第6話 メメ子リバース

「どうかした?」


「いや……ん?」


 声に反応して思考の海から這い上がってきた勇気は正面を向くと、そこには想定通りメメ子が居る。が、その姿はつい先程までとは違い普通の少女のようであの悪目立ちする包帯がない。

 最早早着替え、変装では効かない状況に勇気は一度目を瞑る。そして、


「忍者か?」


「ぷっ……マジで言ってんの?」


 勇気の発言に対して、堪えきれなかったのだろう、思わずといった感じでメメ子が吹き出す。

 そして、


「ほんと、なーんにも覚えてないんだね」


「あぁ」


 取り繕う言葉も思い付かず、勇気は自身を納得させるように何度も頷く。

 その様子に一瞬影を落としたメメ子は次の瞬間にはパッと明るい表情で、


「とりあえずある程度教えるから質問は無しで」


「まぁ、分かった」


 勇気がそう言うと、メメ子は卓上の割り箸をむんずと掴むとテーブルの上に並べ始めた。

 何を、と思うが約束を思い出して口にはしない。ただ動向を眺めていると、等間隔に並べられた割り箸をメメ子は指差し、


「これ一本一本が時間断面とするでしょ?」


「……お、おうぅ」


「……うん、まぁ私も聞きかじりだからよく分からないって気持ちもよく分かるよ。とりあえず先に進めるけど、この世はヨクト秒未満の時間断面が連続しているから時間次元があるらしいのね」


 そこまで聞いて勇気は頭痛と吐き気がするようだった。元々頭は良くないのだ、メメ子の話ている内容など今のところ何一つ分かっていなかった。

 学校に言っていた時もそうだが知らない単語が出てくるとそればかりに集中してしまい、後ろに続く言葉まで気が回らないのだ。一から理解できないのであれば続く十までの道のり全てが分からないものと感じてしまう。

 だから勇気は理解することを早々に諦めていた。さもわかったかのように取り繕うことも出来たが、いずれボロが出た時により印象が悪くなることの方を嫌っていた。

 勇気の心中を知ってか、メメ子は一息ため息を着くと、


「きゅうり」


「ん?」


「きゅうりをうすーい輪切りにしてこの一瞬がその中の一枚、きゅうり一本が一秒って感じなら分かる?」


 空中で包丁を動かすジェスチャーをしながら説明すると、なんとなくだが話がわかったような気がした勇気は神妙な面持ちで頷いていた。

 要は八ミリフィルムの映写機と同じことだ。一瞬一瞬を繋げて一連の流れと見せているだけ。その間隔が恐ろしく狭いので流暢に見えているといいたいのだろう。

 それが本当かどうかは勇気にはわからないが、それよりも、

 だからどうしたっていうんだ?

 大きい話をしてから身近な要求を飲ませようとするのは詐欺師の常套句だ。職業柄そういう人間と接する機会は常人よりも多いし、自分含めろくでもない人間を専門にする悪食野郎だっている。高い勉強代を払ったことだって両手では足りないくらいだ。

 だから勇気は慎重に話を聞く。内容よりもその話し方に注視してだが。

 メメ子は再度並んだ割り箸に視線を向けると、


「じゃあこの時間と次の時間の間は何も無いかって言うとそういう訳でもないらしくて、繋ぐ糊みたいな物があるんだって。ただ普通は観測することも出来ないし干渉することも出来ない、そんな感じらしいんだけどね」


 自信なさげに言う姿は騙そうという気持ちは感じられない。

 彼女自身誰かからの受け売りなのだ、選ぶ言葉に悩むようにメメ子は眉間に皺を寄せていた。

 そして、ゆっくりと話し始める。


「じゃあこの糊部分に意味が無いかって話になるんだけどそうじゃなくて、実はここに干渉出来る者もいるの。本当はなんにもないはずなんだけど直前の時間断面の情報が投影されているから消えてなくなったりはしないってことらしいよ。ただその分時間断面にも影響力はないんだけど──」


 そこで言葉を区切り、メメ子は並んだ割り箸の一つを拾い上げる。


「──時間断面ってこんなふうに簡単に取ったり変えたり出来るの」


「そんなことして大丈夫なのか?」


「うん。だって明らかにおかしい場合次の時間断面で修正されちゃうから。一本くらいどうこうしたところでほとんど影響ないんだ。まぁほとんどってだけでちょっとは影響あるんだけどね。例えば……」


 直後、また鈴の音が響き、世界に色が失せる。

 メメ子の姿も変わっているが流石に何度も同じ状況を目の当たりにしていれば予感をすることは出来る。

 話の流れから今この状態が糊部分なのだろうことが分かる。ただ周りの人が動いている所を見ると一つの糊部分に留まっているのではなく時間断面を跨いでいる、つまり時間が進んでいるということだ。

 そこまではどうにか把握して、やはりそれがどうしたのか、と勇気は感じていた。

 真理も法則も、知らずとも十二分に生きていける。そんなもの頭のデカい学者の範疇、泥水の中で蠢く虫けらには不相応の知識だ。

 徐々に興味が薄くなる目を他所に、メメ子は立ち上がる。そして忙しなく働く店員に近づくと、その首をグッと掴み、そのまま引きちぎる。


「……は?」


 ころんと転がる女性の生首が足元にあった。

 今にも瞬きしそうなほど生き生きとした表情で勇気を見ている。

 ……なんだこれは?

 冗談か、冗談にしては笑えない。

 幸いなことに甲高い悲鳴を上げるほど繊細な心は持っていないし、場馴れしているため吐きそうになることも無い。勇気は食事前に気分の悪いものを見せられたな程度にしか思っていなかった。

 ただ突然の凶行に至った理由が知りたくてメメ子を睨むと、彼女は恍惚な表情で大きく笑みを作っていた。

 そして、


「ま、こんなふうに殺してもすぐに戻っちゃうんだよねぇ」


 一瞬で興味を失ったように冷めた口調で話す。

 その言葉通り、瞬きの間に捻じ切れ飛んだ首は元の位置にあった。巻き戻し、と言うよりは上書きといった感じなので目で追うことは不可能だ。

 そしてメメ子は勇気を見る。

 その目はどこまでも一直線で、正しく獲物を前にした猛獣の目であった。


「リバースギャップへようこそ、お兄さん」


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