第25話 喧嘩をするな
「でも、試練するの初めてなんだね」
メメ子が尋ねると、マネキンは頷く。
「そうなのよ」
「ひと月前に」
「生まれたばかりだから」
相変わらずの話し方だが勇気は次第に慣れてきていた。
仲間意識からなのか、メメ子とマネキン達の間に険悪な雰囲気は無い。和気あいあいとまではいかないがそれなりに楽しく会話する、異様な光景が勇気の目には入る。
なんだかなぁ……
毒気が抜かれ、次の行動に移れない。
まだ試練は終わっていないが、それを自分から言い出すタイミングを失っていた。
と、少し思うところがあって勇気は尋ねる。
「なぁ、試練って相手によって変えたりするのか?」
「そんな事しないよ。生まれに紐づいてるんだから基本は同じ内容だもん」
じゃあお前の二つ目の試練はなんなんだよという言葉をぐっと飲み込む。
勇気は腕を上げ、マネキンを指差し、
「俺が手足を用意したらこいつらはどうなるんだ?」
「……」
静寂。
お互いがお互いを見合い、首を振るだけの時間が流れる。
ふと、片足のないマネキンが勇気を見て、
「……どうなるのかしら?」
聞かれても困る。
唯一知っていそうなのはメメ子なので、自ずと彼女に視線が集まる。が、彼女も首を振ってしまっていた。
「そもそも試練自体が稀だし、突破できる人なんてもーっと少ないんだもん。どうなるかなんてわかんないよ」
「……でも試練は出来なくなるよな」
「そう、だと思う」
歯切れの悪い答えを聞いて困惑するのはマネキン達だった。
「それは」
「困るわ」
「……全部言わないでよ」
試練が無ければ経験値が貯まらない。それを良しとできるかどうか、判断に迷うのは同然だった。
「どうする、試練続けるか?」
勇気が言うが返答はすぐには帰ってこない。
悩む、ということは付け入る隙があるということだ。
勇気は小さく頷いて、
「やってみないことには始まらないだろ。結果を見てから考えるのも悪くはないんじゃないか?」
「そうかしら」
「そうかも?」
「……しらない」
何故か一体不貞腐れるようにそっぽを向いていた。
どう見ても人間では無いのに情緒が人間のそれで接し方に困る。
話の主導権は既に勇気にあった。だからここは押すしかない。
「で、手足を用意するのは簡単だ。そこら辺のマネキンを買えばいいだけだからな。でもそれで問題ないのか?」
試練の肝になるところへ話を持っていく。あの時は馬鹿正直に答えてなどくれないと思っていたが今なら行けると算段をつけていた。
マネキンは一度考えるように顔を見合わせた後、
「同じ物じゃなきゃ嫌よ」
「品質も見た目も」
「隣のより劣るなんて信じられない」
それを聞いて勇気はなるほどな、と納得する。
この大量生産大量消費の時代に量産品などありふれている。だからほぼ同じにしか見えないものを用意することは非常に容易い。
……なわけねぇな。
ある種の確信を持って勇気は笑う。
これは罠だ。
先程の言葉の中で唯一本当のことを言っているのは最後だけだ。全く同じものと言っても部位が違えば見え方も変わる。値段のついていない価値なんて見る人によって変わってしまうものなのだから素直に対応しても簡単にいちゃもんをつけられて試練を突破したことにはならないだろう。
「ちなみに、劣ってる物と判断したらどうするんだ?」
「代わりのものがあればいいわよ」
「それがまた駄目なら貴方の腕を貰うわ」
「私は足ね」
三体は調子を取り戻したように饒舌に話す。
勇気も、この試練のたちの悪さを実感してむしろ安堵していた。
二人が満足したとて、最後の一人が満足しなければ代わりを用意しなければならない。もし代わりの物に納得したとしても今度は二人が納得しない。そうして徐々に価値を釣り上げていき、最後は相手を殺すのだ。
判断基準が明確でない以上、いちゃもんなんて簡単につけられる。いやそもそも納得する気すらないのかもしれない。知らなければ最初の時点で詰んでいたことに、
「性格悪いぜ」
「酷いわ」
「そうよ」
「……いや、性格は悪いでしょ」
その言葉を皮切りに何故か喧嘩になりそうな雰囲気が醸し出される。
意外と仲悪いんだな、と勇気は関係の無いことを思っていた。それだけまだ余裕があったのと、
……さて、どうするか。
試練に向き合うのを先延ばしにしたかったからだった。
正攻法は有効では無い。それはいつも通りだ。策を弄する必要があるが、それがなかなか思いつかない。
大事なのはものでは無い。納得させる言い訳とパフォーマンスだ。
そこまではわかっているのにその先の画期的な冴えたアイデアがない。
うーん、と頭の中で唸っていると、
「ちゃんとしなさいよ」
「そうよそうよ」
二体の腕のないマネキンが、片足のないマネキンを責め立てていた。
「おいおい、まじな喧嘩は止めろって」
「あなたには」
「関係ないでしょ!」
制止しようとした勇気に、マネキンの怒りの矛先が変わる。
一応こんなことで手出しは出来ないはずと、勇気は身構えることもしないで詰め寄る二体よりも、残された一体を視界に収めていた。
三位一体かと思っていただけに、思わず可哀想になってしまう。生後ひと月の付き合いだから仕方ないのかもしれないがなんだかやるせない。
どうにかしてあげる理由もないが、と勇気は考えていた。ある意味ではこうなったのは自分のせいでもあるが、慈悲の心をかけてやる余裕も無い。
……なら、とことんやってしまうか。
勇気は気取られない程度に笑みをこぼす。
そして、
「三十分くれ。そしたら全部解決してやるよ」
勇気は宣言する。
必勝の道筋はそこにあった。
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