第39話 メメ子が死んだ
多いな……
スマホ片手に流し見をしながら勇気は思っていた。
画面上にはざっくばらんな記事で溢れていた。紹介、解説、事件のまとめ。中には動画もある。そのどれから手をつけていいかすらわからない状況だった。
勇気は仕方なく手あたり次第に開いてはざっと見て次のサイトに移っていく。内容が被ることも気にせず上から順に、そんなことを三十分ほど繰り返していた。
……なるほどな。
勇気は時刻を確認したあと、スマホをカウンターの上に置く。
想像以上に時間が経っていて、喉が渇いていた。目の前に置いてあるグラスを手に取ると真新しい丸い氷がカランとなる。
「だいぶ集中していたみたいで」
「あぁ、ありがとう」
感謝を伝えると、勇気はグラスを傾ける。
唇に柔らかい氷が当たり、喉にはよく冷えた烏龍茶が伝う。
それを心地よく感じながら頭の中で情報を整理する。
……バカばっかだな。
勇気がまず思ったのはそれであった。
終末思想とは、簡単に言えば世界が急に終わるというものであった。それこそ脈絡もなく、テレビのスイッチを切るように。
冷静に考えればそんなことはありえない。が、何故か世間には広く広まっている。原因は今の所不明だ。
で、そのために何をするかと言えば基本的な指針はなにもない。悔いを残さないように生きるものもいればヤケになって自殺する者もいる。自分だけは助かる方法を伝授するや、来世に期待するなどの新興宗教も出てきているが信憑性には欠ける。
中には有名人が本気で信じていたりもするので広まりも早いのだろうが、世の中の大半は懐疑的な意見が多いようだ。
こじつけのような論理で証明しようとする者もいたが勇気ですら疑問を持つ程度の説得力しかなく、到底理解できるものでは無い。
それでも信じ、行動する者がいる。関連する事件事故の件数は日に日に増えているのが現実であった。それも世界中でだ。
「暇人が多いんだな」
勇気はつまらなそうに呟く。
「そうですね」
それに八雲も同意する。
勇気は軽く痛む頭を揉んでいた。知らぬ間に世間では大層くだらないことになっていた。そしてなぜだかそれを解決するよう依頼されているという事実が痛みを加速させる。
「でも、分からなくは無いですけどね」
「おいおい、やめてくれよ」
八雲の言葉を勇気は手を振って拒否する。
それでも八雲の口は止まらない。
「こんな仕事しているくらいですから、俺だって全部リセットしてやり直したくなる時もありますよ」
「こんな仕事で悪かったな」
「でもそういうもんでしょう?」
それが真理だというように話す八雲に、勇気は、
「死ねば終わりだなんて考えてるのが甘い証拠だよ」
愚痴る様に零す。
「どういう──」
八雲は言いきれなかった。その前に来客を告げるベルの音がなったからだ。
接客中、勇気はただ一人で空のグラスを眺めていた。
三日後の午後一時。久しぶりに鈴が丘の駅を降り立つ勇気に待っていたのは紗希だった。
改札を出てすぐ、柱に寄りかかる彼女を見つけると、勇気は辺りを見渡していた。
いつもなら無邪気な笑顔を浮かべて突進してくる少女の姿がない。どこか一抹の不安を感じながら勇気は紗希の元へ足を動かしていた。
「よお」
「遅い」
腕を組んで目を閉じている彼女は一言だけ言って口を閉じる。
「待ち合わせたわけでもないんだから仕方ないだろ」
勇気が反論するも答えは無い。
不機嫌という文字が形になったように態度を顕にする紗希は一言、
「メメ子が死んだぞ」
なんの脈絡もなくそう告げた。
「ん?」
理解を超えた話に勇気は首を傾げる。
言ったこと、言いたいことがわからない。あまりに一方的な物言いに何を言われたか理解出来ていない。
紗希は伝えることは伝えたというように背中を向けていた。
「いや、ちょっと!」
勇気は手を伸ばす。離れていく紗希の手を取り引き戻そうとするが、逆にひきずられそうになっていた。
「待てって!」
「必要ない」
聞く耳を持たない紗希は足を止めることは無い。勇気は仕方なく手を持ったまま彼女について行くしか無かった。
歩く歩く、進む進む。
駆け足に近い速度で風を切る。目的地も分からずついて行くのは酷く疲れるが、紗希は手を振り払おうとはしないでいた。
繁華街を抜けて住宅街へ。周囲からは人の姿が格段に少なくなる。しばらく歩いたところで急に歩く速度が落ち、
「……いつまで手を握っているつもりだ?」
「あ、あぁ、すまん」
勇気は狼狽えながら手を離す。
途端に駆け出すような真似はせず、紗希はゆっくりと歩く。勇気はその横に並ぶと、少し俯いた彼女の顔を見た。
「……メメ子が死んだってどういうことだ?」
勇気は尋ねる。
紗希が言っていたことを思い出す。殺されたではなく、死んだと彼女は言っていた、本当は殺されたのかもしれないが、殺して死ぬような奴には思えない。
なれば事故が自死か。しかしそんなこと有り得るのか。
巫山戯て言ったにしては笑えない冗談だ。その可能性は低いが土手っ腹に穴を開けても死なない奴がどうやって死ぬのか想像もつかない。
紗希は一瞬だけ勇気を見た。
次の瞬間には勇気の視線が天を向いていた。
蹴られたと判断来た時には尻もちをつき、無防備な腹を靴裏で抑えられていた。
「私達がどうやって死ぬか、知ってるか?」
「いっ……知らねぇよ」
「皆から忘れられた時、その時死にたいと思ったら死ぬんだ。お前はあの子に何をした?」
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