第51話 チンケな小悪党

 認知による力はつまるところこいつならこれくらいできるだろうという想像の具現化だ。

 雑に言うならテレビで有名人がこれは美味しいといい、彼の言うことならと皆が思えばそれが本当に美味しいものと認識される、そんな感じ。

 だから強い人を倒した場合、それより強いんだという認識になれば力を得るし、倒されたほうは本当は弱かったのでは、となり力を失う。

 力を得ることは発言権が大きい事と同じであり、世界の理ですら認知によって捻じ曲げられる程である。科学が進み、世界の理が広く一般的になったせいでできることは減ってしまったが(あまりに無滑稽だと認知度の高い世界の理のほうが優先されるため)、それでも局所的であれば色々と悪さはできる。

 また認知による力も大雑把に二種類あり、人の思念の混ざったオドと純粋な力であるマナというものだ。これは何処か異国で使われていた概念であり、日本ではあまり使われていないらしい。

 オドもマナもただの力、方向性のない燃料のようなものだが、内包する力の割合がオドに傾くと、本人の性質が変わりやすくなるらしい。時制によるが大体は暴力的、性的、退廃的といった非社会性が強く出る。

 なんでこんな事を思い出しているかと言えば、作戦の前日に鈴音が話をし、そして翌日にメメ子の身体に彼女が殺されたからだ。

 どうやら世界中から集まったオドは想定外の力を生み出してしまったようで、対抗すべき戦力の総本山である鈴音神社は崩壊。家主は死に、自分も囚われの身となった。

 世界はここ、鈴が丘を中心に裏と表が混ざり合い混沌の渦に飲まれている。なんでそんなことが出来るのかは不明だが、始まりから今までの変遷を見させられているのだから疑いようがない。

 知らぬ間に山は高くなるし、建物は崩壊するし、人はバタバタと死んでいくしで、分かりやすく世の中が崩れていく。街中を肉の塊が徘徊し阿鼻叫喚の中弱ったものから食われていく。

 まぁ要するに、暇なのだ。

 非現実的な現実が目の前に広がっていても自分には影響がない。完全な安全地帯で磔という辱めを受けているだけだった。


「暇だな」


 あまりにも暇過ぎて考えてることが口から垂れ流される。とはいえ両手両足がコンクリに埋まったままでは呼吸以外出来ることはない。

 今願うのは事態の好転ではなく鼻が痒くならないことくらい。地獄絵図が目の前に広がっていようとも気にすることでは無い。


「お兄さんっ」


 近くで弾むような声がしても勇気は顔を動かさない。

 視界の中に入ってきたのはメメ子の姿をしてメメ子の声をした知らない誰かだった。ついでに言えばこの惨状の原因でもある。

 少女は無視されている事を気にする様子もなく、跳ねるような軽い足取りで勇気の前に立った。すぐ後ろは崖になっていて、心ここに在らずな足運びでは落ちてしまいそうだがそう簡単に事態を解決させてはくれない。

 どうにかしようという気は勇気からは既に失せていた。不思議と危機的状況という訳でもなく、かといって何か出来るわけもない。ゲームで言うならば完全に盤面の外で行く末を見つめる観客であった。

 ……さて、どうなるのやら。

 勇気は悠長に欠伸をしながら考える。プレイヤーはまだいる。最有力なのが紗希だが他にも世界中を探せばいくらかいることだろう。そいつらの頑張り次第で世界の行く末が決まるのだ。

 そんな大それたことは専門業者に任せればいい。とにかく今は、


「暇だ」


 お茶でも飲みたい。


「暇だねぇ」


 つまらない呟きに目の前の少女は相槌を打つ。

 勇気にとってそれがたまらなく不快だった。

 そもそもメメ子を乗っ取っている者が誰なのかが分からない。初めは予定通りマネキンの女だったのだがいつの間にか弾き出されていたと本人が言っていた。

 そういえばその彼女はどうなったのだろうか。泣き言を漏らしながら鈴音神社に逃げてきた後、偽メメ子の襲撃を受けてしまい殆どが行方知れずだ。簡単に死ぬとは思えないがその最たる鈴音が死んでしまった為全滅も有り得る。

 心優しい紗希のことだ、この状況を良しとはしないだろう。予想外の事とはいえここまで手引きしたのは勇気であることは知っているので、巻き添えで殺される可能性も否定出来ない。

 今のままのほうが安全な気がするな……

 目下不満があるとすれば身体の自由がないことくらい。それさえ解消されれば状況が変わるまでこのままの方がいいくらいだ。


「なぁそろそろこの拘束を解いてくれよ」


 勇気は身を捩りながら問いかける。

 どうにか抜け出せないかと、かれこれ一日以上抵抗を続けていたが案の定独力ではどうしようもない。

 偽メメ子はその様子を嘲笑しながら、


「駄目だよ」


 短く、はっきりと断る。

 その理由が見えていない勇気は不愉快さを眉間に乗せて、


「なんでだよ」


「私はね、お兄さんの前で隙を見せるようなことはしないから。針の穴程の綻びでも無理やりこじ開けて崩壊させる人なんだから当然だよね」


「過大評価だ」


 勇気はそう言い切ってため息をついた。

 十年前、無様にこの地から逃げた時から身の丈は思い知っていた。ただのチンケな小悪党でしかない人間に世界を救うことなんて出来ないのだ。

 

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