第23話 マネキン三姉妹
「それで、そこに行くの?」
風間から詳しく話を聞いた勇気は、作業が一段落着いたところで現場を離れていた。
まだ作業は続いていたがある程度風間を信用しての判断だった。欲深い奴だが仕事で手を抜いている様子がなかったからだ。
新店舗予定地から出るとすぐにメメ子が姿を現す。元からそこにいたように、いや実際そこにいてリバースギャップからこっちに来ただけだ。
その彼女は勇気の手にあるメモを覗いて尋ねていた。
「あぁ、まぁな」
勇気は気が乗らない感じで答える。
それが当たりかどうかはまだ不明だった。藁にも縋るほど切羽詰まっている訳では無いが後回しにするほど時間は無い。どちらにせよ傾向が掴めれば御の字程度に思っていた。
気が乗らないのは単純に命がかかっているからで、
……鉄砲玉ってこんな気分なのかね。
少しでも気を紛らわすためにくだらないことを考えるしか無かった。
問題を起こしていた若い頃とは違い、歳をとったせいか守りに入る思考がこの時ばかりは恨めしいとぼやく。
そうこうしているうちに目的の場所へとたどり着く。そこは薄汚い雑居ビルであった。
一階は何かしらの事務所となっていたが今はシャッターが降りている。その脇にある階段を見つけ、重たい足を無理に進ませると工事途中のフロアに出た。
扉すらないそこは内装工事どころか電気工事すら終わっていないようで、天井には剥き出しの電線がいくつか垂れ下がっていた。無機質なコンクリートの壁と柱の他には埃が積もっていることしか確認できない。
廃墟のほうがまだ利用価値がありそうな部屋に勇気は一歩踏み込む。それで何かあるかと身構えていたが空振りに終わり、ほっと息を吐く。
「なにここ、汚ったな」
「確かにな」
メメ子が毒づくのに合わせて勇気は頷いた。
特別変わった様子はない。メメ子が何か言うこともないため、
関係なかったかな……
それはそれで悪くは無いと勇気は考えていた。
「とりあえず調律してみるか?」
念押しの意味を込めて勇気は言う。
それにメメ子も少し面倒そうに頷いていた。
「なんにもないと思うけどねぇ」
その言葉が終わると同時に鈴の音が響く。
慣れないな……
景色が歪む。知覚が一瞬で切り替わることに軽い吐き気を覚えながら勇気は小さくぼやく。
ただ元々灰色が多かった場所だったため、以前程の大きな変化はない。少し日が陰った程度の部屋がそこにはあった。
その時、
「あらあらあら」
柱の影から聞こえた声に、勇気は身構える。
それは女性の声だった。聞き馴染みのない、甲高い声だ。
「……なにもんだ?」
勇気は音の方に目をやりながら声を出す。
あの肉塊のようなものだったらまず話にならないはず。先に声が出るということは対話が可能であるだろうと想定していた。
──カツカツ
灰色の柱の奥、そこから現れたのは裸の女性であった。
白に近い乳白色の肌。身につけているものは何も無く、それこそ靴すら履いていない。それどころか、
……マネキン?
全身のどこを見渡しても色の差がない。日焼けの跡どころか髪、爪、そして顔のパーツ。何一つないのっぺりとした陶器を思わせる。
それが一列に三体並んでいた。
「人かしら」
「人じゃない?」
「人だと思うわ」
それぞれが一斉に話し出す。
それに勇気はただやかましいとしか思っていなかった。
それよりも、
「口がないのにどうやって喋ってるんだよ」
「あらあらあら」
「あらあらあら」
「あらあらあら」
「……喧嘩売ってんのか?」
思わず苛立ちを表にだす。
話し方もそうだが硬いものを擦り合わせた高い音に少しの差もなかった。音の飛んでくる方向はそれぞれ違うはずなのに一列に並んでいるせいでどれが言葉を発しているか分からない。
厄介だ、色んな意味で。
このままでは埒が明かないと、勇気は三体のマネキンに向かって、
「お前達、試練があるんだろ? 早いとこやって終わりにしようぜ」
そう言うと、マネキンはお互いの顔を見合わせていた。
少しの静寂、その後に、
「なら」
「頂戴」
「無いものを」
言葉と同時にマネキンが横一列に並ぶ。
ショーウィンドウの中を思わせるが、勇気はあることに気づく。
足りないのだ。左から右腕、左腕、左足。それぞれが一つずつパーツが欠けていた。
先程の話からしてそれを補う物が必要なのは分かる。しかし肝心の物が周囲にはなかった。
「無くしたのか?」
「違うわ」
「最初から」
「なかったの」
三人が順番に答える。
不規則な三重奏が耳に悪い。わざとなのかどうにも集中出来ずにいた。
勇気は目を閉じて眉間に指を置く。
手っ取り早い方法は思いついている。どこかからかマネキンの一体でもかっぱらってきてバラせばそれで終わりだ。だが果たしてそれで本当に終わるのだろうか。今までの経験から面倒なことを言われてスムーズにことが運ぶとは思えない。
情報が足りない。それだけははっきりとわかっていた。
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