第27話 決着
弓を射る、弦音に似た音が過ぎる。
直後、激しい衝突音と共に舞い上がった埃が視界を遮る。
「ふぅ、こんなもんでいい?」
「──上々だな」
構えを解いたメメ子は肩を回していた。
ただ突き飛ばされただけのマネキンは、胴に大きな手形を残し、部屋の壁にめり込んでいた。可変の関節はその衝撃に耐えきれず、四肢と頭は取れ欠片を撒き散らしながら床に転がっていた。
ゴミになってしまった残骸を見ながら勇気は割と高かったんだけどな、とボヤく。廃れていたブティックから無理を言って購入したもので十万ほどぼったくられた。端金で命を買えるのであれば安いものだがストレス発散用のサンドバッグとしては高い買い物だ。
轟音の後に立ち上る埃を見てどこからかもったいないという台詞が飛ぶ。
その声の方向へ勇気は視線を向ける。
「……不満そうだな」
「そうよ」
「私達のものなのに」
二体のマネキンが名残惜しそうな態度を示す。
そして、地面に横たわる景品を踏み砕きながら一歩ずつ擦り寄り、
「どうするつもりなの?」
「代わりのものがあるようには見えないわ」
その視線は勇気の両腕へ注がれていた。
それに対して歯牙にもかけず、
「下手な文句を言う前に周りを見たらどうだ?」
強気で言う。
その言葉通り周囲を見渡すもマネキンはただ首を傾げるばかりだ。
勇気は煙に巻く気など一切なかった。その証拠にと腕を上げ、
「腕ならあるだろ、そこに」
唯一無事なマネキンを指さす。
そこには愛おしそうにぎゅっとそれを抱く三女の姿があった。
「いやよ」
はっきりとした拒絶を口にする。
「どうして?」
「あなたには必要ないでしょ?」
話しながらゆっくりと距離を詰めていく。まるで子供の玩具を取り上げるように。
じりじりと詰め寄るのに反発するように下がるマネキン。だが二方面から攻められては次第に逃げ場が無くなり、部屋の隅に背中が付くまで時間はかからなかった。
その光景に勇気はほくそ笑む。予定通り、仲間割れを起こすことが出来たからだ。
下地は元からあった。それに少しの燃料を追加しただけのこと。あのまま全員が一番価値のあるマネキンを選択していたら成り立たない。それを成り立たせるためにした事は大したことでなかった。
上半身を着飾ったマネキンと、靴を履かせたマネキン。腕のない彼女らは靴など目に入らなかったことだろう。しかし、足のないマネキンだけは気付くのだ。最善の選択では一等劣るものしか得られないことに。
だから少しの戯言に手を出した。その後で二人が要求を吊り上げればいいだけなのだから。
ただそうはならなかった。
「渡しなさい!」
「いやっ!」
伸ばされた手を振り払う。それだけで風が吹き、不衛生なものを巻き上げる。仕草はただの人間のそれなのに威力は特撮のそれだ。
並の人間であったなら恐怖で足がすくむ光景にも勇気はただ気だるげに頭を搔くだけであった。
仕込みは上々、懸念材料はあとひとつ。見た目は異形でも精神的に子供でしかない相手なら間違えることもない。
勇気はメメ子を見る。つまらなそうに喧嘩を眺めている彼女は、視線を感じて勇気と目を合わせた。
「計画通り?」
「あぁ。ここまでも、これからもな」
勇気は仏頂面のまま答える。
包囲網の中で彼女は健気に抗っていたが多勢に無勢だ。直に状況が動く。
勇気が目配せをすると、メメ子は気づかれない程度にゆっくりと三体に近寄っていた。
「後でどうとでもなるでしょ」
「強情になる時じゃないわ」
説得しながらも手を伸ばすことをやめない。それを何度も払うが守るものがあるため十全とはいかず、次第に触れる機会も増えてしまっていた。
「諦めなさいよ!」
「なんでよ」
「落ち着きなさい」
健闘虚しく、ついには抱きかかえられてしまう。
顔があったなら必死の形相になっていただろう、マネキン達は手と足を持って強く引っ張りあっている。
「おい、壊すなよ」
勇気は声を掛ける。
壊れてしまったら向こうの責任と言い負かすことはできるかもしれないが上手く行くとも言いきれない。
それに反応したのは足のない方で、
「うるさい! あんたのせいなんだから助けなさいよ!」
理不尽な言いがかりに勇気は答えない。
代わりに、
「なに、助けて欲しいの?」
「見て分からない? そうに決まってるでしょ!」
すぐ近くまで寄っていたメメ子は笑う。
残念だ、酷く残念だ。
勇気は内心でそう呟く。
ゆっくりと、緩慢な動きでメメ子は腰を下げる。膝の曲がった足は、片方が後方まで伸びていて、
「シッ!」
短い吐息と共にゴンッと、地面を蹴り上げる音が響く。
間髪入れず、反動で浮き上がり鞭のようにしなる足が宙を裂いて、
「えっ──」
悲鳴をあげる時間すらない。
二体のマネキンを貫く蹴撃に遅れて音が伴う。
メメ子は残った残滓を蹴り払い、急に軽くなった獲物を抱くマネキンへと身体を向ける。
「あ、えっ?」
状況が理解出来ていない表情のマネキンに構わず、メメ子は一歩、また一歩と歩を詰める。
後二歩で手が届く。そこで彼女は足を止める。
そして、
「他に願いはあるかな、お嬢さん?」
無邪気な笑顔がそこにはあった。
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