第49話 やり捨て

「そんなことが可能なのか?」


「可能かどうかで言うなら可能だったよ。十分に力をつけて黄泉の国に行ったお兄さんは咲夜を見つけて連れていこうとしたんだ。でも咲夜は現世には戻りたくないって言いだしてね。まぁ戻ったら戻ったでまたあの家に帰ることになるからそれが嫌だったみたいでさ」


「それはそうだな。自分が死ぬことになった遠縁も親の職業なんだから」


「あぁ、確かに。でもってお兄さんもお兄さんで力はつけたけど自分の臓器の代わりになる遺物は一つも見つけられてなくてね。イメージ力が足りないからわかってたっちゃわかってたんだけど。そういうわけで鈴音様の目標を達成してしまったら用済みで殺されないかって疑心暗鬼になってたんだよね」


 メメ子はややこしいね、と笑っていた。

 確かにややこしいが人間なんてそんなもの。疑い騙し、時には親しい間柄でも簡単に殺してしまう。そう考えると二人の行動はまだおとなしいほうに思える。

 ただ、本題はこれからだという気配を感じて、紗希は身構える。


「それからどうしたんだ?」


「お兄さんは無理やりでも連れて帰ろうとしたんだけど、咲夜は拒否して、代わりに条件を出したの。それが力の譲渡だった」


「……で、したのか?」


「したよ。それもお兄さんの持ってる力全部」


 紗希はへー、と軽く頷く。

 普通だったら絶対に了承しない内容だ。だが、勇気にとってはそれほど価値のないものだったと言うだけだ。

 もったいないとは思うが価値観が違うのならばしょうがない。

 それよりも急にそんな力を得た咲夜の方が大変だろう。

 普通なら徐々に慣らしていかないと身につかないものを風船に大量の水を流し入れるような行為だ。認知による力は純粋なものでは無く、様々な思念が混ざっているのでそこら辺の調整が面倒くさいのだ。

 ……いや、まて。

 紗希は急に頭を上げて、メメ子を見る。

 そして、


「なぁ、咲夜はある程度力について理解はあったのか?」


「それがさ、ないんだよね。お兄さんとの話の中でちょろっと聞いただけだから。何となく状況を打破できるんじゃって縋ったみたい」


「そんなことしたら──」


 そんなことしたら大変だ。雑多な感情を抱えた力が入ってきたら簡単に力に振り回される。それを制御なんて出来やしない。

 中途半端に止まった言葉に、メメ子はゆっくりと頷いて目を合わせる。


「──そう、急激な力に咲夜は耐えきれなかった。センスはあったよ。最初に鈴音様が目をかけるくらいにはね。それでも十歳そこらの子供には荷が重過ぎたみたい」


「で……どうしたんだ?」


「たまたま封印術に長けた同族がいたから全部封じ込めて依代に保管したよ。まぁその依代が私だったんだけど」


 そういうとメメ子は着ていた服の襟を開く。そして右の鎖骨の肩よりの部分を指さすと、


「ここんところに痕がついてたんだよ」


「こら、はしたない真似はよせ」


 急に素肌を見せた彼女を諌める。

 それが何処かで聞いたような言葉だったが、なんだったか思い出せない。

 ただメメ子は唇を尖らせ、非難するような目で紗希を見ると、


「いや、女の子同士なんだから別に良くない?」


「親しき仲にも礼儀あり。慎みを持てということだ」


 勇気が聞いたら笑われそうなことを紗希は平然と言う。

 ……また話が脱線してるなぁ。

 彼女といると度々そうなる事は以前からわかっていた。気安いからというのもあるがメメ子が案外話好きなのだ。聞いていて不快では無い為気にしていなかったが、今回はあまり時間をかけるのは良くない。

 紗希は話を戻すぞと告げ、


「封印した後はどうしたんだ?」


「いやもうしょうがないから帰ったよ。事の顛末も鈴音様にちゃんと報告してね。ただ封印したって力はあるから私もただで鈴音様に渡すのは気が引けたから折半って形で落ち着いたんだ。ただやっぱり咲夜はセンスがあってね、封印状態で状況が落ち着いたせいで力を鈴音様に渡す時に咲夜の感情も流れて行っちゃったみたいでさ」


「まぁそういうこともあるだろうな。でも母さんならそれほど問題はなかったんじゃないか?」


「まぁね。それに封印を解除しても咲夜の身体、今のさっちんの身体ね、それに戻ることを咲夜は拒否してるから蘇生が出来ないのは変わってないしで結局ぐだぐだになっちゃったんだ。かといって死体はそのままにしておく訳にもいかないからとりあえず別の魂を用意するってことになったの」


 それを聞いて紗希は納得の声を出す。

 そうして生まれたのが自分だということなのだろう。そしてその代わりに勇気は記憶を支払い金を持ってこの鈴が丘から去ったという訳だ。

 ただそうなるとひとつ気になることがある。


「……別に咲夜は母さんを操ってはいなくないか?」


 紗希は少し考えてから、その結論に達した。

 計画性のない、行き当たりばったりで想定外で終わる、そんなありふれた話。メメ子が話したのはそれに尽きるような気がしていた。

 そしてメメ子も賛同の意を示してから、


「それで終わればね」


 声に後悔の念を滲ませていた。

 まだ何かあった、そう察するには十分で、


「そもそも鈴音様はお兄さんの事、そんなに好きじゃなかったし、咲夜の希望を叶えるなら適当な身体を見つけて受肉でも良かったんだよ。あの時お兄さんの事を好きでいたのはただ一人、咲夜しかいなかったから冷静に考えれば鈴音様の提案がおかしいって気づけたんだよね」


 メメ子のいうことは正しい。それで生まれた身としてはその事を悪いと言い難いが、他に理由もない。

 ただ一つ、そういう感情に機敏そうな人間がいた事を思い出し、


「なぁ、それをどうしてあいつは受け入れたんだ?」


 勇気はただ利用されていると分かった上で子供を作ったはずだ。それをよしとするのは納得がいかない。

 その言葉にメメ子はただ乾いた笑いを浮かべて、


「ははは、高飛びする予定だったからやり捨てるつもりだったんじゃない?」


「……」


 空いた口が塞がらない。紗希は笑顔のまま拳を握りしめる。

 

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