最終話

 その後、世界は混沌の渦に巻き込まれたかと思ったがそんなことも無く。崩壊した鈴が丘は全国世界各地の霊障地から集まった人々によって無事鎮圧されてしまった。

 それでも駅前にはタワーだけは残り、そこを根城とする咲夜は健在だった。マナとオドを大量に集めたせいで神秘の時代では無くなった現代では、しばらく適う者のいない存在となっていた。

 なので本人が人類に友好的であったことも加味して放置されている。力の根源がタワーにあるせいで行動範囲も狭いというのは鈴音と同じであった。

 しかし不思議なことは消せていない。地球上を情報が駆け回ったせいで、悪魔、怪異、妖怪、天使、果ては神様までその姿を見せるようになっていた。日本でもそこら辺の神社に行けば偽物か本物かは別として神を名乗る者が普通に闊歩している。

 それに付随した問題も数多い。彼らをどう扱うか、市民なのか敵なのか、人外なのか人権があるのか。職は食は住は金は。考えなければいけないことは山積みされて、解消の目処がたっていない。

 ただそれは他の誰かが考えることであって、勇気にはあまり関係の無い話だった。

 新築の和室で、茶を啜る。元々良く手入れのされていた部屋も新しくなれば新鮮味がある。


「貴方」


 ゆったりと一人佇んでいると、正面から声をかけられる。

 鈴音が、いつもの和装を少し崩してそこにいた。


「なんだ?」


 勇気は答える。

 あの日から早一年。世の中が大きな変換の時を迎える中で勇気は鈴音の元へ身を寄せていた。

 持っていた店も全て売り払い、人間関係も精算するという徹底っぷりだった。もちろん、一年前のヤクザからの依頼もそれどころではなくなったため、向こうから少しの違約金を貰い縁を切った。

 理由は、少々有名になりすぎたせいだ。一年経った今でも鈴が丘だけにとどまらず、街を歩けば陰口を叩かれ子供からは磔の人と指さされる程だ。アングラな仕事なんてできるはずも無い。

 幸い身辺整理で作った金はある程度まとまった額になっていた。それを使って新しい商売でもと考えていた矢先にメメ子を通じて鈴音から呼び出しがあったのだ。


「あの子達のことはどうするの?」


 鈴音が聞いているのは、メメ子と咲夜の事だった。

 勇気はゆっくりと湯呑みに口をつけてから、


「どうもしない」


 ただそれだけ答えていた。

 二人とはそれなりの頻度で会っている。特に距離の制限のないメメ子とは二人で旅行に出ていたりもする。

 それぞれの思いは知っている。それでも二人とは清い関係のままを貫いていた。


「恋に恋するような歳でもないんだ。もう少し経って知見が広がればこんな男より良い奴に鞍替えするだろうよ」


「まるで父親みたいに言うのね」


 鈴音は微かに笑みを浮かべながら、楽しそうに話す。

 瞳にハートを浮かべているような、甘い恋が苦手だった。恋愛自体に元々興味が薄く、商売女と肌を重ねたことも多々ある。そのせいで割り切った遊びでしか楽しめないようになっていた。

 その点で言うならば、鈴音と床を同じにしたことは数えるのも億劫な程あった。行為の前も後も思惑や打算を感じざるを得ない関係が不思議と安心させるのだ。


「やめてくれ、あんな騒がしい子供を二人も抱えていたら心労でくたばっちまうよ」


「そうかしら? 案外似合っているわよ」


 冗談はよせと、勇気はため息をつく。

 今は日がな一日鈴音の世間話に付き合うのが仕事となっていた。給料などはもちろんないが衣食住は向こうが用意するものを甘受する、そんなヒモでしかない生活を続けていた。

 それに対して文句を言う人は誰も、いや一人を除けば誰も居ない。鈴音が封殺している訳ではなく、単に新生鈴音神社が好景気に見舞われているからだった。

 新たなランドマークとなった駅前の塔と、その関係者がいる神社。世界中から観光客が集まり、その人々が御利益を求めて護符やお守りを買っていく。以前から来訪の多かった神社が今では商品の生産が間に合わないほどの盛況を見せていた。

 一方で寄り付かなくなった人も居る。その一番はやはり紗希だった。

 勇気が神社に寄生することを強固に反対していた彼女は鈴音の意思が固いと見るや、何処かへ旅に出ていた。今頃世界のどこかで怪異と戦い人々を護っていることだろう。


「たく、くだらないことを言うだけなら席を外すぞ」


「あら、何処へ行くのかしら?」


 鈴音は揶揄するように尋ねる。

 何処へいくか、今一番困る質問に勇気は力無く笑う。

 世の中は変化を続けている。しかし勇気はまだ一歩も進めていない。

 無気力に流されるだけの人生だった。なにかする為に生まれてきたのにまだその殻を破れていない、そんな焦燥感を胸に抱いていた。

 昔の自分ならそれでいいと言うだろう。いつからかそう思えなくなったのは、

 ……メメ子と咲夜のせいだろうな。

 好意を寄せている相手に見限られたくない。彼女達の思いに答える気がないというのにそう思ってしまうのは我ながら度し難いなと言う他ない。

 それでも、多くは望まない代わりにひとつくらい頑張った証があってもいいだろう。


「そうだな……」


 勇気は小さく天を見上げてから、


「……先ずは実家にでも帰ってみるさ」


 妙に清々しい気持ちで部屋を後にした。

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スズガオカりばーす @jin511

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