第22話 開店準備中

 とある店舗の中で複数のいかつい面持ちの男性達が作業を行っていた。

 何もない部屋に物が次々と運び込まれてくる。それらのほとんどが別のところで使用されていたリユース品で、表面の小さな傷などは簡単な修繕がなされ新品とまではいかないものの十分現役で使用できるものになっていた。

 勇気はその作業を見つめていた。隣に立つのはメメ子ではなく仲介業者の風間という男だった。

 太い客である大蔵からの紹介で、今後の取引相手である鈴が丘に根を張るヤクザのフロント企業の一つということだ。シノギとして一枚かませてくれという魂胆は見え透いていたがそれを断ることは勇気にはできなかった。

 大蔵の手前、無理なことを要求してこないのだけが救いだが、どんな罠を仕掛けているかはわからない。盗聴くらいは平気で仕掛けているだろうから大事な時にここを使用することはできない。


「本当にいいんですか?」


 下手な工作をされないように作業を注視していると、風間が話しかけてきていた。

 中肉中背、人畜無害な顔。明日にでも明確な顔つきが曖昧になりそうな、おおよそ裏社会に似つかわしくない男だった。しかしそんな印象がないというのは一つのアドバンテージになるため、表に見える面でそういう人間を用意することは多い。だから勇気は明らかな疑惑の目を風間に向ける。

 風間はそれを気にした風もなく、手元のバインダーに挟んである紙面を見ながら話を続けていた。内観の配置図通りに作業が進んでいるか、また遅れがないかチェックをしているようだった。


「相場の一割ですよ」


「いらん」


 人を使わずわざわざ本人が来て査察することに神経質だなと思いながら、勇気は突っぱねる。

 風間が言っているのは店の中にアクアリウムを設置するかの件だった。前のオーナーの趣味なのか流行りに乗っかったのか、差し押さえたときにあったもので一辺が三メートルを超える水槽が残されていて、その処分に困っているということだった。今なら一メートルほどのピラルクが付いてくるといわれたが店の雰囲気にそぐわないと何度も断っていた。

 いい加減しつこいなと勇気はいらだちを床にぶつける。水槽なら粉々に砕いて、怪魚はそこら辺の川にでも放流してしまえばいいだけのことだろうに。

 部屋に響く地団駄の音に、作業していた男たちはせかされていると勘違いして作業の速度を上げる。それをみて風間は慌てて話を変えていた。


「そういえば、別の現場の話なんですけど原因不明の体調不良が続いているっていういわくつきの物件があるんですよ」


「……いわくつき、ねぇ」


 不良在庫の次は事故物件かと、勇気は肩を落とす。立地、家賃ともに相当勉強してもらったことに気をよくしていたが、くだらない話に付き合わされるのは面白くない。

 ただ風間は素知らぬ顔で話続ける。


「工事の日程もどんどん遅れるし、気味悪がって客も飛んじまうしで。どうです、安くしておきますよ?」


「断る」


 考慮の余地もないと勇気は断ち切る。

 幽霊や化け物の類が怖いとは思わない。突然目の前に現れたとしても眉を顰める程度で動じないのが勇気という男だ。それでもわざわざいわくつきと前置きされている事故物件に手を出すほど浅慮ではなかった。世の中摩訶不思議なことの大半が科学で証明できるようになっているとはいえ、変な噂が広まることのほうがリスクになる。

 ……摩訶不思議、か。

 ポンと頭の中で音がした気がして、


「その辺で理由なく消えたやつはいるか?」


 勇気は作業員に目を向けながら尋ねた。

 人が消えることはそう珍しいことではないがそこに理由があることが殆どである。事業に失敗する、色恋にはまる若しくはだまされる、ギャンブルや薬物にはまるかそのシノギの邪魔をする等々。理由を挙げていけばきりがない。

 そしてその情報は基本的に裏では共有されている。獲物の横取りを避けるためでもあるし、必要以上に負債を背負わせて回収しきれないということを避けるためだ。

 そういう人間を消すときは専門の人間を使う。人間関係を漁り、警察などの表の目に極力触れないように処理をするためだ。逆に理由なく消えるというのは外国人による誘拐や突発的な事件、事故に巻き込まれた場合が殆どで、比較的早く捜査の手が入る。そうなれば地元という狭い界隈ではよく話題になるのだ。

 風間は質問の意図がわからないというように首を少しかしげる。そのあとにすぐ話に乗ってきたことを好機と見たのか安っぽい笑みを浮かべていた。


「すみません、今のところそういう話は聞いていないですね。調べておきましょうか?」


「いや、いい」


 勇気は答える間、作業員の一人に目をつけていた。組の若い衆だろうか、巨大な革張りのソファーのユニットを抱えている。筋骨隆々な肉体が自慢なのかもしれないが若干足取りが不安に見えた。

 物はそれほど高いものではないが四つで一セット。万が一破損でもしたら一部を買い替えるというわけにもいかないため、勇気としても風間としても損害は大きい。金銭的というよりは時間や信用という意味で。

 そいつの、自分が今何をしているか正しく理解していない頭に、勇気はため息をつく。人件費と情報漏洩その他もろもろを考慮してそういう人材を使っているのだろうが基本的に仕事が雑なのがいただけない。そのためにお目付け役として風間がいるのだろうが、勇気からしたら信用出来ない人間が一人増えただけに過ぎなかった。

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