第50話 そして誤算が発生した

 これだから男は、と脳内で呟く。

 別に男性に対して悪い印象がある訳では無い。が、心の中にいつもしょうもない生き物という印象がこびりついているのには気がついていた。

 その原因があの男だとするならば納得のいく話である。母に混じった咲夜の感情やら記憶やらが回り回って自分に影響があっても不思議では無い。

 そして、咲夜の影響は母にも、そしてメメ子にも出ているようだった。普通自爆特攻させられた怨敵がまた目の前に現れたら殺すか関わらないかの選択しかないからだ。

 封印下でそれほどまでに根強い影響を及ぼせるのは本当にセンス、才能の塊と言っていいだろう。結果だけを見たら何でそうなったのかと言いたくなるような事態だが、どれだけ力があろうとも所詮は十歳児の浅知恵と思えば健闘したようにも見える。

 それを言うならばたかだか十歳児に踊らされてしまった大人達の方が情けないともとれる。

 問題はその後だ。話の主点だった咲夜はメメ子身体に封印されているはず。十年という月日の間これといった異変があれば自分が気づかないわけが無い。それだけの力はあると自負していた。

 だから、


「……どうして死んだりなんかしたんだ?」


 核心をつく質問に、メメ子は、


「は?」


 虚をつかれた、そんな顔をしていた。

 ん?


「えっ、は?」


 もう一度。理解の及ばないという顔だ。

 何かが噛み合っていない、そんな状況に、


「いや、表の体だけ置いてここに来たじゃないか」


「うん、封印のメンテナンスがあるから。しばらくお兄さんも来ないからって旅行がてら来てみたけど……」


 聞いていない。そんな話は聞いていない。

 何か大きな見落としがあると瞬時に判断して紗希は表情を固くする。



「封印はメンテが必要なのか?」


「そりゃそうでしょ。十二分にしているつもりでも定期的にはね。元から私にはそんなに力もないしここ最近は落ち着いてるから、外から無理やり力を注ぎ込まれるみたいな非常識な状況じゃない限り四、五年は問題ないらしいけどね」


「なんだ。じゃあ問題ないな」


 そう、問題ない。普通にしていればいい。

 ……あ。


「ああああっ!」


「うわ、何!?」


 天にも届くような絶叫を隣で聞いてメメ子は驚いて身を逸らす。

 不安定な岩の上だ、捕まる所もなくメメ子はそのまま転げ落ち、スカートを花開かせて地面にぶつかる。


「──いったー。いきなりびっくりするじゃん」


 起き上がり、装いを正しながら立ち上がるメメ子に紗希は一言、


「すまん!」


「いや、それじゃわかんないけど」


「……よし、起こしてしまったことは仕方ないとして、これからのことを考えよう」


 紗希は腕を組みながら自己完結して話を進める。

 訳が分からず、眉を顰めるメメ子は、何かをやらかした事だけは理解したようで、


「後でちゃんと聞くからね」


「わかってる。それよりも咲夜の封印が解かれたらどうなる?」


 その質問に、メメ子はうーんと唸り、


「どうだろう。昔と違って力にも慣れてるし、もう二十代だから落ち着いているとは思うけど」


「そ、そうか」


 紗希は明らかな安堵の息を吐いて身体の力を抜いていた。それこそそのまま岩の上から転げ落ちそうなくらいに。

 ただメメ子は心配そうな表情を浮かべたままだった。


「……どうかしたのか?」


 明らかに何かあると言いたげな雰囲気に紗希は慎重に尋ねる。

 メメ子は躊躇いがちに、言葉にしてしまえばそうなるとでも言うように、恐る恐る話を切り出す。


「もし、もしもだよ。咲夜の封印が解かれて、自由な身体を手にしたとしたらだよ──」


 メメ子はそこで一度言葉を区切る。

 紗希はそれを息を吸うのも忘れて聞いていた。

 大きく息を吸い、胸に溜めたメメ子は一思いに、


「──お兄さんは絶対ろくな目に遭わないと思う」


「……まぁ、うん。だろうな」


 それが前振りまでしていうことかな、とは言えなかった。






 この世界に人生に不満無く生きている人間はどれほどいるだろうか。

 大なり小なり誰かしら不満があるものだ。それが向上心となり自身の成長に繋がる、かもしれない。

 また物事には因果がある。馬鹿なことをすれば相応の人生しか歩めないというのは当然の結果なのかもしれない。

 だからと言って大体の人はそれに腐らず出来る範囲で出来ることをして人生を歩んでいるんだ。

 つまりは決して衆人の注目を浴びながらビルより高いオブジェの頂点で、十字架に磔にされるような事をした覚えは無いということだ。


「見てんじゃねえよ」


 上空を我が物顔で飛ぶテレビ局のヘリコプターを睨みつけながら、勇気は吐き捨てるように言葉を漏らす。

 その姿はまさに異様だった。両手両足は壁に埋まり、胸から上だけが露出している。

 背後にあるのは巨大なコンクリートの板で、無機質な灰色が縦に一本、横に一本と十字架のようになっている。

 その下には無数の瓦礫が山になっていた。駅舎だったところは潰され、周囲にあったビル群も趣味の悪いオブジェの材料となってしまっている。

 どうしてこうなったんだろうか、と勇気は何度目か数えるのも面倒になる思考を繰り返していた。

 途中までは概ね上手くいっていたのだ。突然死んだ少女が三日後に同じ場所に急に現れ蘇る。そして、世の中の恨みつらみをぶちまけて一旦消える。それだけでは弱いため何かもうひとつ演出を加える予定になっていた。

 それがこの醜悪なオブジェだ。

 基本的にリバースギャップで起こった事は表の世界にさほど影響を及ぼさない。しかしその規模が大きく、また長時間変更がなされたままであり固定化という技術を使うとリバースギャップでの出来事が表にも反映される。昔はこれでよく悪さをしたと鈴音が言っていたが、確かに悪用する気ならなかなか有用だ。

 問題があるならばそう何度も使えるものでは無いということだが一度くらいなら問題ないらしい。それよりも瓦礫の山を築く方が大変なくらいだ。

 そうして出来上がった、現代アートのような汚物を表の世界に顕現させる。突如として現れた物に人は驚き、そして拡散させる。

 拡散された情報は尾鰭をつけて世界中に広まる。訳の分からない思想も相まって分かりやすくこの世の終わりを演出することが出来た。

 そして誤算が発生した。

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