第11話 麗しの
勇気の提案を聞いて、大蔵ははにかみながら手を振っていた。
「いらねぇよ。ゆっくり飲みてぇだけなんだ」
断られてしまっては他に言うこともない。何も知らない八雲は大蔵がいつも頼むボトルをテーブルに置くと、二人を一瞥した後直ぐにバックヤードへと姿を消していった。
それを確認した後、勇気は、
「すみませんね。女の子の一人でも雇えればいいんですけど」
そう言うが、今のところその予定はない。
確かに少しは華やぐかもしれないが、一緒に悪い虫が集ってくると思うとそれは出来ない。ましてや鼻の敏感な犬に嗅ぎ付けられた日には最悪の一言で済まされない。
それを知ってか、大蔵は重たい空気を口から吐くと、
「……歳をとったなんて言いたかねぇが、若い連中連れて騒ぐ歳でもねぇなと思うよ。昔、親父がおんなじこと言った時にゃ背中が随分小さく見えたもんだが……あぁ忘れてくれ」
酔いが回り、思いの外饒舌になったのだろう。少しの羞恥を振り払うように大蔵は顔を振る。
勇気はその様子を見て見ぬ振りをしながら空いたグラスに酒を注いでいた。
感傷的に口を滑らせたことに対して同意も反意もするつもりは無い。下手なことを話すよりも極力聞き手に回る方が都合がいいからだ。
淡々と作業をしながら、考えていたのは今日出会った少女のことだった。見た目通りの年齢ではないし、常人の感性ともかけ離れている彼女の振る舞いに勇気は大蔵と同じような感想を抱いていた。
厄介事ばかりだな……
心の中でぼやきつつ、出来上がった酒を大蔵の前に置く。そして、話を変えるように口を開いた。
「そういえばなんですが、大蔵さん。鈴音、鈴音様って名前に聞き覚えはありますか?」
あてにする訳では無いがなんとなく聞いていた。事前の調査では出てこなかった名前であるため現地で急に問い合わせるとどんな反応をされるか分からなかったのもあった。
「……いや、知らねぇな。氏神か何かか?」
「すみません、まだそこまでは。ただ小耳に挟んだもんで」
勇気は咄嗟に言い繕っていた。まさか孕ませた相手と言う訳にもいかず、あの超常現象を説明することも出来なかった。
それにしても、
氏神、ねぇ……
久しぶりに聞いた言葉に勇気は辟易を覚えていた。
ヤクザと土着信仰の間には切っても切れない深い繋がりがある。もちろん信心深いためなんていうわけもなく、相互に利益があるから手を結んでいるにすぎないのだが。
なので下っ端の下っ端だった頃に数合わせで無理やり参加させられるなんてこともよくあった。大体は気を使いながらも退屈な時間を過ごす、なんの利益にもつながらないことをさせられるので苦手意識が勇気の中で根強く居ついていた。
そんなの今時流行らないだろうと思っている通り、徐々にそのつながりは薄くはなっているらしい。神社仏閣側からしてもわざわざ危険な道を渡りたくはないので仕方がないことでもあった。
そんなことを考えていると、大蔵がグラスを舐めるように酒を飲んでいた。ゆっくりと、大して旨くもない酒を味わって、
「あぁ、そういや鈴が丘のほうで最近流行ってる新興宗教があるって言うのは聞いたな」
「そうなんですか?」
「おう。何でもそんなに派手にやっているわけでもねぇモグリみたいでな。会員制のクラブみたいなもんなんだと」
あまり興味なさそうに話す大蔵はそのままグラスを半分ほど空けると、飲み疲れたのか一言別れを告げると思いの外しっかりとした足取りで店から出ていった。
新興宗教、これまた厄介ではあるが大蔵の感じからして金にならないのだろうと予想される。つまり規模が小さくやる気がないことを示していた。
ただ最期、店を出る大蔵が言った言葉だけが妙に脳裏にチラついて仕方がなかった。
「あー、なんて言ったかな。『麗しの君』だったか。まぁ関係ないだろ」
翌日。
前日と同じように昼も随分過ぎた辺りで勇気は街に降り立つ。
相変わらずの街並みを眺めつつ、しばらくその場で立っていると、
「おにーさん」
「……メメ子か」
五分も経たずに後ろから声を掛けられ、勇気は振り返りもせずに答えた。
一応周囲を見渡すと、まだ色も音もしっかりと存在していて、リバースギャップに居ないことを確認する。
「今日もお仕事?」
「まぁな」
問われ、短く答える。
昨日一日では同業者への挨拶しか出来ていない。今日は本格的に物件探しをする予定になっていた。
一応大蔵の息のかかった業者もあるのだがそれだけでは不十分だ。ツテがなくとも足で稼がなければならない。
ここからは時間がいくらあっても足りるものでは無い。お目当てのものが見つかるかは運次第、試行回数でチャンスを増やすしかないためメメ子に構っている時間はなかった。
その事を告げると、
「えー、一緒に行きたいなぁ」
メメ子はそんなことをのたまうが、
「ダメに決まってるだろ」
勇気はそうきっぱりと拒絶する。
何処に未成年の少女を連れて仕事をする奴がいるというのか。仮にいたとしても最初から信用を下げる真似にしかならないだろう。
そう伝えてもメメ子はふくれっ面をするだけだった。
「ほら、秘書だと思ってさ」
「……どこがだ?」
「……無理があるか」
メメ子の派手に肩を落とす様を見て、勇気は嘆息しながら財布に手を伸ばす。
「ほら、下でコーヒーでも飲んで待ってろ」
そう言ってカードを取り出すが、メメ子を一瞥して札に切り替える。
「……昨日も思ったけどさ、まんま援交だよね」
手を伸ばしたメメ子は受け取る寸前でそんなことを言うのでなんとなく嫌な気分になった為、取り上げる。
目の前で逃げていく札を若干恨めしそうに眺めている彼女を置いて、勇気は目的地へと邁進していた。
援交ねぇ……
確かにそう見えなくもない。ただし実態は命を助けるための助言をしてもらっている立場だ。そう考えると細かい金だけで済んでいることはむしろ安上がりだった。
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