野さんにあったんだ』
陽、その名前にテンションがググッと上がった。
にしても、宮野さん?
そういえば、ここに来る途中、陽と宮野さんを見かけた。
自分の作り出した幻影かと思っていたけど、あれはやっぱり本人だったんだ。
『それで、言っときたいことがあってさ。今、外?』
携帯越しとはいえ、店内のざわつきを感じたようだ。
「うん、梅野に飲みに来てて、」
私が話し出すと、急に大きくアハハハハと笑い出した。
『まーた、1人酒やってんの』
「は?」
その言葉と笑いにムッときて、前に
『外食にスエットって、なくない?ナイわー』
と言って笑われたことを思い出した。
『ちょうどいいや。今から行くから、待っててよ。あ、スエット姿でも笑わないからさ、アハハッ』
「ちょっと、風くんっ」
言ってる尻から、切られた。
「笑わないって、めっちゃ笑ってんじゃん」
ムカついて、携帯を見ながら毒突くと、
「大智くん、来んの?」
阿部さんが、私を拝む様に手を組んで、目をキラキラさせていた。
『大智くんって、キャラ戻ってるし』
「うん、今から来るって。どこにいるのか知らないけど。てか、聞けなかったのよね。勝手に爆笑するから、」
「私、トイレに行ってくる。お化粧直し、しなきゃ」
話しているのに、阿部さんは席を立ち、トイレに駆け込んでいった。
『おーい、こっちは無視かーい』
どいつもこいつも自由過ぎて、ハァー、と溜息が出た。
トイレに消えた阿部さんの後ろ姿を見送りながら、
『風くんに言わなかったけど、いいよね』
と少し不安に思った。
風くんは、前に阿部さんのことを、見た目と内面が裏腹だって言ってた。
私的に、大きな偏見だと思うんだけど。
でも、今の阿部さんと話をすれば、きっとそうじゃないって分かるんじゃない?
そしたら、関係も良くなってって・・・どうなんだろ、結構、根深そうだもんなー。
でもさ、考えたら、風くんが1人で喋って勝手に切ったんだから、あっちのせいでもあるよね。
『うん、そうよ。来てから、驚けばいいのよ』
と1人、フンと考えていると、
「何か、入れよっか?」
レイカさんがカウンター越しに聞いてきた。
「んー、阿部さんが戻ってきたら、一緒に頼みます」
「わかったわ。この子、阿部さんっていうの?すっごいキュートな子ねぇ。快活な感じが良いわ~」
「私も、そう思います。でも、仲良くなったのは、最近なんですけど」
「そんなの、気が合って、一緒に飲んだら、もうダチよ、ダチ」
バチンッとウインクが飛んできた。
「そういえば、こないだダイちゃんと来た子も、なかなか可愛らしかったわね。男の子だったけど」
「あ、遠野さん」
「っていうの?んー、リョウって呼ばれてたわ」
「そうです。遠野 諒さん。陽と風くんの友達なんです」
「そうなの。ダイちゃんとはまた違ったイケメンだったわね。なんていうのかしら、笑顔に花もあるけど、裏もある、みたいな。ちょっとクセのある感じの子だったわ」
「・・・・」
その言葉は、当たらずも遠からずなので、コメントは控えておこう。
「あ、レイカさん。あとちょっとしたら風くんが来るんで、横の席、空けといてもらってもいいですか」
夜も更け、客も徐々に引けつつあるけれど、新たに来ないとも限らないので、一席空けてもらおうと聞くと、
「こっちに座ればいいじゃない」
カウンターの真ん中を指さされた。
カウンターの逆の端には、カップルと2人組のサラリーマンが座っていたけれど、さされた真ん中は4席、空いていた。
「え、でも」
「何、遠慮してるのよ。サクラちゃんだって、ウチの大事な常連のお客様なんだから。ドーンと座って、真ん中にドドーンと」
「どうしたんですか?」
阿部さんが戻ってきた。
「ダイちゃんが来るっていうから、こっちの席に座ったらって、言ってたのよー」
「あ、なるほど」
そう言って、阿部さんはまた私の隣に座った。
『あれ?』
そう思いながら、
「飲み物、どうする?」
「えーっと、じゃ、ライムチューハイで」
さっきまでの勢いは何処へやら、借りてきた猫のようなしおらしさに戻っていた。
「そう。私は、やっぱり黄水仙、もう一杯、かなぁ。んー、やっぱ、飲み過ぎかなぁ」
「いい塩梅のキズシ、あるよ」
悩んでいると、アキさんのその一声に、
「黄水仙とキズシ、お願いします」
と頭を下げた。
ハイヨ、っと威勢のいい返事のアキさん。
「えー、木村さん。飲むんですかー」
「阿部さんも、飲めばいいじゃない」
「えー、でもー」
少し俯き、伏し目がちなウルッとした瞳と桃色に染まった頬が、なんとも色っぽい。
じーっと見てしまっている自分に気がついて、ハッとした。
『うわっ。これじゃ、酔っ払いのオッサンじゃん、私』
「はいはい、間、ごめんなさいねー」
レイカさんが、新しいグラスをカウンターに置いてくれた。
ボンッという低音の心地よい音がして瓶の蓋が開き、トクッ、トクッ、トクッ、とそそられる音とともに、グラスに荷札酒の黄水仙が注がれた。
『あぁ、なんだろ、幸せ感じる~。飲める喜びー』
零れそうなグラスをゆっくりと持ち上げ、口を近づけると、
「やっぱり、私も飲むわ」
と横から阿部さんが言い切った。
待ってました、とばかりにアキさんがグラスを置くと、レイカさんがまたいい音をたてて黄水仙を注いだ。
「飲まないんじゃなかったの?」
「飲まないとは言ってません。考えていたんです」
「ふ~ん」
持ち上げたグラス片手に首を傾けて阿部さんを見ると、彼女もスッとグラスを持ち上げたので。
エアー乾杯。
クイッと飲んだ。
「やだ、もう、2人して、いいコンビじゃない」
レイカさんがケラケラと笑って厨房に戻って行った。
『いいコンビか。そんな風に思ったことなかったけど。こんなに気負わずに飲める相手っていうのも珍しいかも』
「ホイ、キズシ」
「 「 わぁ 」 」
アキさんが目の前にキズシを置いてくれた瞬間、私と阿部さん2人の感嘆な声がハモった。
表面はキラキラして青く、透き通るような赤い身から新鮮なのが分かる。
添えられた大葉とのコントラストが目にも鮮やかで、見ているだけでそそってくる。
「それじゃ、さっそく」
堪らずに、手を合わせて一切口に入れると、とろりと身が溶けたような感覚があった。
レアな食感から、甘じょっぱい酢と昆布の味が広がり、噛めば噛むほどサバの旨味が増して美味しくなっていく。
「おいひぃー」
もぐもぐしながらも、感動の声が出た。
「うん、これはホント、美味しいわ」
阿部さんも目をぱちくりさせて堪能している。
目が合うと、また2人してグラスを持ち上げ、コツンっと乾杯した。
口に含む黄水仙とキズシの余韻。
『あー、ブリもイケたけど、キズシもイケるー。お酒、美味しー』
ククッと飲んでしまった。
グラスとタンッとカウンターに置きながら、
『今日、私、大丈夫かしら』
と思う反面、
『すっごい楽しいから、いっか』
と思う自分がいる。
でも、かなり後者な自分に、クスッと笑えた。
「あー、美味しい。けど、また飲んじゃった」
「ダメなの?飲んだら」
私が肩肘ついて聞くと、阿部さんは少し口を尖らせて眉尻を下げた。
「だって、酒豪って思われるでしょ」
「あー、(風くん、ね)」
「あー、って。どうでもいいって、思ってるでしょ」
「ううん、思ってないよ、(ホントは、どうでもいいけど。てか、今ちょっと忘れてたな)」
「初めて、一緒に飲めるのに。いいように思われたいもん」
俯いて、落ち着かないのか何度も手を握り直している、阿部さん。
ウルッとした瞳と桃色に染まった頬と、ギュッと結ばれた赤い苺のような唇が、ヤバい!
『ナニ、このカワイイ子っ』
胸にギュンッときた。
『風くん、バッカじゃないの?こんなカワイイ子、好きにならないなんて。こーんな、いじらしい子、そうそういないのに。そうだわ、そうよ。私がキュービッド役になればいいじゃない』
急にムキムキとヤル気が沸き上がってきて、右手の拳に力が漲った。
『そうじゃん、私が2人をくっつけるのよ』
ギューンとお酒バロメーターが、後者へ振り切った。
「今日は、飲もう」
「え?」
阿部さんに向き直って、断言した。
「風くんの、あの女性に対する面倒な偏見をブチ破るのよ。その為には、飲むのよ。で、自分をさらけ出したら、絶対に上手くいくわ」
「えぇ?」
握った拳でカウンターをダンと叩くと、阿部さんは驚きと困惑の顔で首を傾げた。
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