第48話 自爆特攻
「こうしてお兄さんと咲夜は死んで、それを察知した鈴音様が手下に死体を回収させたの」
岩の上、足を遊ばせるメメ子がその言葉で一旦締める。
それをまるで映画のような話だなと、紗希は感じていた。
十年以上前の鈴が丘がどういう町だったかは分からない。ただ昨今の開発状況を見るに発展途上の最中であっただろうことは想像がつく。
とはいえ白昼堂々と襲撃を仕掛けるというのはやりすぎだよな、と紗希は思っていた。
メメ子は大きく息を吸うと、話の続きを始める。
「その後はお兄さんだけ蘇生することになったんだ。咲夜はもう生きていたくないって魂は黄泉の国に行ってたし、肉体を治すには鈴音様の持っている遺物じゃ足りなかったから」
「なるほど。でもそれだとあいつが母さんに協力する理由がなくないか?」
「うん、だから鈴音様は交換条件を出したの。元々鈴音様が目を付けていたのは咲夜の方だったから、黄泉の国から引っ張り出して来ないとお兄さんの体の遺物を取り上げるって。それと並行して代わりの遺物集めもするようにってね」
「まぁ母さんの権能があれば不可能じゃないか」
剣と香炉、その二つがあれば余程油断しない限り命の危機は無い。力として見るならば片方だけでも十分な程の能力を秘めている。
ただメメ子は首を傾げて、
「そう簡単には行かなかったみたいだよ。当時の鈴音様は認知がまだ弱くてさっちんでも倒せるくらいだったし」
「そうなのか?」
紗希は信じられないと目を丸くする。
記憶の中にある母は何時でも強く気高い存在だった。日本中、いや世界を見ても彼女より上位の存在はそう多くない。
ただメメ子は頷いて、
「そうだよ。だからお兄さんは忠実に鈴音様の駒としてリバースギャップでありとあらゆるものを調伏していったんだ」
「調伏なのか、試練じゃなくて」
紗希はその言葉の意味を理解していた。
ただの人間は試練という受け身の体勢しか取れない。しかし遺物を内蔵したのなら調伏という、武力で相手を負かした方が楽で、何よりリバースギャップ内での力を得ることが出来る。
紗希もメメ子も同族に対して調伏することで経験値を稼ぎ強くなっている。だから勇気のした事にも納得がいっていた。
「そ。ただお兄さんは遺物の使い方も戦闘も絶望的にセンスがなかったから相当苦労してたね。すっごい格下相手にわざわざ話術で丸め込んだり、仲が悪そうなら同士討ちさせて弱ったところを攻撃してみたり。知ってる? 鈴音様の剣と香炉の使い方」
急に問われ、答えを用意していなかった紗希は狼狽え、
「な、投げた……とか?」
頭を捻って何とか絞り出した答えをメメ子は笑って否定する。
「違うよー。剣は立てた作戦が上手くいくかどうか、香炉は危険が近くに来てないかの判断だけに使ってたの」
「まじか……」
もったいない。紗希はそう呟くしか出来なかった。
勇気の使い方はそう間違ってはいない。剣を攻撃を通す物と考えるならば理屈は通っている。香炉、すなわち香りは察知という意味もある。こちらの方がイメージしやすいだろう。
しかし、それでもただ剣を振り回す方が強く、効果的であった。
心臓替わりの香炉を別の物にするのは躊躇われても片目程度なら一時的に見えなくても死にはしない。それが出来ないということは、
「……もしかして、知らずに使ってるのか?」
「うーん、多分そうかも。頭の悪さと硬さだけは一級品だったからね」
馬鹿にした風もなく、ただ事実としてメメ子は話していた。
宝の持ち腐れだ。後で何かと交換してもらおう。
紗希は自分の持っている遺物を思い浮かべながら、算段をつけていた。
すっかり話が逸れてしまったことに気付いたメメ子は両手を使って荷物を横に置く動作をすると、
「まぁそれは置いといて。拙いながらもお兄さんは役目をこなしていったわけなんだ。時間をかけてゆっくりゆっくり……」
徐々に尻つぼみになる声に紗希は、
「どうかしたのか?」
覗き込むようにメメ子の顔を見る。
涙。透明な粒がひとつ落ちる。その表情は暗く、煤けていた。
このまま真っ白な灰になって崩れそうなほど焦燥している彼女に、
「おい! しっかりしろっ!」
「あ、あぁ、うん。ごめん、ちょっと昔の事を思い出してたんだ」
肩を掴み身を揺らすと、メメ子は力のない笑みで答える。
「そんなに、酷いことをされたのか?」
「うん、調伏された皆もね。剣の権能を使うためには作戦を立てないといけないからその情報収集の間自爆特攻みたいな扱いだったよ。仕方ないんだけどいくら蘇るとはいえ最悪だったかな。特に私は一番最初に調伏されたから機会も多くて──」
言葉に詰まり、最後まで聞くことが出来ない。
紗希は肩においていた手でメメ子を抱き寄せる。
蘇生できるからと言って簡単に死んでいいものでは無い。欠損箇所は根源から持ってくるしかないため蘇生を繰り返せば今の自我が薄まっていくのだ。あと普通に痛い。
メメ子は肩に顔を埋め、しばらくすると体を離す。その顔は少しすっきりしていて、
「ごめん、ありがとう」
ただ、見た目相応の笑みを浮かべていた。
それを見て紗希は心苦しい思いを抱く。どのような事情があったにせよ、もう少しやり方があっただろうと問い詰めない訳にはいかない。が、それに母が関わっていたとなれば自分も無関係では居られないような気がしていた。
結局何も知らないんだ。十年前のことも、母のことも。一番長く、一番理解している気になっていただけで、勇気に心かき乱される程度しかわかっていなかった。
考えれば考えるほど後悔の念で頭に岩が積もる感覚に陥る。責める権利があるメメ子はその事には触れず、
「とにかく、調伏は遅い以外は順調だったの。ただ一つ問題があって、年中無休で働いていたせいかいつしかお兄さんの方が力を持つようになっちゃって」
「なんだと?」
紗希は目を細め、鋭く睨む。
「あ、いや、それ自体は問題なかったんだよ。どれだけ力があってもお兄さんには使いこなせられないし、あとで鈴音様に譲渡する予定だったから。でもね──」
メメ子はそこで言葉を区切る。
溜めて、真剣な眼差しで紗希と見つめ合うと、
「──予想外だったのは咲夜がその力を奪い取ったことなの」
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