第24話 言葉ひとつで
「手足だったらなんでもいいのか?」
勇気は聞く。
「ええ」
「一番は」
「貴方の手足よ」
無いはずの視線が己の手足に突き刺さるような感じがして、勇気は身震いをする。
判断を誤った時の姿が容易に想像出来ることが良いのか悪いのかは分からない。
とりあえずと、勇気はそこら辺に転がっていた、天井に付ける予定だったであろう蛍光灯を三本拾う。そして、
「これでもいいのか?」
巫山戯た解答であることは承知の上で話す。
意外にも三体は文句も言わずそれを受け取ると、欠けたパーツに宛てがおうとするが簡単に砕けてしまい、破砕音と共に破片が宙を舞う。
不快な音に勇気は眉を顰める。眼前にいる三体はそれでも何とかしようと欠けた蛍光灯を弄り回しているが、一分程経った時残っていた部分を投げ捨て、
「駄目みたい」
「だろうな」
勇気はそれ以外の言葉が浮かばなかった。
保険として疑問形にしてみたがそういう問題では無いことが分かった。ある程度手足の形を成していなければいけないということなのだろう。
となるとやはりそこら辺からマネキンを調達するのが早いか、と思うがまだなにか見落としている気がして、その場を動くことが出来ずにいた。
明確に言葉にできないことをもどかしく思いつつ辺りを見渡すがこれといって何かある訳でもない。八方塞がりな感覚に気持ちだけが焦る。
なんだ、何が引っかかる……
感情はさっさとこなしてしまえばいいと言っている。直感だけがブレーキを踏んでいるのだ。ただ知的な理由が見つからない。強いて言うならば、そう簡単すぎる、それだけだ。
簡単じゃ駄目と言われた訳では無いのだ。疑心暗鬼を強く意識しすぎているせいで臆病になっているだけであった。
糸口が掴めない以上、仕方ないと勇気はため息を漏らす。そして、
「……自分で取りに行けばいいんじゃないか?」
試練を受けることを放棄した。
怪しいと思ったらそれ以上足を突っ込めない。いくら根拠を並べたとしても直感を信じられなくなったら死ぬ。それが勇気だった。
その答えに三体はお互いの顔を見合わせる。
そして、同時に勇気を見た。
やばい、と思った時には既に遅く、眼前に迫る陶器質の手がそこにあった。
身体限界まで背中を逸らすが、腕の方が早い。鋭利な刃物を思わせる貫手が目の前にあった。
「ちょーっと気が早いんじゃない?」
眼球を貫くまで五センチもない。しかしそこで手が止まっていた。
たまらず勇気は尻餅をつく。先程まで立っていた場所には一体のマネキンがいて、その突き出された二の腕をメメ子がしっかりと握り締めていた。
ミシミシという音が響く。そのまま潰してしまうかと思われたが数秒後メメ子は手を離していた。
「邪魔するの?」
腕にはっきりと手形を残したマネキンが聞く。
「邪魔なんてしないよ。まだ試練中なのに早まった真似したから助けてあげただけ」
こわーい罰が下る前にね、とメメ子は茶化す。
そのまま睨み合いが続いたが、マネキンが先に折れたのか、また元の位置に戻っていく。
「命拾いしたね」
メメ子が手を伸ばす。それを支えに立ち上がった勇気は、
「ああ、助かったよ」
素直に感謝の意を述べるとメメ子はにんまりと笑みを浮かべていた。
しかし、と勇気は服に着いた埃を払いながら考える。
相手が思いのほか短気だったこと。そして、試練の放棄は認められないということ。
メメ子が助けたのは勇気でもあり、あのマネキンでもあった。あの時明確に試練の放棄を告げていたら彼女は手を出さなかっただろう。
ただそれは、
「なぁ、前回は良くてなんで今回はダメなんだ?」
ひとつの疑問を生んでいた。
結果的には黒猫が降参を宣言しただけで前回も逃げることを選択していた。その時は許され今回は許されないというのは矛盾しているのではないか。
勇気はそう小声で尋ねると、
「そりゃ前回は策を弄した上での交渉だからねぇ。今回のはただの逃げでしょ、一度テーブルに着いて何もせずにサヨナラじゃ舐めてるって殺されても仕方ないんじゃん?」
メメ子はあっけらかんと言い放つ。
その理屈に思わず納得する。どちらかと言えば勇気に馴染みのある理屈だったからだ。
ただその言葉に違和感を覚える。言い方がどうも彼女らしくないのだ。
不思議に思いつつそれを今言及することでは無いかと、勇気は棒立ちのマネキン達へ注視する。
先程の行動は正しく失態であった。だから勇気は頭を下げる。
「すまん、要らぬ誤解を招くことを言った。許してくれ」
「……」
「……別に」
「いいけど」
三体は居心地悪そうに返す。
勇気はなおも頭を上げない。次第にマネキンの方が慌てだし、
「わかったから」
「頭を上げて」
「お願い」
その言葉を聞いてようやく勇気は頭をあげる。
マネキンはそれぞれため息をひとつついて、メメ子に向かって言う。
「試練ってこういうものなの?」
「面倒くさいね」
「大変だわ」
「まあまあ、お兄さんが変なだけで普段はもっと楽だから」
随分な言われように勇気は頭を搔いてみせる。
生憎他の人が試練を受けているところを見た事がないため、反論の余地がなかった。
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