第52話 今度は私が守ってあげる
しかし偽メメ子は目の前で両手の人差し指をクロスさせてバツ印を作るだけで取り合おうとしない。
勇気は落胆し大きく息を吐く。彼女の様子では本当にこの状況をどうにか出来ると思っているようだった。
そんな方法があるなら教えて欲しいくらいだ。
内心で独りごちてみても何も変化は無い。
未だ眼下には悲鳴のような叫び声が聞こえていて、魑魅魍魎が跋扈している。空は青空の中、取材用のヘリコプターがどこから現れたか分からない生物に襲われ墜落していた。
十二分に醜態を世界中にばら撒かれただろう事実に勇気も諦めがつく。それよりも、
「──目的はなんだ? あと名前も」
いかにこの状況で暇を潰すかの方が勇気にとって大事であった。
その問いかけも偽物は首を横に振るばかりで成果は出ない。
「おいおい、このまま俺が干からびるまで続ける気じゃないんだろ? 見ての通り手も足も出ないんだから話し相手くらいになってくれてもいいじゃないか」
垂れ流した不満に、重大な決断を迫られたみたいに真剣な表情で少女は考え込んでいた。
彼女に直接手を出した記憶がないため、その姿勢に勇気の心に小さなヒビが入る。友好的なのか敵対的なのかはっきりしない態度が尚のこと煩わしかった。
「何に不安を感じてるか分からんが、そんな臆病で今後どうする。それより仲間を増やすなりなんなりすることがあるだろう」
「お兄さんが味方になるってこと?」
「目的次第ではな」
勇気は明言せずに答える。
少女は悩む代わりに勇気と目を合わていた。その心中を探るように、じっとりと。
そして、
「覚えてないよね……」
「そうだな」
諦観の籠った声に勇気は即答する。
十年前の関係者ということがそれで分かった。恨み言の一つでもあるかと思っていたが、少女は一歩前に出ると勇気の無防備な腹部に頭を押し付け、
「咲夜。私の名前は咲夜だよ」
消えそうなほど細い声で自己紹介をしていた。
咲夜、咲夜か……
聞いたことのある名前だ、それも最近のこと。
人違いでなければ彼女の肉体は紗希が使用しているはずだ。だから咲夜であるはずがない、普通に考えるのであればだが。
普通か。勇気は少女の後ろの光景に目をやる。
そこに広がるのは異常以外の何物でもない。そう考えると、十年前に死んだ少女の意識だけが分離していても不思議ではないように思えていた。
……まぁどっちでもいいか。
「そうか」
「……ちょっとは驚いてほしかったな」
咲夜は顔を話すと少し見上げてはにかんでいた。
驚けというが無理な相談だった。驚くよりも先に理解することから始めなければならないのだから。
勇気が反応に困って眉間にしわを作っていると、
「うん、まあ期待はしてないから」
「……最近皆それを言うよな」
勇気が文句を言う。それを聞いて咲夜は顔を背けていた。
なんだよ、言いたいことがあるなら言えってんだ。
頭の出来が良くないことは何度も自覚している。だからそのことに対しての罵詈雑言には耐性があった。
ただ勇気はそれを口にはしなかった。聞きたいことが他にあったからだ。
「で、これからどうするんだ?」
問いに対して、咲夜は、
「……どうしよっかね」
しばらくの逡巡のあと、逆に投げかけるように言葉を返していた。
……まじかよ。
ありえない。こんな大それたことをして無計画という事実に頭を抱えたくなる。今手が動かないことがもどかしい。
勇気は感情を吐息に乗せて吐き出していた。咲夜はそれを見ると下唇を噛んで、
「そもそも、お兄さんが悪いんだけど」
「責任転嫁はやめろ」
「違うし!」
ほとんど叫びに近い声で咲夜は地団駄を踏んでいた。
「計画がずさん過ぎなのっ! もう終末思想は取り返しのつかないレベルまで悪化していたんだから膿を出すつもりならここまでやらないきゃ意味がなかったの!」
「……聞いてないぞ?」
「知ってる。鈴が丘から離れられない鈴音様じゃ想定できないことだもの。私も流れ込んできたオドが想像以上だったから根源で状況把握して初めてわかったことだし」
咲夜は胸を張り、言う。
「じゃあ仕方ないな」
勇気は興味なさげにそう結論づける。
依頼されたのは解決までの糸口を見つけることだから、実際解決するのは他人任せでよかった。駒を配置し、勝利条件を整える。そのあと成功しようが失敗しようがそいつのせいであって勇気には関係ない。
今のこの環境をどうする気もないことがその理由だった。もちろん何も出来ないため何もしていないのだが、既に自発的に解決へ向けて行動する気持ちは失せていた。
自分が死ななければなんでもいい。
勇気は心の底からそう思っていた。
ただその過程か結果でちょっと利益があれば尚のこと良い。ベストよりもベター、それ以上の労力は適応外なのだ。
勇気は力なくうなだれていた。
「ちょっとはやる気出さないの?」
「出さない」
即答だ。
咲夜はただ軽くため息をついて、
「まぁ知ってたけどさ」
「逆に聞くがここからどうにか出来るのか?」
「どうだろうね。まだまだオドは大量に集まってきているからそれを回収しきってからが肝になるんだけど――」
咲夜はそこで勇気を見る。
そして、
「――正直言って死ぬ気はないんだよね」
「……どうしてそういう話になる?」
勇気が問うと、ふんっと咲夜は鼻を鳴らしていた。
「この事態を解決するには終末思想の具現体を消滅させる必要があるでしょ? 今の私がその状態なんだから殺さなきゃどうにもならないんじゃない?」
なるほど、と勇気は首を縦に振る。
理屈は通っている。確かにそういう話の流れにしていた。
だから、
「一回死んで蘇ればいいじゃん」
計画の続きではそうなっていることを告げる。
が、咲夜は軽く手を振って、
「そんなことしたらまた封印されちゃうから。せっかくこんな力まで得ることができたのにもったいないし」
取り付く島もなく拒否していた。
それでは困る。そう伝えようにも勇気には交換条件となる提示ができない。
何かないかと遅い頭を働かせる。が、思いつくことはしょうもないことばかりだ。
それでもいい。とにかく何か糸口になることを引き出さなければ、このままはいけない。
「俺は嫌だぞ。こんな娯楽のない世界なんてな」
「安心して。私が世界を管理してお兄さんが飽きないようにするよ」
手が伸びる。咲夜の指が、勇気の頬に触れ、上下に二回撫でていた。
止めろ、気持ち悪い。
力に酔っているのか、本当に実現可能なのか。そんなことはどうでもいい。
咲夜が明らかに特別視しているという事実が勇気の背筋に冷たいものを這わせていた。
勇気は咲夜から逃れるように小さく首を振る。
その行為を愛おしむように、咲夜は軽く爪を立て、
「かわいそうに。私のせいで死んでしまった命、今度が私が守ってあげるからね」
瞳に愛情を乗せて宣言していた。
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