第26話 仲違い

 きっかり三十分。

 勇気はビルに戻ってきていた。

 両脇に荷物を抱え、コンクリートの階段を登る。

 不透明のビニール袋に包まれたそれは勇気の身長ほどもあり、それなりの重さがあるのか三往復振る羽目になっていた。

 最後の一つを運び入れた時、軽いため息とともに勇気は床をむく。本当なら座り込んでの休憩をしたいところだが、埃まみれの所に腰を下ろすのは気が引けた。


「おつかれー」


「おう」


 部屋で待機していたメメ子が声を掛ける。息を整えながら勇気は返答し、一際大きく息を吸うと、


「っ!? げほっ、ごほっ」


「……こんな埃まみれのとこじゃそうなるでしょ」


「っはぁ、はぁ……普通に辛い」


 勇気は懐から取り出したハンカチを口元に当てながら呟く。

 息苦しさと羞恥に顔を赤くしながら、それを見られないように背を向ける。背後から刺さる視線を鬱陶しいと思いながらどうにか呼吸を正常に戻す。

 これでなんとかなるかな……

 丸まった背中を元に戻しながらそう考える。

 用意したものはこちらの物だがリバースギャップに持っていくのであれば体のどこかに触れていればいい。それを聞いて勇気は身の回りにそれらを置いていた。

 とにかく、仕込みは終わっている。ただどうしてもあとひとつ足りない気がして、


「なぁ」


 未だににやにやと笑みを浮かべるメメ子に最後の質問を投げかける。





 メメ子が調律を行うと、鈴の音と共に色が消えていく。

 勇気の目の前には変わらず三体の不完全なマネキンが立っていた。まだ関係は改善していないらしく、足のないマネキンだけが距離を離していた。

 三人集まれば派閥ができる、なんて言葉を思い出しながら勇気は声を張り上げる。


「待たせたな」


 勇気は慎重にカバーであるビニール袋を剥ぎ取る。

 現れたのはただのマネキンだった。

 一体は関節が曲がるもの。手には装飾品が付いていて、羽織を着ている。もう一体は関節の曲がらないものだか足には赤いパンプスを履いていた。

 そして、最後の一体は、


「……なにその汚いの」


 それは酷く汚れていた。元々の白は日焼けして黄ばみ、雨ざらしにされていたのか薄く緑色の苔が生えていた。

 傍から見ても酷い有様である。敵意を通り越して殺意すら感じる中で勇気は飄々としていた。


「好みが分からなかったからな。もしかしたらこっちの方がいいって言うかもしれないと思って用意しただけだ」


 勇気は言う。

 三体はそれぞれのマネキンを吟味する。その光景はさながら近未来のロボット映画のようにも見える。

 しかし、それを勇気は身をもって遮る。


「なぁ、ただ単純にパーツを渡してはい終わりじゃフェアじゃないと思わないか?」


「そうかしら」


「そうは思わないわ」


「……ふん」


 三様の態度で返答が帰ってくる。

 勇気は小さく笑みを浮かべていた。


「なに、そこまで気にすることでもないさ。ちょっとしたゲーム、余興だと思ってくれていい」


 そう言うと、勇気はマネキンの間を抜けて後ろに下がる。

 そして両手をマネキンの肩に乗せ、


「好きなパーツを選んでくれ。ただし対象が被ったらその用意したマネキンは渡さない」


 そこで一旦区切り、勇気は見渡す。

 まだよく理解が及んでいないためか意見はない。それを確認してから話を続けた。


「とはいえ、全員が同じ物を選んでそれが得られないというのも可哀想だし、いいものを用意した俺の苦労も報われないからな。その場合だけは特例でそれを渡そう」


「なんだか」


「回りくどいわね」


「……そうね」


 参加者から非難が飛んでくるが勇気は無視をする。そもそも勝手にルールを決めているのは先方だと言うのに自分がその立場になったら文句を言うのは筋違いだろう。


「余興が終わったら話はいくらでも聞くから。じゃあ選んでくれ。あ、相談は無しで頼むぜ。それをされちゃ何にもならないからな」


「まぁ」


「わかったわ」


「やりましょう」


 マネキン達はもう一度景品に目を向け、品定めをする。とはいえグレードに明確な違いがあるため、その行為もすぐに終わる。


「いいわ」


「えぇ」


「決まったわよ」


 三体は考えがまとまったと告げる。

 それを聞いて勇気は、そうか、と頷いて、


「ゲームだからな。ちょっといたずら心があってもいいと思うが。例えば少しだけ鬱憤晴らししてみたり──」


「なにが」


「言いたいの?」


「ただの戯言だよ。じゃあせいので指をさしてくれ」


 勇気は音頭をとる。

 せいの、の掛け声と共に、マネキン達はそれぞれ腕をあげて、


「……どういう意味かしら?」


「納得いかないわ」


 苦言を呈するのも無理は無い。

 一番グレードの高い高級品を全員が選ぶと思っていた。だが現実はそうではなかった。

 腕のない二体のマネキンが選んだのはそれだったが、足のないマネキンが選んだのは二番目の物だったからだ。

 問い詰めるように睨みを効かせる二体を他所に、勇気は一体に選ばれたマネキンをそのまま持って手渡す。


「おめでとう。これは君のものだ」


「そうね」


 足のないマネキンがつまらなそうに答える。

 そして、勇気は苔の生えた汚物を蹴り飛ばし、二体のマネキンの足元に転がした後、


「じゃあ、用済みのこれは壊すか」


「ちょっと」


「それでいいの!?」


「別に、邪魔だし。メメ子、出来るか?」


「出来るけど、どこまでやっていいの?」


 そう聞くメメ子に、勇気は柔らかい表情を浮かべる。


「気が済むまで」


 その台詞の直後、風が吹いた。

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