第17話 失敗しました
勇気の考えている作戦は一つ。この土地を買収して無断使用している黒猫を呼びつけようというものだった。
契約に縛られるものだというのならばそこに上乗せしてやればいい。そういう発想の元立てた作戦であった。
ただし、これには問題が多くあった。そもそもこの土地を買収することは可能なのか、買収したとして相手がこちらのいちゃもんに素直に応じるかどうか。前提が不鮮明であっても他に案が思いつかない以上やるしかなかった。
正面から突破する方法があるだろうことはわかっていたが、それが思いつかないのだから搦手で行くしかない。それがわかっていても成功のビジョンがいまいち見えず不安が拭えずにいた。
だから買収に関してメメ子を噛ませることにしたのだった。こちらの住人ではない勇気では買収が不可能と言われてもメメ子と一緒ならばその意見は成り立たない。
あとは相手が伸るか反るかというところだが、
……保険が欲しいな。
そう考えるのも仕方がなかった。
なので、
「なぁ、そろそろ諦めて金返してくれよ」
「やーだー」
バッグを胸に抱えるメメ子は首を力強く横に振る。
かれこれ一分ほどこの問答が続いていた。時間も無限にある訳では無いため、勇気は焦りを感じていた。
「後で二倍にして戻すから」
「そういうことじゃないの!」
じゃあどういうことだよ、と思うが自分の行いが褒められものでは無いという自覚があるだけに閉口せざるを得なかった。
埒が明かないな、と考えると共にそこまで強情になる理由も分からない。どこかで妥協してもらわなければならないのだが、ここでお願いを切ったとしても何故か応じてくれそうにない勢いがあった。
「わかった。じゃあ交換ならいいだろ?」
そういって勇気は持っていた札束から二、三枚引き抜くとメメ子の目の前でチラつかせて見せた。
「……そんなに大事なことなの?」
「多分な」
どうしても確証が持てず曖昧な答えを返すに留まる。
その言葉を聞いて渋々と言った感じでメメ子はバッグから財布を取り出した。その中から幾分か減った紙幣を見せてくる。
「ちゃんと返してよね」
「すまんな」
力の籠った手から紙幣を受け取りながら勇気はダサいな、と自嘲していた。こんなかっこ悪い真似なんてしたい訳では無いのだ。それをわかってくれとは言わないが、いややっぱりわかって欲しい。
とりあえずの仕込みは用意できた。ずりずりとものの擦れる音は大きく、そして近づいてきているがまだ猶予はある。
さて、と呟いて勇気は札束で自分の左の掌を叩く。パサパサと三度繰り返したところで、
そういえば──
何となく思いついたことがあった。
他愛もない疑問だが、もしそれが可能であるならば大きな一手になる。
どうしようか、考える時間はあまりない。
だから勇気は躊躇なく一歩踏み込むことにした。
「なぁ一つ聞きたいんだが──」
宙を舞う札の中で勇気は蚤程に小さく見える黒猫へと視線を向けていた。
既に賽は投げられた。後は結果を手繰り寄せる他ない。
「なるほど。全く意味は分からないがそれをしてどうなる?」
「……お前を捕まえるために必要な事さ」
勇気は少し言い淀んでから、はっきりと告げる。大言を吐くことになったが興味を引くほうが大事だったからだ。
それを聞いて黒猫はうんうんと頷いて、
「では見せてもらうか」
子供の発表会でも見るような穏やかな余裕を持って答えていた。
「……つまりはだな、ここは俺の土地なんだから勝手をするなってことだ。さあ今すぐこの場所を元に戻して貰おうか」
「あぁそういう事か。いや、君も考えたものだね。そういう手段を取るとは思わなかったよ。確かにそれは効果的であり盲点でもあるし、根本から覆す素晴らしい方法でもある。が──」
黒猫はそこで言葉を区切る。その声色には喜色が浮かんでいて、
「──所詮浅知恵だな」
「なんだと?」
くっくと笑う黒猫は上機嫌に口を滑らせる。
「そもそも映世に所有権などない。まぁそこは君が権利を主張してもいいということでもあるが。だがね、今君に与えられている試練はそれとは全く関係の無い事なのさ。あ、これは大事なヒントになってしまったかな」
揶揄と侮蔑の混じりあった笑いが勇気を突き刺す。
半分予想していたが、こうも相手を上機嫌にさせてしまうと腹立たしい気持ちになる。
盛大に勘違い、ミステイクしてしまったことはわかっていた。それでもここで諦める理由にはならない。
勇気が手を強く握っていると、
「さて、もう終わりかな? いやなかなか楽しませてくれたよ。欲を言えばもっと破天荒なことも期待したいのだけれどそれは可哀想というものだ。それとももっとみっともなく足掻いて見せてくれるのかな?」
黒猫の言葉に、勇気は一息長く息を吐く。
「そうだな……せっかく撒いた金だ。この範囲は俺が貰うぞ」
「まぁそれは好きにしたらいいよ。人間が最後は金に縋るという光景も悪くは無いしね」
なかなか胸糞悪いことを言うなぁと勇気は半笑いする。
しかし状況は何も変わらず、いやむしろ悪化していた。時間はあまり残されておらず、多少の情報を得るに留まってしまった。諦めるつもりはないが打破する材料もない。
困ったなと勇気は強く笑う。笑える状況下にないと言うのに笑いが止まらない。
初めは声を押し殺していたがそのうち小さな声が漏れ、次第に大きくなる。それが咆哮に変わるまでそれほど時間は要さなかった。
「あれ、壊れてしまったのかな」
「はははっ、いや、すまん。もうどうしようもなくてな。俺ではこの試練を突破出来ないみたいだ」
それは紛れもない本心から出た言葉だった。
終ぞ理屈が分からない。分かることはどうにもできないと言うだけ。
だから勇気は横に立つメメ子の頭に手を乗せた。
そして、
「──じゃあ今日は帰るわ」
一言置き残して勇気は手を振っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます